第28話 ぼくだけの失敗
チームの最終戦、中京パールス戦で僕はベンチ入りした。
そして、9回裏、3対4のビハインドの場面で、ツーアウトランナー無しから、四番のトーマス・ローリー選手がヒットを打った。
ここで長打がでれば同点、一発でれば逆転サヨナラだ。
伊東内野守備走塁コーチが、ベンチ裏で屈伸運動をしていた僕の所に来た。
「高橋、代走だ。」
僕は代走や守備での出場を予想し、6回くらいからキャッチボールやストレッチをして準備していた。
だから「待ってました」という心境だった。
グラウンドに出ると、すごい観客だった。
チーム最終戦で、試合終了後セレモニーがあるため、駿河オーシャンスタジアムは開幕戦以来の満員御礼となっており、スカイブルーのユニフォームでスタンドは染まっていた。
アナウンスが流れた。
「一塁ランナー、トーマスに変わりまして、ピンチランナー高橋隆。背番号58」
よしこれがホーム球場での初出場だ。
僕はランナー用の手袋を嵌め、一塁に向かった。
初出場時ほどではないものの、体中に緊張を感じた。
次打者は五番の戸松選手。
僕は一塁上から、ベンチのサインを見た。
特にサインは出ていなかった。
戸松選手の打棒に期待ということか。
相手のピッチャーは、36歳ベテラン、右投げの今井投手。
今井投手は僕の方をチラッと見たが、牽制球を投げず、そのまま打者に投じた。
初球は外角低めのボールであり、戸松選手は見送った。
やはりここで一番怖いのは、ホームランだろう。
ここは低めでの勝負となるか。
2球目、今井投手は僕の方を一度も見ることなく、投球した。
今度は内角低めのストレートを戸松選手はファールした。
これでワンボール、ワンストライクである。
3球目の前に僕はベンチを見た。
何と盗塁のサインがでた。
僕は武者震いした。
よし、やってやろう。
だがうまくスタート切れるだろうか。
ただでさえ、最終回の緊迫した場面である。
失敗したら、その瞬間試合終了かつ今シーズン終了だ。責任重大。
今井投手は一瞬だけ、僕の方を見た。
キャッチャーとサイン交換し、セットポジションに入った。
僕はいつもよりも半歩大きくリードした。
投げたらスタートだ。
僕は身を少し低く構えた。
その時だった。
今井投手は素早くプレートを外し、矢のような牽制球を一塁に投じた。
「あっ」と思った時には、ボールは一塁手のミットに収まり、僕のスパイクの先にタッチしていた。
一塁審判のコールが響いた。
「アウト。」
主審が告げた。
「ゲームセット。」
僕は呆然としたまま、そのままの姿勢でしばらく動けなかった。
一塁コーチャーの伊東内野守備走塁コーチが僕の腕を引っ張った。
「ベンチに帰るぞ」
盗塁失敗ならまだしも牽制球に引っかかってのアウト。
僕は情けなさ、悔しさ、そしてチームメイトと大勢のファンに対する申し訳なさで下を向いたまま、ベンチに戻った。
もう少しで涙が流れそうだった。
伊東コーチが、僕の肩を叩いて言った。
「悔しいか。悔しいよな。
だが、決して泣くなよ。
泣いたら、悔しさも涙で流れてしまう。
この悔しさをずっと忘れるな。
悔しさを晴らすには練習しかない。
もし、お前がこの悔しさを忘れなければ、もっともっと成長できる。」
僕は頷き、唇を強く握り締めた。
そして拳を固めた。
決して泣くもんか。
その後、中京パールスの殊勲選手のヒーローインタビューがあり、その後、最終戦のセレモニーになった。
選手会長の戸松選手、そして君津監督が挨拶をした。
その間、僕は唇を噛み締め、拳を強く握り締め、悔しさを必死に押し殺した。
決して泣くもんか。
君津監督の挨拶の後、ベンチ入りメンバー全員で、球場を一周した。
僕は一番後ろをノロノロと付いていった。
その時だった。
観客席から、声が聞こえた。
「高橋、次は頑張れよ。」
「来年は頼むぞ。」
「高橋、ドンマイ。応援しているからな。」
僕は驚いて顔を上げた。
まさに思いがけないことだった。
スタンドのファンの方々から大きな拍手が湧き上がった。
ありがとうごさいます。
本当にありがとうごさいます。
オフの期間、しっかりと練習して、来年、成長した姿を見せられるように頑張ります。
僕は帽子を取って、お辞儀して回った。
失敗したことは悔しい。
この悔しさはずっと忘れまい。
だがファンの方々の声援。
それが力になること、そして僕らはファンの方々に支えられていること。
それを深く感じた、僕のプロ入り2試合目だった。
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