2年目 悩める日々

第13話 自主トレと竹下選手

 年が明けると自主トレのシーズンになる。

 僕は12月中から体を動かしていたが、年が明けることを待ち望んでいた。

 何故なら寮に戻れるから。

 築何十年の自宅アパートにいると、寮がいかに快適だったかと思う。Gもいないし。

 ということで三が日も明けると、一番乗りで寮に戻った。

 いよいよ本格的に自主トレ開始である。

 プロ野球のニュースで、一流選手が後輩を引き連れて、南の島や、時には海外で自主トレをやっているシーンが映る。

 でも実際はほとんどの選手が球団施設で自主トレを行っている。

 我がドラフト同期では、杉澤投手と谷口、飯島投手を除く4人が球団施設で自主トレを行っていた。

 杉澤投手は別のチームの球界を代表するエースと、谷口は同じく球界を代表するスラッガーと、飯島投手は出身の独立リーグの選手達とそれぞれ自主トレをやっていた。

 

 僕は同期の中では三田村と仲がいい。

 三田村は投手で僕は野手なので、ポジションは違うが、なぜか三田村とは気が合う。

 別に谷口と仲が悪いわけでは無い。

 ただ同じ野手ということで、何となく意識してしまうのだ。

 僕は谷口の長打力が眩しくてしょうが無い。

 長打力というのは天性のものである。

 体格が良くてムキムキならホームランを量産できるわけではなく、リーグのホームランバッターの中には僕と身長があまり変わらない選手もいる。(ちなみに僕の身長は175㎝)

 谷口は身長178㎝なので、僕と大きくは変わらないが、何故打球があんなに飛ぶのだろう。

 高校時代の同級生で、同じくスラッガーの平井は大柄で背筋力がとても強く、オフのテレビ番組でゴリラと言われていたくらいだから、まあ遠くに飛ばせるのはわかる。

 だが谷口は平井ほどゴリラーマンでは無く、筋肉質ではあるが、体の回転で打球を飛ばしている。

 僕も筋トレを頑張ればあんな風になれるのだろうか。

 でも内野守備は軽快な動きが求められるし、体が重くなれば足も遅くなるかもしれない。

 僕は僕の長所を活かすのが、プロで生き延びる道だと思う。


 僕と同期入団でドラフト3位の竹下選手は相変わらず一人で黙々と自主トレをしていた。

 誰とも群れず、誰にも阿ることなく、修行僧のようにポール間ダッシュ、坂道ダッシュ等の地味な練習を繰り返していた。

 社会人出身選手の中には、元いたチームで自主トレを行う選手もいるが、竹下選手はそうではなかった。

 一匹狼。そんな言葉がよく似合う選手だ。

 竹下選手は即戦力の期待が高く、昨シーズンは開幕からトップバッターとして起用されたが、速球に弱いことや、盗塁時にトップスピードに乗るまでが遅く、またスライディングも上手くないという弱点を露呈し、シーズン半ばからは二軍暮らしが長くなってしまった。

 年齢的にもまもなく27歳になるので、今年にかける思いは誰よりも強いようだ。

 ある朝、いつものように自主トレに向かおうと、三田村と寮を出たところで、竹下選手にばったりと出くわした。

 同期入団とは言え、年齢は8学年も上である。

 僕らは帽子を取って礼をした。

 するといつもなら竹下選手は軽く会釈するだけなのだが、この日は思い詰めたような顔で僕にこう言った。

「ちょっと今日の練習、付き合ってくれないか。」

 僕は思いがけず、突然そのように言われて驚いた。

 もちろん年上からの言葉に対する体育会系人間の答えは「はい」か「イエス」しかない。

 竹下選手は僕の返事も聞かず、そのまま無言でズンズンと歩いて行った。

 僕は急いでその後を追った。

 着いた場所は、寮の裏のウォーミングアップ用のグラウンドだった。

 そこにはベースがふたつ、丁度一塁と二塁の距離を空けて置いてあり、それが1メートルくらいの間を空けて二組あった。

「俺と競争してくれ。」と竹下選手はぶっきらぼうに言った。

 きっと竹下選手は自分の弱点を補うために、相当走り込んだのだろう。

 ユニフォームがはち切れそうな太ももの太さを見て、そう思った。

 近くにいたチームスタッフを呼び、両手でパンと鳴らしたのを合図に僕と竹下選手は同時にスタートした。

 だがやはり二塁ベースに着くまでは、僕の方が速かった。

 何度やっても同じだった。

「やっぱり、まだダメか。」

 竹下選手は腰に両手をやり、息を切らしながら言った。

「でも相当走り込んだんですね。」と僕は言った。

「ああ、だがまだダメだ。ダッシュ力を上げれば、速くなると思って、坂道ダッシュを重点的にやったが、あまり効果は出ていない。高橋ごときに負けるレベルなら、俺の価値はない。」

 うーん、ごときは余計じゃないでしょうか。

 その日はずっと竹下選手と同じメニューをこなした。

 竹下選手はストイックでほとんど休み無く、体を動かしていた。

 僕もこれまで特別強化組のメニューをこなすなど、それなりに練習を積んできたが、正直、ついて行くのが大変だった。

 竹下選手は寡黙だが、少しずつこれまでの球歴、そしてプライベートの事を話してくれた。

 高校、大学と東北地方の名門校出身だが、ほとんど控えだったこと。

 社会人時代に結婚して、一歳になる娘がおり、妻とは三年間だけと約束して、プロ入りしたこと。

 そうか、だから竹下選手のプレーにはいつも悲壮感を感じるのか。

 僕も一生懸命やっているつもりであるが、竹下選手と比べると、背負っているものの違いを感じる。

 もっともプロは結果が全てであるが。


 寮に帰ると、三田村と原谷捕手が部屋にやってきた。

「おい、どうだった。修行僧と一緒の練習は。」と原谷捕手。

 原谷捕手は良く言うと性格が明るく剛毅である。

 悪く言うとノー天気で大雑把とも言えるが。

 僕が竹下選手とのやり取りを話すと、「ふーん、竹下さんも必死なんだな。」と原谷捕手が感想を言った。

 ええ、でも必死でない選手は一人もいないと思いますよ。

 僕は提案した。

「明日から同期4人で一緒にやりませんか。

 原谷さんは盗塁を刺す練習になるし、竹下さんもミムの速球は良い練習になるんじゃないか。

 僕もベースカバーの練習になるし、ミムもコントロールを付ける練習になるんじゃないか。」

 三田村は球は速いが、ノーコンである。

 なまじ速い分、どこに行くか分からないので、バッターボックスに立つのが怖い。

「それは名案だ。」と原谷捕手。

「俺も賛成だ。同期ならぶつけても許されるし。」と三田村。

 いやいやそれは許されないから。

 ただ一匹狼を好む竹下選手が、幾らドラフト同期と言え、4人で自主トレをやることについて何というか。

 結論としてはそれは杞憂だった。

 翌日、グラウンドで提案したら、拍子抜けするくらい簡単に了承してくれた。

 こうしてドラフト同期4人による自主トレが始まった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る