第21話 飯島投手の大チャンス

 シーズンも7月に入り、中盤に差し掛かってきた。

 開幕一軍となった杉澤投手は、今年は好調で既に7勝4敗とチームの勝ち頭となっていた。

 竹下外野手はスタメンの機会は少ないものの、代走を中心に一軍の戦力となっていた。

 

 翻って、二軍スタートとなった我々はまだ誰も一軍に上がっていなかった。

 谷口はホームランを12本打っていたが、打率が二割を僅かに上回る程度とあって、壁にぶつかっていた。

 ドラフト同期二軍スタート5人衆(格好悪い名前…)の中で、一番一軍に近いと思われるのが、飯島投手だった。

 二軍では先発ローテーションに入り、既に5勝(2敗)を挙げていた。

 アンダースローの軟投派であり、ほとんどの登板で5、6回を投げており、防御率2.90と投球内容も安定していた。


 その日は試合がなく、僕らは午前練習を終えて、昼食のために寮に戻る所だった。

 すると寮の入り口で、球団支給のオフィシャルスーツを着て、大きなカバンを二つ持って出てくる飯島投手と出会った。


「あれ?どこに行くんですか。」と三田村が声をかけた。

「おお、ちょっとな。どこだと思う?」

「旅行ですか。」

 君はもう少し考えてから発言した方がいいね。今はシーズン中だよ。

「もしかして、一軍昇格ですか?」と三田村の発言を無かったことにすべく僕が言った。

「おう、今朝連絡を受けた。」

「だから今朝の散歩、いなかったんですね。」と三田村。

「いや、それは寝坊だ。ちゃんと罰金は払ったぞ。」

 朝の散歩をサボると、罰金を科せられる。(あくまでも自主納付)

 僕はふと思った。

「そう言えば、ミム。お前、昨日の朝いたか?」

「飯島さん、頑張って下さい。応援してますよ。」

 おい、話をそらすな。

「俺に取って、年齢的にラストチャンスかもしれん。精一杯やってくるさ。」と言い残して、飯島投手はタクシーに乗り込んだ。

 飯島投手は今年で29歳になる。

 確かに年齢的に後はないかもしれない。


「飯島さん、一軍に定着出来ればいいけどな。」と原谷さん。

 寮で暮らす選手は若手が多く、30歳近い飯島さんは寮生の中では一番年上だった。

 杉澤投手、竹下外野手は一応寮生であるが、ずっと一軍に帯同しているので、シーズン中はほとんど寮にはいない。


 三日後、プロ野球速報のサイトを見ると、静岡オーシャンズの明日の試合の予告先発は飯島さんだった。

 昨年、中継ぎでは登板しており、1勝を挙げているが、先発は初めてだ。

 チームは現在、ローテーション投手に故障や不調が相次いでおり、白羽の矢が立てられたようだ。

 飯島さんに取って、これは大チャンスだ。

 僕、谷口、三田村、原谷さんは寮の食堂に集まり、CSテレビの中継を見ることにした。

 今日は夜間練習は少し遅らせる。

 飯島さん、頑張れ。


 飯島さんが投球練習でマウンドに立った。

 テレビ画面で見る飯島さんは、いつもより小柄に見えた。

 プロ野球選手は身長が高い人が多く、180㎝超の選手がざらにいる。

 飯島さんは176㎝であり、175㎝の僕と1㎝しか違わない。

「調子良さそうだな」と原谷さん。

 いつも練習で飯島さんの球を受けているので、調子の良し悪しが画面越しでも分かるのだろう。

「頑張って欲しいですね」と三田村。

 珍しいね。君が突っ込みどころがない発言をするのは。

 でも本当にそうだね。

 谷口も心配げにテレビ画面を通じて、飯島さんを見つめていた。

 寡黙だが、決して冷たい男では無い。

 本当に頑張ってほしい。

 せめて5回は投げて、試合を作って欲しい。


 相手は、泉州ブラックスの児島投手だ。社会人出身でプロ入り5年目の右腕。

 昨季に10勝して、今季も既に5勝(6敗)をあげている。

 また泉州ブラックスは打撃力が高く、これまでチーム打率はリーグ2位の.254、ホームランはリーグ1位の61本を誇る。

 もっともエラーの数50個、チーム防御率は4.02とそれぞれリーグワーストであり、典型的な攻撃型のチームであった。

 強力ブラックス打線を軟投派の飯島投手がどこまで抑えられるか。

 試合が始まった。

 

 

 


 

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