第26話 一軍合流

 静岡オーシャンズは明日から新潟で新潟コンドルズとの三連戦、その後は一日移動日を挟んで、駿河オーシャンスタジアムでの中京パールズとの試合で、今シーズンを終える。

 昨日、泉州ブラックスが勝利し、クライマックスシリーズへの進出の可能性が完全に無くなった。

 だから残りの4試合は言わば消化試合となり、僕がお試しで昇格となったのだろう。


 夕方、新潟に着き、直接チームが宿泊しているホテルに向かった。

「よお、待ってたぞ。」とホテルロビーで谷口が出迎えてくれた。

 谷口はここまで5試合に出場し、14打数2安打と中々実力を発揮できていなかったが、経験を積ませるためか、ずっと一軍に帯同していた。

「やっぱり上がってきたな。」

「でも正直、驚いたよ。

 下手すりゃクビもあり得ると思っていたからな。」

「それはないさ。まだ俺らは高卒二年目だろう。

 そんな簡単にクビ切られたら、静岡オーシャンズは育成能力がありません、と宣伝しているようなものだからな。

 そんなチームにどこの高校の監督も可愛い教え子を入れたくないだろう。」

 なるほど。確かに。

 そのとき、一軍のマネージャがやってきた。

「君津監督に挨拶したか。あと市川ヘッドコーチにも挨拶しといた方が良いぞ。」

「ありがとうございます。」と言って、僕は監督が宿泊している部屋に行って、ドアをノックした。

 

 中にはちょうど市川ヘッドコーチと伊東内野守備走塁コーチがいた。

「今日、昇格しました。

 高橋隆介です。宜しくお願いします。」と僕は挨拶した。

「おお、宜しくな。折角のチャンスだ。

 活かすも殺すもお前次第だそ。」と市川ヘッドコーチ。

「はい、頑張ります。」と答え、僕は部屋を辞した。

 よしやってやるぞ。

 僕は体中から、気合いがみなぎってくるのを感じた。


 翌日、新潟コンドルズ戦はナイターであり、平日の消化試合とあって、越後コンドルパークは空席が目立った。

 だが夜間照明に照らされたグラウンドは、光が天然芝に反射し、緑色に妖しく光っていた。

 試合開始前のセレモニーを見ながら、ようやく自分も一軍の舞台にたどり着いたと思うと、気分が高揚しないわけはなかった。


 その試合、僕も谷口も控えだった。

 それはそうだろう。

 特に僕は即戦力でもないし、いきなり試合に出られるわけはない。

 だが点差が開いた試合になれば分からない。

 僕はベンチ裏で谷口とキャッチボールをした。

 試合は接戦になり、8回を終えた時点で2対2だった。

 そして9回裏、ワンアウト二、三塁からの新潟コンドルズの四番、山本選手のタイムリー内野ゴロ?で、サヨナラ負けとなった。


 次の試合は、土曜日でしかもユニフォーム配布の日とあって、昨日とはうって変わって多くの観客が詰めかけていた。

 この日の静岡オーシャンズの先発は、故障から復活した車沢投手だったが、速球が冴え、新潟コンドルズ打線につけいる隙を与えなかった。

 そして打線も効率的に点を取り、8回を終えた時点で、6対0とリードしていた。

 そして9回表の静岡オーシャンズの最後の攻撃である。

「谷口、次、代打行くぞ。」

 恩田バッティングコーチがベンチ裏で素振りをしていた谷口に声をかけた。

「はい。」と短く答えて、谷口はヘルメットを被り、ウェイティングサークルに歩いて行った。

「おい、高橋。お前は次な。」

 え?何が。

「谷口の次、代打だ。その後守備につけ。」

 僕はあわててヘルメットを被った。

 まさかである。

 こんなに早く一軍デビューするとは思ってもいなかった。


 先頭バッターの但馬選手が三振に倒れ、谷口が打席に向かった。

 そしてその次は、僕である。

 僕はウェイティングサークルに向かった。

 レフトからの歓声が凄い。

 もちろん新潟コンドルズの本拠地だから、球場は新潟コンドルズのチームカラーの黄色に染まっているが、レフトスタンドにはライトブルーの一団が見える。

 僕は足が震えるのを感じた。

 僕はこれでも甲子園の優勝メンバーである。

 だから大観衆の前でのプレーには慣れている…つもりだったのだが…。


 新潟コンドルズの投手は、北前投手。

 大卒三年目のストレートとフォークが持ち味の投手である。

 バックスクリーンの防御率を見ると、6.10となっていた。

 今季はビハインドの場面で投げることが多いらしい。


 谷口はワンエンドワンからのストレートを真芯で捉えた。

 快音を残して打球は良い角度でライトに上がった。

 ライトは懸命にバックした…と思ったが、やがて正面を向いた。

 そして難なく捕球した。

 あの当たりで平凡なライトフライなのか。

 北前投手のストレートはスピードガンでは143㎞/hである。

 それでも完全に差し込まれていた。

 やはりプロの投手は数字以上に球威が凄い。


 次は僕の番だ。

 球場アナウンスが流れた。

「九番、セカンド誉田に変わりまして、ピンチヒッター高橋隆。背番号58。」

 ざわめきの後、拍手が聞こえた。

 恐らく僕がプロ入り初打席ということが分かったのだろう。

 最初のざわめきは、きっと「高橋隆って誰だ」というものだろう。

 ちなみに我がチームには高橋という苗字が僕を含めて三人いる。

よって僕の登録名が高橋隆となっているのだ。

 僕は一度屈伸して、気を落ち着けて、バッターボックスに向かった。

 

   


 

 

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