第18話 二年目の開幕

 2日間だけの一軍昇格だったが、僕は大きなものを得た気がしていた。

 自分では一生懸命にやっているつもりだったが、どこか浮ついていなかったか。

 もしかして、谷津コーチはそういうのも見越して、引き締めるために僕を一軍に推薦したのではないだろうか。

 だとすると、その慧眼には恐れ入る。

 

 二軍球場にに合流すると、早速三田村が近づいてきた。

「一軍はどうだった。緊張したか。」

 てっきり一軍のホテルの飯の事でも聞かれると思ったが、彼なりに気を遣っているのか。

「ああ、良い経験になったよ。また一からやり直しだ。」

「ところで一軍のホテルの飯はどうだった?」

 お前な…。

 

 ふと視線をグラウンドにやると、谷口が黙々とダッシュしていた。

 背中からも悔しい気持ちが伝わってくる。

 彼もチャンスを掴めなかった。

 谷口は僕に気づくと、左手を上げた。

 僕も左手を上げて返した。


 谷津コーチが目の前を通り過ぎた。

「谷津コーチ。すみません、すぐに戻ってきてしまいました。」

「おお、良い経験できたか。」

「はい、二試合だけでしたけど、今後に活かしていきたいと思っています。」

「そうだな。お前の事は山城さんからも宜しくと言われている。

 バカで生意気で失礼な奴だけど、良い素質を持っていない事もない、とな。」

 山城さん…。

「実戦はノックとは違うことが分かっただろう。

 俺は基本は教えてやれるが、実戦では一つのエラーが命取りだ。

 特にお前のように専守防衛のような選手はな。」

 確かに守備固めがエラーしたら、存在価値はない。

「この経験をどう活かすかはお前次第だ。期待しているぞ。」

「はい、ありがとうございます。」

 僕は帽子を取り、礼をして、検見川監督にも二軍降格の報告をした。

 検見川監督は深く頷き、無言で僕の肩を叩いた。

 はい、もう一度、やり直します。


 そして春期教育リーグが終わり、いよいよ二軍の開幕戦を迎えた。

 開幕戦は東京チャリオッツとの試合だった。


 結局、我がドラフト同期で一軍に残ったのは、杉澤投手と竹下外野手だけで、二年目の飛躍が期待された谷口、年齢的に後の無い飯島投手、ノーコンの三田村、ノー天気の原谷捕手、そして僕は二軍スタートとなった。

 二軍の開幕戦、僕は一番セカンドでスタメンだった。

 そして四番ライトに谷口、八番キャッチャーに原谷さん。

 二軍とは言え、開幕戦とあって、観客も二、三千人は入っていた。

 僕は観客席を見渡した。

 内野席の三列目に彼女が来ているのが、目に入った。

 白いのワンピースに僕の背番号のユニフォームを来て、青の球団帽子を被り、ひいき目かも知れないがスタンドの中でも一際目立っていた。

 僕と視線が合うと、手を振ってくれた。

 良いところを見せたい。


 一回の表、東京チャリオッツは無得点に終わり、その裏は僕からの打順だ。

 相手の先発は昨秋のドラフト1位で社会人出身左腕の稲富投手。

 速球が持ち味だ。

 僕は右打席に入った。

 ワンボール、ツーストライクからの4球目、内角に食い込んでくるボールをうまくバットの芯で捉えた。

 強い打球だったが、ショートがほぼ定位置で抑えた、と思った瞬間ポロッと落球し、僕は一塁を駆け抜けた。

 記録はショートのエラー。

 出塁したという意味では、幸先の良いスタートとなった。

 そして僕は二番打者の打席で盗塁を決めた。

 二番の上田選手は、左打ちである。

 ツーボール、ワンストライクからの4球目、バッティングの姿勢からバントに切り替え、うまく一塁線に転がした。

 僕はこれで三塁まで進んだ。

 ワンナウト三塁である。

 次の三番サードの南田選手は三振に倒れた。

 そして四番は我らがドラフト同期、谷口である。

 左打席から初球を振り抜いた打球は鋭く打ち上がり、ライトスタンドに突き刺さった。

 ツーランホームランだ。

 さすがは谷口。

 

 谷口は二軍クラスの投手に対しては、かなり打つが、一軍クラスになると途端に打てなくなる。

 オープン戦は投手も必ずしも力一杯は投げてこない。

 自分の持つ球種の状態を確かめたり、相手打者の得意、不得意を見極めたりする場と捉えている投手も多い。

 それでも谷口は19打席でノーヒットだった。

 芯で捉えた打球が野手の正面を突く不運もあったが、最後の方は打席でも迷いが見られ、8打席連続三振となったのを受けて、僕と入れ替わる形で二軍落ちしたのだ。


 試合は打ち合いになったが、僕は二打席目は三振、三打席目はサードゴロとなり、7回からは足立と交代した。

 守備は堅実にこなしたが、彼女にあまり良いところを見せられなかった。

 この試合は結局、谷口の二本目のホームランも飛び出し、10対7で勝利した。

 僕と交替で出場した足立は二打数二安打で、しかもそのうち1本は二塁打だった。

 守備と走塁では僕の方が上回っているものの、このままでは二軍の試合出場すら覚束ない。

 ただでさえ、一軍のセカンドはベテランの誉田選手、新外国人のトーマス・ローリー選手、そしてドラフト1位で大学卒の新人、新井選手の三人が争っている。

 焦りを感じるが、それを抑えるにはやはり練習しかない。

 

 僕は寮に戻って、夕食後、トレーニング室で鏡の前で素振りをしていた。

 しばらくして、谷口が入ってきた。

 僕の姿を認めると、「おお」と呟き、「夜間練習か」と言った。

「ああ、お前もか。」

「今日の打席、しっくりこなかったからな。

 少しフォームが狂っているのかもしれん。」

 ホームランを二本打っていても満足しないのか。


 僕と谷口はそれぞれ部屋の両側の鏡の前で、無言でバットを振った。

 鏡の向こう側に谷口の素振りが見えた。

 その時僕は意外な事に気がついた。

 僕の方がスィングスピードが速いのだ。

 あれ?

 僕は右打ちということもあって、引っ張りの意識が強い。

 だからショートゴロやサードゴロが多く、当たりによっては内野安打となることもあった。

 もしかして、これか。

 明日の試合、もし出る機会があれば試してみようと思った。

 

  


 

  

 

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