第14話 僕らドラフト同期組
プロ野球選手は個人事業主であり、ドラフト同期といえども全員がライバルだ。
それぞれ生活がかかっており、例え怪我しても誰も助けてはくれない。
その一方でドラフト同期には特別な感情もある。
同期の活躍は妬ましい思いもあるが、心の底では嬉しい気持ちもある。
だから昨シーズン、杉澤投手が惜しくも新人王を逃した時は、自分事のように残念だった。
今回、寮に残された同期4人で自主トレを行うことになった。
投手、捕手、内野手、外野手がそれぞれ一人ずつ。
それぞれ特徴を活かして、相乗効果を出せればきっと有意義な自主トレになるだろう。
午前中は体力作りだ。
最初にランニング5㎞。
それからポール間ダッシュ、坂道ダッシュ。
原谷捕手は走るのが苦手だ。
きっと一人ではこんな練習はしないだろうし、例えやっても手を抜くだろう。
ところが4人でやると、負けるものか、という感情が先立ち、原谷捕手も手を抜けない。
「なあ、まだやるのか。キャッチャーは試合では走る場面は少ないんだけどな。」と人一倍息を切らしながら、原谷捕手が言った。
「そんなことありませんよ。一塁カバーもありますし、三田村が暴投したり、原谷さんがパスボールしたら、ボール取りに走る必要あるでしょ。」
「三田村。試合で暴投するなよ。」
「原谷さんこそ、パスボールしないで下さいよ。」
どっちも頑張れ。
竹下選手は相変わらず仏頂面ではあるものの、僕らの会話を楽しんでいるようだ。
午前中の走り込みが終わると、午後からは様々な練習を行う。
例えば手の空いているチームスタッフに守備について貰い、三田村が投げて、原谷さんが受ける。
そして速球が苦手な竹下さんがそれを打つ。
僕はその間、セカンドの守備位置についた。
三田村の球は速さと伸びだけなら、一級品だ。
190㎝の長身から、軽く投げても150㎞近い球をコンスタントに投げる。
これでコントロールがつけば、将来有望なのだが…。
「お前、分かっているだろうな。ぶつけたら罰金十万円だからな」と原谷捕手。
「大丈夫です。二、三十万円までなら余裕で払えます。」
そういう問題ではない。
竹下選手はアメフトで被るようなフェイスガード付きのヘルメットと、肘当て、膝当てを付けて打席に立った。
うーん、つま先を守るために安全靴も履いた方がいいかもしれませんね。
と思っていたら、案の定、三田村の低めの球がすんでの所で、竹下さんのつま先に当たるところだった。
竹下さんは間一髪避けた。
「良かった。罰金十万円にならないで」
良くねぇよ。
竹下さんがキッと三田村を睨んだ。
三田村は全く気にせずに二球目を投げた。
今度は素晴らしいストレートが、内角低めに決まった。
竹下選手はバットを出したが、中途半端なスイングで空振りをしてしまった。
このような球をバットに当てることが出来ないと、一軍では厳しい。
何しろ三田村は直球とカーブくらいしか球種をもっていない。
バカの一つ覚えのストレートと分かっていても、竹下選手は中々前に飛ばすことができない。
これが竹下さんの大きな課題だ。
三田村ごときのストレートを打てないようでは、とてもとても一軍の投手の球は打てない。
ましてや、まだ自主トレの段階なので、もちろん全力では無い。
じゃあ、お前は三田村の球を打てるのかと言われたら、黙るしかないが。
そう、僕も打撃には大きな課題がある。
高校時代、山崎の速球を練習で打っていたから、ストレートには強いと思っていたが、打撃練習の球と、プロ野球選手が打たせまいと気合い十分に投げてくる球は、例え同じ速度でも伸びが全然違う。
だから「もらった」と思っても、振ったバットの上をボールが通り過ぎる。
バットスィングのスピードを上げるためには、素振りを繰り返すしかない。
素振りは孤独だ。
何千回素振りをしたら、効果があがるというものではない。
例え一万回、十万回とやっても効果が出るとは限らない。
開くかどうかも分からないドアを叩き続けるかのようだ。
もしかして開かないドアかもしれない。
それでもいつか開く事を信じて愚直に叩き続けるしかないのだ。
時々、役割を交代しながら、僕らは実戦をイメージした自主トレを続けた。
例えば僕がピッチャー、原谷捕手がセカンド、竹下さんがキャッチャーをやり、三田村が打ったり。
わざとではないが、三田村に当ててしまい、彼は悶絶していた。
ほら、わかっただろ。
硬式球が当たると痛いんだよ。
「てめぇ、十万円寄越せ。」
「俺は約束してない。」
「次、隆がバッターボックスに入れ。」
「やだ。当てるだろ。」
「当てないから、入れ。」
「誰が入るか。」
というような会話を楽しみながら、有意義な自主トレを行う事ができ、2月のキャンプインを迎えたのであった。
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