桜の女の子

@ramia294

第1話

 ここに、根をおろしたのは、いつの頃でしたでしょうか?

 おかげさまで、わたくしは、長く生きてこれました。大きく伸ばした枝たちは、自身の重みで折れない様に、人々がつっかえ棒で支えてくれました。

 この先も何年も生きて、たくさんの季節を経験していきます。


 春。

 私たち桜が、唯一皆さまに、喜んでいただける季節。

 薄っすらと赤味を帯びる白い花。

 私たちが、まだ少女の頃。

 この小さな川の土手の上に尽きぬほどの数。

 私たち姉妹をたくさん植えていただいた人たち。

 私たち姉妹にとっての両親。


「たくさんの花をつけておくれ」


 私たちは、両親の夢を、ちゃんと咲かせているでしょうか?

 この小さな川の水面の影を、私たち姉妹の花が、薄桃色に染める春。

 私たち姉妹が出来る精一杯の春。

 お父さん、ほめて下さい。

 お母さん、見ていただいていますか。

 今では、お二人とも空の上。

 花びらだけでもお二人に届けば良いのに。


 小さな女の子が、母親に連れられて、私たちの元へ。

 生まれて初めてのお花見です。

 白いハイネックのセーターと毛糸の帽子の間からのぞく赤いほっぺ。

 浅い春が、ぬくもりを混ぜ始めた風を赤いほっぺに届けます。

 私たちを見上げるクリクリのお目々。


 気に入ってくれたようです。

 

「とっても、きれい」


 女の子の時間が、小さな川の渦巻く水のように、流れていく事を忘れています。

 いつまでも私たちを見つめ続ける女の子。


「風邪をひくわよ」


 お母さんに促され、ようやく流れ出した、彼女の時間。

 おうちに戻って行きました。

 次の日も、その次の日も、女の子は、私たちを見に来ます。

 うっとりした女の子の視線が、私たちの蕾の勇気に変わります。


 それから、幾つかの夜が来て朝が過ぎ、花の季節も終わりが近づきました。


 ハラハラと、舞う花びら。

 人々に、喜んでいただける、この春最後の晴れ舞台。

 小さな川を花びらで埋め尽くし、見上げる空も、足元も、全てを薄桃色に染める瞬間。


 あの女の子が、泣いています。

 花が、消えていくと泣いています。


 お母さんは、来年また咲くよと女の子を慰めています。

 いたずらな春風も思わず笑顔。

 女の子が、可愛いと笑顔です。

 花びらを背中に乗せて、女の子の元へ届けました。

 花びらの小さなつむじ風。

 お母さんと女の子を包みました。


「また来年」

「ここで会いましょう」


 翌春。

 女の子は、再び訪れました。

 去年と同じ。

 私たちに見とれています。

 

 私たちだって、慣れたものです。彼女の立ち止まる場所の姉妹たちは、一生懸命。   

 五分咲きから八分咲きへ。

 春風は、女の子を優しい温もりで包みます。

 お母さんは、私たちよりも女の子を見て、笑っています。


「来年は、ひとつお姉さんになるわ。ひとりでもお花見に来れる様にならないとね」


 お母さんは、ほっそりした手で、女の子の頭を撫でました。


 さらに、翌春。

 女の子は、現れませんでした。

 私たちは、女の子の様子を春風に教えていただきました。


 お母さんが、病気でした。

 重い病です。

 次の世界へ、旅立つ時が近づいています。

 女の子の目には、涙がいっぱい。


 春風に、花びらを託しました。

 私の命を託しました。

 お父さん、お母さん。ごめんなさい。

 あの女の子の涙を見ていられません。

 私は、長く生きました。

 植えていただいてから、長い時間が。

 たくさん花を咲かせてきました。

 たくさんの人に、喜んでいただきました。

 私たちを見て、あんなに喜んでくれた女の子。

 あの娘の笑顔を取り戻します…。


 翌日、病院では、奇跡がひとつ。

 女の子のお母さんの病気が、突然消えました。

 お母さんには、笑顔が戻りました。

 女の子は、相変わらずの涙です。

 今度の涙は、喜びの涙。


 お花見には間に合いませんでしたが、散歩が出来るほどまで回復したお母さん。

 女の子と一緒に、川辺を散歩します。

 大きな桜が倒れていました。

 女の子の大好きだった桜の樹。

 とてもたくさんの花をつけていた樹。

 支えられていた枝が、朽ちて折れています。


 ご近所の方でしょうか?

 おじさんがそばを通りました。


「この川辺では、いちばんの桜だったのに、残念だよ。突然折れてしまったよ。長い間楽しませてくれたのに。なんと八十八歳だったそうだ。艶やかだったが、けっこう婆さんだったようだ。残念だが、仕方ない」


 おじさんは、去っていきました。

 ポッキリ折れた桜の太い切り株。

 折れた樹は、明日にも重機で取り除くとの事。


 女の子は、折れた桜を撫でました。

 長い間ありがとうとお礼を言いました。

 女の子は、見つけました。

 太い切り株から、新しい芽。


 新芽は、きっと女の子。

 スクスク育っていくのでしょう。


         終わり




 


 

 

 



 


 

 

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