第12話 束の間のオフ

 納会が終わると、年内は束の間のオフとなる。

 僕としては三食風呂付きの居心地の良い寮に居座りたかったのだが、11月末で追い出された。

 仕方無く、久しぶりに実家に帰ることにした。


 実家は二階建ての築何十年かのアパートの二階であり、幼稚園くらいの頃からずっと住んでいた。

 ワインじゃないから、古さには何の価値も無い。

 もっとも高校で寮に入ったので、僕が住んでいたのは中学校を卒業するまでだった。

 実家に帰ると、母親と妹が大層喜んでくれた。

 3DKの部屋の至る所に静岡オーシャンズのグッズが飾られてあったし、僕に関する数少ない雑誌や新聞の切り抜きも額に入れて飾ってあった。

 妹は高校で僕のことを自慢しているらしく、色紙を百枚近く用意していた。

 僕のような二軍選手でもプロ野球選手ということは、それなりに特別な存在なのか。

 ただ色紙のほとんどに「山崎選手、平井選手と一緒に」と書いた付箋が貼ってあるのが気になるが…。


 実家に帰って数日後、高校の野球部の同期会があった。

 山崎、平井は勿論のこと、社会人野球や大学に進んだ元チームメートもみんな揃った。

「よお、駅伝選手。」と僕の顔を見るなり、山崎が言った。

「うるさいよ。補欠。」と僕は言った。

「すげぇよな。短距離も長距離も速いなんて、お前、野球のセンスは無いけど、走るセンスはあるよな。」と平井。

「うるせぇ、ゴリラ野郎。」

 他の元チームメートは僕ら三人の会話の意味が分からず、キョトンとしていた。

 放送は年明けだから、意味が分からなくて当然である。

 つまり僕らのような若手は、十二球団対抗運動会というテレビ番組に出場させられるのだ。

 そこで十二球団対抗の駅伝があり、五人一組でハーフマラソンの距離を走る。

 静岡オーシャンズは見事1位になり、僕はアンカーとして貢献した。

 メンバー五人中三人は、例のTK組から選ばれた。

 やっぱりあれはこの駅伝のための特訓だったのかもしれない。


 そして平井は背筋力を測る種目で、見事1位に輝き、司会の男性芸人に「ゴリラみたいなパワーですね。」と驚かれたのだ。

 ちなみに山崎は駅伝の補欠で出もしないで、僕らにヤジを飛ばしていた。


 僕らはまだ未成年なので、勿論酒は飲めないが、昔からバカな事ばっかり言っている奴らばかりなので、高校時代に戻ったかのようで心地よかった。


「しかし山崎も平井もいきなり爪痕残したよな。初登板完投勝利と、初打席ホームランだっけ。」とセンターを守っていた照井が言った。

 彼は大学で野球を続けている。

 もう一人プロ野球選手がいるのを忘れていませんか。

 僕の思いを分かったのか、フォローするように平井が言った。

「きっと高橋は超晩成型なんだよ。いつかきっと活躍するさ。」と僕の肩を叩いた。

 そうかい、ありがとよ。ただ超は余計だ。そして晩成する前に、クビにならなきゃいいけどな。


 そんなこんなで会は終わった。

 しかし一緒に汗を流した仲間は良いものだ。

 例えバカばかりでも。


 翌日は久しぶりに彼女と会う約束をしていた。

 電話では度々話していたが、会うのはほぼ一年ぶりだった。


 久しぶりに会う彼女は、一段と綺麗になっていた。

 白いワンピースに頭にはピンクのカチューシャと清楚な雰囲気で、髪も肩まで伸びていた。

 高校時代は制服姿ばかりだったので、私服姿の彼女は新鮮で眩しかった。

「よぉ、元気だったか。」

「隆君も元気そうね。」

「久しぶりに見て、逞しくなっただろう。」

「そうね。でも私は久しぶりでもないかも。はい、これにサインして。」と僕の背番号のユニフォームを渡された。

 君か、三枚しか売れていない僕のユニフォームのうち、一枚を買ったのは。

 サインをした後、僕は聞いた。

「ところで久しぶりでもないかも、ってさっき言っていたのはどういう意味?」

「ふふっ、気づかなかったでしょ。私、時々静岡オーシャンズの二軍球場に見に行ってたんだよ。」

「え、そうなの。」

「学校が休みの日に併せて、夜行バスとかで行ったんだよ。

 ちなみにファン感謝デーも見に行ったよ。

 二人羽織でケーキを顔中に押しつけられていたよね。女装も良く似合っていたよ。」

 うん、それは忘れてくれるかな。少なくとも僕の記憶からは消しているし。

「素人の私が言うのも何だけど、守備とても上手になったよね。

 春先は不安定だったけど、夏を過ぎた頃から急に安定したよね。」

「まあ口と顔と性格は悪いけど、ノックだけは上手いコーチの特訓を受けたからね。」

 今頃、山城元コーチは大きなくしゃみをしているだろう。大丈夫です。それは風邪ではありません。

「来年はまたライバルが増えたけど、頑張ってね。」

「ああ、守備だけは自信がついたからな。」

 実際、山城コーチの特訓、そして秋季キャンプの特別強化組を通して、自信がついた。

 練習は嘘つかないということか。

 僕は山城コーチの遺言(まだ死んでいないけど)を思い出した。

 練習は時間ではない。

 必要なのはプロとしての努力だ。

 僕の短いシーズンオフは今日で終わり。

 まだ年末までは日があるけど、明日からは来シーズンへ向けて、練習開始だ。

 だって練習は時間ではないとは言え、僕のレベルでは時間も必要だと思うからだ。

 

 


 

 

 

 

 

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