第11話 初めての契約更改と納会
シーズンが終わると、スポーツ新聞を賑わせるのが契約更改である。
活躍した選手は大幅アップを狙うだろうし、不調だった選手はいかに下がり幅を抑えるか、悲喜こもごもの駆け引きが見られる。
また選手にとって、球団の事務方に日頃の思いを伝えられる貴重な機会でもある。
それはプロ野球選手の端くれである僕にとっても同じであり、球団の方と何を話そうか、何日も前から色々考えていた。
そしてその日が来た。
結論としては僕は思いの丈を全く伝えることができなかった。
何故か?
答えは僕の契約更改はものの5分で終わったからである。
僕は静岡オーシャンズの選手の中では、契約更改がトップバッターであった。
チームマネージャーに、1階のソファーで待つように言われ、一張羅のブカブカのスーツを着込み、ソファーに座って待っていた。
どうせまだ大きくなるということで、高校卒業時に母親が二回り位大きいスーツを買ってくれたのだ。
そしてマネージャーから名前を呼ばれてから、ドアをノックし、応接室に入った。
部屋の真ん中にテーブルがあり、入り口側に二人の男性が座っていた。
二人とも顔は知っているが、誰だかよく分からなかった。
一人は五十代くらいの上等そうなスーツを着こなし、痩せ型で精悍な顔つきをしていた。
これくらいスーツを格好良く着こなせるようになりたいものだ。
もう一人は、三十代後半から四十歳前半くらいで、グレーのスーツを着て、小太りで青白い顔をしていた。
「どうぞ、座ってください。」と精悍な顔つきの男性が言った。
僕はいわれるまま席に座った。
「はい、これ統一契約書。こことここに判子を押して。」と小太りの方が言った。
僕は言われるままに二枚の書類に判子を押した。
すると「はい、お疲れさん。来年は一軍に上がれるように頑張ってね。では次の人呼んで来て。」と言いながら、さっき押した書類の一枚を僕にくれた。
あれ?来期の年俸が金額すら、聞いてないんですけど…。
僕が戸惑っていると、「聞こえなかったかな。次の人を呼んできて。」と小太りが言った。
僕は戸惑いつつも立ち上がり、振り返って一礼をして、部屋を出た。
次はドラフト4位の三田村であった。
春先に手術をして、今季はずっとリハビリをしていた。
最近ようやく捕手を座らせて投げることが、出来るようになった。
「ミム、お前の番だってさ。」と僕はやはり着慣れないスーツを着て、所在なさげにソファーに座っている三田村に言った。
三田村は長身なので、ソファーに座ると座高がとても高く見える。
「お、おう。」と三田村は立ち上がり、部屋に入っていった。
あいつ、ノックもしなかったな、と思いながら僕は渡された契約書を開いた。
金額欄に450万円と書いてある。
今年の年俸が440万円だったから10万円のアップだ。
このペースで行くと、1,000万円プレーヤーになるまで、55年かかる。まあその前にクビになるだろうが。
僕はため息をつき、寮の自部屋に戻った。
なお新聞報道で知った同期入団選手の契約更改(金額は推定)は次の通りである。
ドラフト2位の谷口は一軍に上がれなかったこともあって、現状維持の840万円。
ドラフト3位の竹下選手はシーズン当初は一軍にいたことを評価され、60万円増額の1,260万円。
故障と手術で二軍でも試合出場が無かった、ドラフト4位の三田村は40万円ダウンの560万円。
ドラフト5位の原谷捕手は20万円ダウンの820万円。大学卒とあって、即戦力の期待があったため、ダウン提示になったのだろう。
ドラフト6位の飯島投手は300万円ダウンの1,200万円。年齢的にも一軍戦力となることを期待されての入団だったので、ダウン額が大きかった。
そして注目のドラフト1位の杉澤投手は、1,200万円アップの2,700万円だった。
惜しくも新人賞を逃したものの、シーズンを通じてローテーションを守ったことを評価された。
とは言え、最下位の静岡オーシャンズでなかったら、もっと勝ち星を増やせたかもしれないし、もっと年俸も上がったかもしれない。
本人も倍増を期待していたようだが、期待通りには上がらなかった。
杉澤投手の契約更改後の記者会見はテレビのスポーツニュースでも放映された。
十一月の終わりには、ファン感謝デーと球団主催の納会がある。
ファン感謝デーの事は記憶にないから、その日僕は体調不良で寮で寝ていたのだろう。きっとそうだ。
納会は温泉旅館の大広間で行われた。
僕は野球一筋だったし、実家も裕福では無かったので、このような高級旅館に入るのは初めてだった。
甲子園に出た時や、遠征時に泊まった旅館とも設えからして全く違う。
球団手配のバスで旅館に着くと、着物を着た女性が10人ほど出迎えてくれた。
またマスコミも三十人位来ていた。
最初に温泉に入り、さっぱりしたところで納会会場に入った。
一人一人お膳が用意されており、小さい鍋とコンロも一人一つずつあった。
納会には田中大二郎前監督は来ていたが、山城コーチは来なかった。
田中大二郎前監督、君津新監督の挨拶の後、選手会長の戸松選手の乾杯の発声があり、納会が始まった。
会は無礼講となり、若手は隠し芸をさせられた。
なおその内容は自主規制とする。
一つだけ言えるのは、体育会系の飲み会は下品で嫌だね、ということだ。まあ僕も嫌いじゃないが。
と言うことで長かったような、短かったような、色々な事があった一年目のシーズンが終わった。
来シーズンこそ、一軍で活躍を…、とは言うのはさすがに気が引けるので、何とか二軍のレギュラーを獲得出来るように頑張りたい。
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