第20話 選手名鑑と悩める日々

 プロ野球シーズンになると各出版社からプロ野球選手名鑑が出版される。 

 僕は自分が載っているのが嬉しくて、なるべく全種類購入している。

 大体は球団を通じてのアンケートに沿った内容が記載される。

 昔は家族名や住所まで記載されていたらしいが、個人情報保護が厳しくなった現在はもちろんそんな事はない。

 年俸は推定だが、大体合っているそうだ。

 ちなみに僕の年俸は480万円~500万円になっているものが多い。惜しい。そんなに貰っていません。

 

 ふとある出版社が出している名鑑の僕の欄を見ると、趣味が「熊のぬいぐるみに着せるユニフォームを作ること」になっていた。

 あの野郎。タレ込んだ犯人は分かっている。僕の部屋にしょっちゅう駄弁りに来る奴だ。

 やはり早いうちに殺っておくべきだったか…。

 ちなみにそいつの趣味は、筋肉トレーニングと早朝散歩となっていた。

 筋肉トレーニングはリハビリだし、早朝散歩は趣味じゃなくて義務だろ。時々寝坊して、サボるくせに。


 確かに僕の部屋には熊のぬいぐるみが飾ってあり、時々ユニフォームを変えている。

 彼女が時々作って送ってくれるのだ。

 僕が夜な夜なチマチマ、熊のぬいぐるみのユニフォームを縫っていたらおかしいだろう。


 さて閑話休題。

 最近、二軍のセカンドのスタメンは僕と飯田選手と足立がローテーションで出ることが多くなっていた。

 飯田選手は、一軍の三人に何かあった時のバックアップ要因だし、僕と足立は育成目的だろう。

 僕は右打ちを意識し過ぎるせいか、中々打率が上がらなかった。

 30試合中、途中出場も含めて23試合に出場して、50打数7安打。打率は.140。

 ホームランどころか長打もゼロ。

 左への引っ張りを意識すれば、もっと打率は伸びるだろうが、今は右打ちを意識して打席に入っている。

 中々手応えが掴めない。

 力の無い打球が、セカンドに飛ぶことが多い。

 だが僕が凡打して、スゴスゴとベンチに戻ってきても、成田バッティングコーチは、特に何も言わない。

 もしかして見捨てられているのか…。

 ルーキーの足立は、打率.222だが、既にホームランを4本放っており、ベテランの飯田選手は打率.294と好調だ。

 僕は焦りの気持ちはあったが、一度右打ちを意識すると決めた以上は、それを継続するしかない。

 素振りも毎晩欠かさずやっているが、一向に成果がでる気配がない。

 本当に孤独な業だ。

 開くかどうかも分からないドアを叩き続けるような日々。

 時々、自分は間違った練習をしているのでは無いかと不安になる。

 成田バッティングコーチに相談しても、「お前は今のまま、頑張れ」としか言われない。

 もしかして既に今シーズンオフの戦力外リストに入っているのではあるまいな。

 そんな事さえ考えてしまう。


 季節は6月になった。

 一軍のセカンドは、新外国人のトーマス・ローリー選手が主にスタメン出場して、打率.273、ホームラン9本と及第点の成績を残しており、新人の新井選手はショートでの出場が多くなっていた。

 誉田選手は年齢的な衰えは隠せないものの、随所でベテランの味を発揮し、守備固めや代打に活路を見いだしていた。

 だから一軍経験豊富な飯田選手でさえ、上からお呼びがかからなかった。

 それでも飯田選手の野球に対する姿勢は勉強になる。

 試合前の練習から目一杯やり、試合中も頻繁に投手に声をかけに行き、ベンチに座っていても一際大きな声を出している。

 昨季までずっと一軍に帯同し、通算で500を超える試合出場を誇る選手が若手に混ざっても不貞腐れたりせず、真摯に自分がやるべき事に取り組んでいる。

 僕は見習う事が多い。


 ある日、試合前のフリーバッティングを終え、バッティングゲージを出ると、飯田選手に声をかけられた。

「もう少しだな。」

 え?

「大分、内角の球も腕を畳んでさばけるようになってきたな。」

「そうでしょうか。当てるのが精一杯です。」

「それでいいんだよ。投げる方からすると、内角球は引っ張り、外角球を流すバッターは打ち取り易いんだ。

 打球の行方が予想付くから、守りやすいし。

 厄介なのは、広角に打ってくるバッターだ。どこに打ってくるかわからないから、守りづらい。

 しかもお前は足が速いから、より厄介だ。

 おっと、お前は俺のセカンドのライバルだったな。

 まあ若いうちは悩め。じゃあな。」と言い残して、飯田選手は去って行った。

 ありがとうございます。

 ちょっとヒントになりました。


 その後も試合に出る度、右打ちを心がけた。

 中々結果には結びつかなかったが、徐々に強い打球が打てるようになってきた。

 少しずつだがドアが開き始めたような気がしていた。

 

 


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