第15話 二軍キャンプとハンバーガーリーグ
プロ野球のシーズンは公式には2月のキャンプから始まる。
静岡オーシャンズのキャンプは、かっては一軍は海外、二軍は宮崎だったらしいが、今は一軍も二軍も沖縄で行われ、しかも使用する球場が隣接している。
一軍と二軍のキャンプが近いと、選手の入れ替えも頻繁に行うことが出来るメリットがある。
またホテルも昔は二人部屋でベテランと若手を同部屋にして、寝食を共にすることで、ベテラン選手に若手選手を教育させる、という事もあったらしいが、今は一軍も二軍も個室である。
もっとも部屋のグレードは一軍と二軍では大きく異なるが。
例えば一軍のホテルからは海がよく見えるらしいが、僕の部屋からは向かいの壁のシミがよく見える。
枕も置いてなかった…のはさすがに清掃係の方の置き忘れだった。
フロントに問い合わせたら、すぐにもってきてくれた。
同期入団選手では、それぞれドラフト1位、2位の杉澤投手、谷口が一軍キャンプメンバーに選ばれ、それ以外の僕を含めた5人は二軍キャンプスタートとなった。
竹下外野手、飯島投手は昨年は一軍だったが、今年は二軍に振り分けられた。
二人とも期するものがあるだろう。
翻って谷口は昨年の二軍成績が認められて、一軍スタートとなった。首脳陣からも今年は一軍での活躍を期待されているのだろう。
二軍の内野担当は、鬼の谷津コーチである。
僕は昨年の秋季キャンプで経験済みだったが、他の選手は谷津軍曹の鬼特訓の洗礼を受けていた。
特に新入団で高卒の足立選手は、1日目が終わると疲れ切って早くも虚ろな目をしていた。
そうだろ、そうだろ、新人はそうでないとね。
プロの練習にいきなりついて来られるような新人は可愛げがない。
もっともそんな新人は二軍で燻らないで、すぐに一軍に行くのだろうが。
昨秋のドラフト1位の新井選手のように…。
僕らは二年目とあって、少し余裕が出ていた。
昨年であれば、夜間練習が終わると、バタンキューとなったが、今年は寝る前に同期入団選手と少しの時間だが、駄弁る余裕があった。
今日は僕の部屋に、三田村と飯島投手が来ていた。
飯島投手はアメリカのマイナーリーグ経験者であり、遠い目をしながら言った。
「しかし、日本の二軍は恵まれているな。マイナーリーグのキャンプなら、毎日誰かクビになって、最初から最後までキャンプを完走できる選手は、半分もいなかったよ。」
またマイナーリーグは別名ハンバーガーリーグと揶揄されるくらい待遇が悪く、キャンプでは本当に毎日ハンバーガーばかり食べていたそうだ。
それに比べると、日本のプロ野球の二軍キャンプは三食風呂付きだし、途中でクビになる心配は無く、とても恵まれているのだという。
すると三田村が言った。
「毎日ハンバーガーっていいっすね。俺、毎日ハンバーガーを食べられる生活が夢だったんすよ。」
三田村は地方出身であり、高校の近くにハンバーガーショップが無く、ハンバーガーショップに毎日行ける環境、つまり都会に憧れていたらしい。
そうかいそうかい、でも話の趣旨がちょっと違うからね。
君は黙っててくれるかな。
キャンプは、四勤一休、つまり四日間練習し、一日休む。
一年目はがむしゃらに、休みの日も一日中体を動かしていたが、二年目になるとペースが掴めてくる。
休養は必要だ。休養しないと、自分では気づかないうちに疲労がたまり、パフォーマンスが落ち、最悪の場合、ケガにつながる。
プロの練習はメリハリが大事だということも、二年目になると分かってきた。
僕は時々、山城元コーチの最後の教えを思い出す。
「努力は時間ではない。
どうしたらプロとして必要な能力を高められるか、チームから自分に求められていることは何か、そしてそのために必要な練習は何か、自分で考えて実行すること。
それがプロとしての努力だ。」
これは僕にとって金言だ。
常に練習の目的を意識して行うようになった。
もっともランニング中はそんな余裕は無い。
ペースを落とすと、谷津コーチの雷が落ちるからだ。
休養日は沖縄の観光に行ってみた。美しい浜辺を眺めていると、心が癒やされる。
隣に三田村がいなければ、もっといいが。
何でついてくるんだよ。
あっちにハンバーガーの美味しい店があるらしいぞ、と教えてやったら喜んで行った。
よかったな。毎日ハンバーガーを食べられて。
キャンプの序盤はひたすら基礎練習とノックであり、谷津コーチは誰彼構わずにノックの雨を降らせた。凄い体力だ。
でもその方は、練習手伝いのアルバイトですよ。落球しても怒らないで下さい。
キャンプ中盤からは紅白戦が始まる。
昨年は紅白戦であっても途中出場がほとんどだったが、今年はスタメンで、出ることが多くなった。
少しは期待されているということか。
だが僕の課題はやはりバッティングだ。
僕の打席になると、内野も外野もみんな前進してくる。
谷口の時は、みんな下がるのに。
そしてバットに当たっても、測ったように守備の正面に行ってしまう。もっとパワーをつけなければ。
そうこうしているうちに、早くもキャンプは終盤を迎えた。
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