第2話
……通常、大学の春休みは二月三月の二ヶ月と期間が長い。暦の上では立春が二月四日だから間違いではないのだろう。だが、天候の上では全くもって春ではない。真冬も真冬。特に、進学してからわかったのだが、札幌の降雪量の多さときたら。釧路と比較できない。犯罪レベルだ。
話が逸れた。立春からエイプリルフール付近までの地味に長いはずの春休みだが、管理栄養士課程では二ヶ月丸々休み、というわけにはいかない。二年生の後期にもなれば実際に管理栄養士を抱える施設での実習がはじまるのだ。長い休みを利用して。まぁ、それも二月中に終わってくれたし、あと一ヶ月はサークルとバイトに悠々と過ごせる……と思っていた矢先だった。
まぁ一応本人に確認はとってはみるけど、断るような気がしている。
「なんか意外。宮崎くんてスケオタだったんだねぇ。案外、美咲のことも知ってたりしてねぇ。雑誌なんかじゃ「スケート姉弟」って書かれたこともあるし」
「あー、ありそう」
ゆるっと答えてくれたのは、高校時代からの友人の佳菜だ。
札幌市内のチェーンの居酒屋。安さだけが取り柄のような店だが、財布の厳しい大学生にとっては非常に有難い。求めているのは、安さと食べ出と長居をしても許されるような環境だ。実習が終わったので、友達数人と打ち上げと称して飲みに行った居酒屋で、先ほどの出来事を話してみた。すまん宮崎くんと心の中で謝りながら、全く同じ感想を抱いてくれた佳菜の言葉が少しありがたかった。あの分だと、弟のインタビュー記事とかもチェックしていそうだ。ーースケートを始めたきっかけは何ですか? という問いに、大体彼はこう答えている。
姉がやっていたから、と。
「え、美咲ってスケーターだったの?」
「聞いてなかったー」
亜美と優香が食いついてくる。大学で出来た友達だ。少しちゃらついた優香と、落ち着いた雰囲気の亜美。……ん?
「言ってなかったっけ?」
『言ってないし、聞いてない!』
クラス紹介かなんかで言わなかったっけ…? と思っていたら二人から大合唱された。でもまぁ、知り合ってから改めて言うようなことでもなかったし。
「だった、だから過去形。それに私はフィギュアじゃなくてスピードの方。ロングトラックが専門だったの」
一応そこそこ有名だったのだ、と佳菜がいらん説明を加えてくれる。……流石にスポーツ雑誌で、美少女高校生スピードスケーター、なんて書かれたことは言わないでいてくれた。あれは私の人生でも黒く塗りつぶしたい記事だ。
「でも、なんかわかるかも。美咲っていつもシャキシャキしているし」
「シャキシャキって」
「確かに。妙に身体が筋肉質だし、それでいて細いし、運動神経めちゃくちゃいいし。わ私はスポーツからきしだから、ちょっと羨ましい」
優香のいうシャキシャキは全く意味がわからないが、運動神経には自信がある。一応はインターハイに出た身だ。いまでも最低限の筋力を維持するために、バスケットボールのサークルに入っている。集団競技は初めてだったけど、意外に楽しい。チームプレー独特の、脳みそを使う感覚がたまらない。
「でもさー、今回の実習しんどかったわー。今でこれなんだから、三年になったらどんだけきつくなるの」
「あー、わかるわかる。授業も早いし、一個でも必修の単位おとすと留年だしね。どうだった? ちなみに私は! 管理栄養士課程のものは全てC判定です!」
佳菜の男らしすぎる発表に、全員で拍手する。
「何とか全部落とさなかったけど、全体的にあんまり良くない……。亜美は?」
「実験関係がいまいち良くなかったかな。でも、食品衛生学とかはAもらえた!」
「えー、超いいじゃん! 美咲は?」
「まぁ、そこそこ」
割りかし悪くはなかった。A判定とB判定が半々ぐらい。でも、羨ましがられるほどいいわけじゃない。
「なーんか美咲って、そつなくこなしていて羨ましー」
