第19話 右打ちの意識
僕はこれまで軽いバットを使うことが多かった。
というのも高校時代から一番打者として出塁することを求められていたし、バカ力のゴリラーマン平井はともかくとして、山崎と比べても僕は非力であった。
だから三遊間を抜いたり、野手の頭を越えて外野に落としたり、センター前に弾き返すことの意識が強かった。
前進守備をされると、敢えて強振することもあり、芯に当たればレフトスタンドに入ることもあった。
高校通算ではホームランを10本打った。
だから僕は右に強い打球を打つ、という意識があまり無かった。
次の日の試合は、足立がスタメンだった。
足立は三打席目で二軍とは言え、プロ初ホームランを放った。
僕は9回に守備で途中出場したが、打席は回ってこなかった。
移動日を挟んで次の日は盛岡での仙台ブルーリーブス戦だった。
セカンドのスタメンはベテラン31歳の飯田選手。
昨年まではセカンドの控えとして、ほぼ一軍に帯同していたが、今シーズンは激化したセカンドの定位置争いのあおりを食らって、二軍スタートだった。
この試合、六回の守備から僕は出場した。
そして七回。ワンナウト一塁で僕の打撃が回ってきた。
「原谷さん、ちょっとバット借りていいですか。」
原谷さんは1㎏近い、重いバットを使っている。
「良いけど、折るなよ。折ったら飯奢れよ。」
飯でいいのか?
バットの方が飯よりも高いと思うが。
僕は借り物のバットを持って、右打席に立った。
いつもの感覚よりもズシリと重い。
相手の投手は岡山ハイパーズを戦力外になって、仙台ブルーリーブスにテスト入団した、左腕の熊野投手。
落ち着いて見ると、セカンドがショートよりに立っている。ファーストもセカンドよりだ。
ワンエンドワンからの3球目、外角の低めの球だったが、僕は右打ちを意識してバットを振った。
バットの先端に当たり、当たり損ないの打球がファーストとセカンドの間に打球は飛んだが、セカンドが回り込んで捕球し、一塁に投げた。
一塁ランナーは二塁に進んだが、自分はアウトになった。
中々上手くはいかない。
ベンチに帰ると、成田二軍バッティングコーチが僕の尻をポンと叩いて言った。
「その意識だ。それをこれからも続けろ。」
これでいいのか?
僕はバットをバット立てに戻し、ベンチに座った。
原谷さんはそのバットを取り出してジッと見ていた。
大丈夫ですよ。ヒビなんか入っていませんから。
「隆、見ろ。ここ汚れている。」
貴方は小姑か。
ええ、分かりましたよ。御礼に今日の夕食代は僕が持ちますよ。
冷麺でいいですか。
え、ステーキを食べたい?
知らんがな。年俸450万円の後輩にたからないでください。
果たして自分の持ち味を殺してまで、慣れない右打ちで良いのだろうか。
得意な引っ張りを磨いた方が良いのではないか。
僕は迷っていた。
またスイッチヒッターという選択肢もある。
つまり相手ピッチャーにより、打席を右と左に変えるのだ。
足を活かすには、左打ちの方が有利だ。
左打ちであれば、打った後、体が一塁側を向くため、右打ちに比べて1.5歩程動き出しが早く、内野安打になりやすい。
だが僕は左打席で打ったことはない。
もしスイッチヒッターを目指したとして、ものになるには相当の年月がかかるだろう。
それまで球団が面倒見てくれるか。
僕はまだ高卒二年目だが、下位指名であり、うかうかしていると3年目くらいに戦力外になる可能性がある。
ましてや二塁手はライバルが多い。
守備に自信があるといっても、ベテランの誉田選手のような華麗なプレーに比べると地味だし、新人の新井選手も大学で鍛えられただけあってかなり上手い。
二軍でもベテランの飯田選手には適わないし、新人の足立には打撃が適わない。
ユーティリティプレイヤーを目指して外野の練習をするという選択肢もあるが、外野は肩の強さも求められる。
僕は肩は弱い方ではないが、飛び抜けて強肩でもない。
そして山城コーチの最後の教え(まだ生きています。念のため。)で、仮に外野の練習をしろと言われても断れと言われていた。
僕は自分がどのような選手を目指すべきか、迷っていた。
遠征から寮に帰って、夜間恒例の素振りをやっていると谷口がやってきた。
「よお。」
「なあ、谷。」
「なんだ。」
「俺、スイッチヒッター目指そうかな。」
「あん?、やめとけ、やめとけ。あれは天性のものがいるし、時間もかかる。
お前はお前の長所を磨けば良いんじゃねぇの。」
「俺の長所って何だ。」
「選球眼が良いところだろ。
俺と違って簡単に三振しないだろ。」
言われてみると、僕はゴロは多いが三振は少ない。
「それで右打ちを意識したら、とても嫌らしいバッターになると思うけどな。」
やはり右打ちか。
そう言えば今日、成田バッティングコーチにも「その意識を続けろ」と言われた。
迷っている暇なんかないか。
よしこれからは練習でも右打ちを意識しよう。
「谷。ありがとよ。少し吹っ切れたよ。」
「おう。それなら良かった。今度飯奢れよ。焼き肉な。」
お前まで…。
この日も僕らは夜中の二時まで素振りを続けた。
谷口といると、お互い先に辞めづらいのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます