第27話 プロ初出場
打席に入った。
何故だろう。
急に周囲が静かになった気がする。
集中しているからだろうか。
僕はマウンドの北前投手の方を向いた。
北前投手の球種は、ストレート、カットボール、フォーク、そして時々カーブも投げると事前に聞いていた。
フォークは簡単に打てる球ではない。
打つならストレートだろう。
初球、いきなりカーブを投げてきた。
事前にカーブも投げると聞いていたので、頭には入っていた。
だが高い。
完全にボールだと思った。
だが外角の低め、ストライクゾーン一杯に決まった。
凄い変化だ。
ノーボールワンストライク。
次のボールはストレートと読んだ。
そして案の定、ストレートが内角高めに来た。
スイングしたが、ボールは微妙に変化し、バットはボールの上を通過した。
カットボールか。
これで追い込まれた。
ノーボール、ツーストライク。
一球外してくるか。
それともフォークで決めにくるか。
元々バットを握り拳二つ分、短く持っていたか、フォークを意識しつつ、ストレート、カットボールが来ても対応できるように、僕はバット1つ分、更に短く持った。
果たして3球目はストライクゾーンからボールゾーンに変化するフォークだった。
バットが出かかったが、止めた。
意識していなかったら、振っていただろう。
僕は一度打席を外し、次に何の球が来るか考えた。
北前投手得意のフォークで三振を取りに来ると予想した。
結果、4球目は低めのボールからボールへ変化するフォーク。
これはさすがに振らない。
これでツーボール、ツーストライクだ。
次は三球連続のフォークか、あるいはストレート、カットボールか。
ストレートのタイミングに合わせ、もしフォークがストライクゾーンに来たらファールで逃げよう。
そう身構えていた5球目。何とカーブが来た。
しかもストライクゾーンに入りそうだ。
振らないわけにはいかない。
バットを出した。
当てただけのバッティングだ。
力の無い打球がショート方向に転がった。
懸命に走った。
サードの山本選手は片手でボールを掴み、一塁に投げた。
一塁ベースを駆け抜けた。
結果は?
審判を見た。
「アウト」
間一髪ボールがクラブに収まる方が早かったようだ。
残念。
だがこれで終わったわけではない。守備がある。
僕はベンチに戻り、グラブを掴んで、二塁に向かった。
アナウンスが流れた。
「八番ピンチヒッター谷口に変わりまして、竹下。八番レフト竹下。
九番、ピンチヒッターで出ました高橋隆がそのまま入り、セカンド。九番セカンド高橋隆。」
プロ入り初めての守備だ。
オープン戦でエラーしてから、この日のためにこれまで練習してきたのだ。
その成果を見せてやる。
ピッチャーは今年入団した新外国人のスミス投手。
ここまで主に中継ぎで、45試合に登坂し、2勝5敗9ホールドで防御率4.15と微妙な成績であり、来年の契約に向けて正念場と言えた。
最初のバッターはキャッチャーフライに打ち取ったが、次の打者には四球を与えた。
そしてその次打者の打球は僕の方にフライが飛んできた。
ライトが深目に守っていたのが、災いした。
僕は必死に追ったが届かず、ライトとセカンドの間に落ちてしまった。
これでワンアウト一、三塁だ。
得点差があるため、前進守備はせず、所定守備位置である。
僕はオープン戦でのエラーが頭をかすめた。
あの時は一、二塁で、今回は一、三塁だが、ダブルプレーを狙うべき状況は一緒である。
一塁ランナーに気を惑わされることなく、確実に打球を処理しよう。
そう考えていた。
そして初球だった。
快音が響いた。
鋭い打球が一、二塁間に飛んできた。
僕は夢中でグラブを伸ばした。
ボールがグラブに入る、その瞬間まで目を切らさないように意識し、捕球した。
そして体を反転させながらグラブからボールを掴み、倒れ込みながら、右手で二塁カバーに入っていた新井選手にトスした。
審判がアウトを宣告するのが見えた。
そしてショートの新井選手がファーストの清水選手に投げた。
振り返った。
「アウト」
一塁審判がそう宣告した。
その瞬間、大きな歓声が球場内に響き渡った。
「ゲームセット」
球審が告げた。
そうかこれで終わりか。
僕は興奮冷めやらぬまま、両膝を地面につけ、ボーッとホームベース方向を見ていた。
「ナイスプレー」という言葉と共に、頭をポンとグラブで叩かれた。
振り向くと、一塁手の清水選手だった。
「ほらよ。ウイニングボール。大事にしろよ。」と言って、僕にボールをくれた。
プロ入り初の守備機会。無我夢中だった。
何とか処理できて良かった。
僕は立ち上がり、ベンチに帰ろうとした。
「ナイスプレー」
拍手が球場全体から聞こえた。
静岡オーシャンズファンだけでなく、一塁側の新潟コンドルズファンも拍手してくれたのだ。
僕は帽子を取って、一礼をして、ベンチに帰った。
「良いプレーだったぞ。」と伊東内野守備走塁コーチが僕のお尻をポンと叩いた。
「練習の成果がでたな。」
肩を叩かれて、振り向くと守備固めで出ていた竹下選手だった。
そしてベンチに戻って、谷口とハイタッチした。
ほんの1回、守備機会をこなしただけである。
しかし僕にとっては大きな一歩だった。
ついにプロでの試合出場を果たしたのだ。
僕は翌朝、記念にスポーツ新聞を全紙購入した。
その次の試合は、9回表まで1対1の接戦で、9回裏にツーアウト満塁からサヨナラ暴投で、新潟コンドルズが勝った。
この日は僕の出番は無かった。
翌日は移動日となり、僕は寮に帰った。
寮の部屋に戻り、僕は椅子に座ってプロ初出場の記念のボールを眺めていた。
このボールをどうしよう。
自分で持つ、母親にあげる、彼女にあげる。
どれも正解に思えた。
だが大正解はこれだろう。
僕は引き出しから一枚の葉書を取り出した。
以前、頂いた御礼状だ。
僕はボールにサインし、小さい段ボールに簡単な手紙と共に箱に入れた。
そして額に入れて飾ってある一枚の絵に目をやった。
背番号58の青いユニフォームを着た選手が打っている場面。
そう、送り先は僕のファン第一号。
亡くなったあの少年。
僕はこれからも頑張るよ。
君が病室のベッドで書いてくれた、絵のように活躍できるように。
そして箱を閉めた。
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