「そつなくって、そんな」
単位を落としたくないから勉強しただけだ。むしろそつがないのは、最低限の努力だけでC判定だろうが単位をきっちりとる佳菜だと思う。座学の授業はよく隣で寝てるし。
「だってさー、美咲ってまず、美人でしょ? 頭も悪くなくて、運動神経が良くて。モテ要素ありまくるじゃん」
「女子力がないのよ、興味もあんまりないし」
優香の言葉を否定せず、モテない理由をあっさりと言い放った。服は大体ユニクロか無印。スカートは滅多に履かない。髪はショートカット。色はベージュとか黒の季節感のないものが多い。化粧はファンデーションとリップ程度だ。化粧が得意な亜美からは「勿体ない! 今だって充分美人だけど、化粧をしたら振り向かない男なんていないよ!」と言われるが、彼氏を作りたくて大学にいっているのではないのだ。
「大体、優香だって充分綺麗じゃない。こないだ北大の合コン行ったんでしょ? どうだったの」
優香は私のことをこう言うが、彼女だって充分美人だ。私がシャープな輪郭なら、優香は卵型で、モチモチの綺麗な肌を持っている。普通にモテそうなものなのに。
「悪くないけど、つきあいたいって思う人はいなかったんだよねー。なーんか、微妙に彼女が出来ないのがわかる感じの男が集まった、って感じ?」
彼女は彼女で、なかなかの強者だ。そして、理想が高い。見た目は少女漫画の王子様のような男が好みだ。まぁ、要するに……。
「ねーおねがい美咲! 哲也くん紹介し」
「却下」
「何よー、美咲のケチ、ブラコン! だったら美咲が今すぐ性転換して私の彼氏になってよ! その辺の軟弱な男よりよっぽどいいわ!」
ぶーぶーと嘘っぽく優香が文句をつけてくる。うん、こう言う感じは嫌いじゃない。悪意がないし。だってその直後、あーイケてる彼氏ほしーと能天気に言ったし。
レモンサワーを片手に、唐揚げをつつきながら馬鹿話や授業の話、女子らしい恋愛トーク。大学に入るまであまり縁のなかった世界だ。体重を気にして食べないようにしていた揚げ物。高校生の時は滑るために自主的に節制していた。スケート漬けだった高校二年までを思うと、今この場にいるのが、なんだか変な感じがする時がある。後悔はしていないけど。
閉店の十一時までダラダラ飲みまくり、店を出ると粉雪がちらついていた。亜美も優香も札幌在住でさらに方面が同じなので、すっかり出来上がった優香を亜美に任せて解散となった。私と佳菜は大学付近のアパートを借りているため、大学まで歩いてもどることにする。明日はサークルもバイトもない。完全にフリーだ。少し遅くまで寝ているのもいいかもしれない。……そう思っていても、長年の習慣で6時には起きてしまいそうだけど。
「でもさ、美咲。実際哲也くんって、実際どうなわけ?」
「どうって」
話の筋が見えなかったので、聞き返してみる。粉雪と夜の空気が、居酒屋の熱気と酒で温められた体温を奪っていく。
「優香は茶化している感じだったけど、あれが本気だったらどうなんだろうなーと思って。哲也くん、あの顔であの性格でフィギュアスケーターだもん。結構モテるでしょ?」
佳菜は同郷で高校の頃からの友達なので、一、二度哲也に会ったことがある。当たり障りのない挨拶程度だったけど、互いの印象は悪くなかったように思う。
しかし身内として、本人の人となりを知っている私としては……。
「まぁ、無理なんじゃない? 礼儀はいいけど結構変わっているし、スケートのことしか頭にないし。それに…」
これが一番の理由かもしれない。
「先約がいるし」
「え?」
そう、弟にはもう先約がいるのだ。本人は気がついていないだろうけど、間違いない。
だからきっと、彼女以外とは付き合えない。
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