第9話 地獄の谷津キャンプと新たなライバル達

 TK組の担当は、君津監督と共に新コーチとして着任した、谷津コーチであった。

 谷津コーチはシーリーグの京阪ジャガーズ出身で44歳と若く、現役時代、身長170㎝ちょっとと小柄だが武闘派で知られていた。

 乱闘となると真っ先に飛び出て行き、相手が例え体格の良い外国人選手であっても、臆することなく飛びかかって行った。

 乱闘時に相手の外国人選手に飛びかかろうとしている彼を、味方の外国人選手二人が必死に押さえつけている場面が、シーズンオフの珍プレー好プレーの名場面となった。

 実際、プレースタイルも気持ちを全面に出すタイプであったが、守備は堅実で評価が高かった。

 引退後は京阪ジャガーズのマネージャー、二軍内野守備コーチを経て、今回、君津監督の就任に伴い、静岡オーシャンズに呼ばれたのだ。

 コーチとしても熱血との評判である。

 

 TK組6人が集められ、谷津コーチの第一声は、「よし、ウォーミングだ。グランド百周」だった。

 僕は耳を疑った。今何て言った?

 僕は咄嗟に隣にいた谷口の方を見た。谷口もキョトンとしていた。

「聞こえないのか。ウォーミングアップだ。グランド百周。」

 やっぱり聞き間違えじゃないのか。少し手狭なグランドではあったが、一周、二百メートル近くある。つまり百周では約二十キロということだ。

 とてもウォーミングアップの距離じゃないと思うんですけど…。

「ちなみにビリから二人は更に五十周プラスだからな。早く行け。」

 僕らは走り出した。そんなに走るのは、高校入学当初以来だ。

 あの時も新入部員は来る日も来る日も走らされ、すぐに何人もの同級生が脱落していった。

 僕ら6人はゆっくりと走り出した。

 まずは体力を温存し、ラスト十周くらいで、ビリから2位に入らないように争えば良い。

 6人全員がそのように考えたようだった。

 ところが一周したところ、ストップウォッチを見ていた谷津コーチが、恐ろしい事を言った。

「遅い。お前ら全員、十周プラスだ。」

 えっ?

「誰がチンタラ走れって言った。一周一分以内で走らないとカウントしないからな。」

 約200mを一分以内ということは、1㎞5分以内、つまり百周は約20㎞なので、1時間40分で走れということだ。

 かなりのハイペースだ。

 僕らは否が応でもスピードを上げざるを得なかった。

 結局、僕は百十周を1時間44分で走り切った。6人の中では2位だった。これはハーフマラソン大会か。

 ビリは谷口だった。

 谷口はスラッガーということで、筋肉質なので見た目より体重が重い。

 だからダントツの最下位で、ビリから二番目の大卒二年目の捕手、前原選手と一緒に追加で五十周走らされていた。

 その間、僕らは休憩…なんてほとんど無く、近くの坂道をダッシュをさせられた。

 追加の五十周よりも坂道ダッシュの方がきついように思えたのは気のせいか。

 これが午前中の練習メニューであった。

 そして昼食を挟んで、午後からはキャッチボールとノック。

 少し休憩してまたノック。

 ひたすらノックと送球練習。

 エラーしたり、暴投したらライトとレフト間を5往復。

 これは駅伝大会に出るための特訓だろうか。

 そう言えば、シーズンオフのテレビ番組で十二球団対抗の駅伝というのがあったような。

 

 秋の日はつるべ落としと言い、日が沈むのが速い。

 日没後は室内練習場で素振り、トスバッティング。

 風呂に入り、夕食後はウェートトレーニング。

 そして部屋にかえったら、すぐに泥のように眠り、また同じメニューの特訓。。

 そしてそれが四日間続いた後、一日休養日を挟んで、また四日間特訓。

 不思議なもので体は段々と慣れてくる。

 休養日を挟んで、その後は更にきついメニューに変わったが、何とか一人の脱落者も出さずに、乗り切ることができた。

 地獄の谷津キャンプ。

 後に僕ら6人はこの時の事をそう呼んだ。

 だがそれだけ練習した事は、言葉では言い表せない自信となったのもまた確かであった。


 ちなみにTK組は、「特別強化組」と言う意味だというのは、後から知った。


 秋はプロ野球選手に取って、別れの季節でもある。

 つまり戦力外通告の時期だ。

 今回は僕と同期入団の選手は、一年目とあって誰も戦力外にならなかったが、戦力外となった選手の中には、高卒三年目と大卒二年目の選手が一人ずついた。

 二人ともドラフト下位の選手であり、一軍に一度も上がれずに見切りを付けられた。

 改めて厳しい世界だということを思い知った。

 ドラフト下位という点では、僕も同じ立場であり、とても他人事とは思えない。

 来期は二軍のレギュラーを掴むくらいにならないと、その先は無い。


 そしてドラフト会議を経て、また新しい選手が入ってくる。

 今回は8人指名された。

 しかも今回のドラフト1位の新井選手は、大学卒の内野手で、即戦力の期待をされている。

 打撃、守備、肩、足のどれを取ってもハイレベルという評判であり、僕に取って強力なライバル出現である。

 そしてドラフト4位で高卒の内野手、足立選手も獲得した。

 次から次へと現れるライバル達に勝ち抜かないと、二軍の試合にすら出られない。

 更に追い打ちをかけるようなニュースが入った。

 新外国人選手として、大リーグで一時期レギュラーだった、トーマス・ローリー内野手を獲得したのだ。

 昨シーズンは調子を落としたが、その前は大リーグで137試合に出場し、.277でホームランを16本打っていた。

 守備も内野ならどこでも守れるとのことで、本職はセカンドとのことである。

 一段と僕の立場は厳しくなることは火を見るより明らかであった…。

 

 


 

 

 

 

 

 

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