第39話「仲直りのための勉強会」

「それで、いったいどうしたんだ?」


 秋人の相談内容について想像がついている冬貴は、早速切り出した。

 すると、秋人は照れたように頬を掻いて口を開く。


「あのさ……女子からキスされたら、それって好意を持たれてるってことだよな……?」

「んん!?」


 想像の斜め上の言葉が秋人から出てきて、冬貴は驚いて秋人の顔をガン見してしまう。


「あっ! 一応言っておくけど……口ではなくて、頬なんだが……」

「いや、場所とか関係ないだろ!?」


 補足をした秋人に対して、冬貴は思わずツッコんでしまう。


「だ、だよなぁ……海外じゃないもんな……」


 海外では挨拶代わりに頬にキスをしたりするが、日本でそのようなことをする人はそうそういない。

 だから、唇でなくとも、好意があるからこそ行われたものだろう。


「まさか、そんなことがあったとは……。そりゃあ、中々言い出せないわけだ……」

「だろ……? 正直、未だにあれは夢だったんじゃないかって思うからな……。直前まで寝ていたわけだし……」


 現実で付き合ってもいない女子から頬にキスをされることなど、滅多にありえないだろう。

 寧ろ、夢だったと言われたほうが納得できることだ。

 しかし――夏実の反応を見る限り、現実で起きたことだと冬貴にはわかってしまう。


「それで、その後は何も話していない感じなのか?」

「あぁ。それどころか、キスをされた時は咄嗟に寝たフリをしたんだ」


「なるほどね……まぁ、向こうが寝ていると思ってやってることなら、起きてたとは言えないよな」

「だろ……?」


「でも、夏実は秋人が起きていたんじゃないかって考えていると思うぞ?」

「な、なんでだよ……?」


「秋人があからさまに避けるからだろ? それで理由を探したら、思い当たることなんて限られるじゃないか」

「そっか……俺のほうから夏実を避けてたから、変化とか気付かなかった……」


 恥ずかしさと、どんな顔をして話したらいいのかがわからず、現在夏実を避けてしまっている。

 しかし、自分のせいで夏実が苦しんでいるのではないかと思い、胸がとても痛んだ。


「それで、秋人は嬉しかったのか?」

「えっ?」


「いや、『えっ?』じゃなくてさ……初めて女子からされたんだろ? しかも、普段から凄く仲良くしている女子からだ。秋人はどういうふうに感じたんだよ?」

「それは……」


 冬貴からの質問に、秋人は言葉を詰まらせてしまう。

 そして、視線を冬貴から外し――顔を赤くしながら、口元を手で隠して口を開いた。


「嬉しかったに、決まってるだろ……」

「…………」


 もしかしたら――。

 そのくらいの、小さな可能性に期待をして質問した冬貴だったが、秋人の答えは想像を超えていた。

 どうやら、秋人は既に夏実のことを意識してしまっているようだ。


「じゃあ、逃げずにちゃんと向き合わないといけないな」

「わかってるよ……」


 そう、わかってはいる。

 しかし、夏実を前にするとどうしても恥ずかしさが勝ってしまって、素直になれないのだ。


「次の勉強会がチャンスだろ? そこで答えをちゃんと出してやれよ」

「いや、告白をされたわけじゃないし……そもそも、夏実がこない可能性だって十分にあるだろ?」

「こないわけがないだろ……」


 秋人の言葉を聞いた冬貴は、呆れた表情を浮かべてしまう。

 まるで、『何言ってんだ、こいつ……』とでも言わんばかりの表情だ。


「絶対に来るのか……?」

「来る。だから、秋人はそれに向けて準備しておけよ。もちろん、心の準備を含めてだ」


 確信を抱いている冬貴を前にした秋人は、足を止めて目を閉じる。

 そして、深呼吸をした。


「そうだよな……このままだと嫌だし、ちゃんと向き合わないといけないよな」


 こうして、秋人は勉強会で夏実と向き合うことを決意した。


 それから数日後の土曜日――。


「お、お邪魔します……」


 お洒落をした夏実は、緊張した面もちで秋人の家を訪れていた。


「あ、あぁ、母さんは喫茶店行ってるから遠慮なく上がってくれ」


 秋人も夏実と同じように緊張した様子で夏実を中に入れる。


「は、春奈ちゃんたちは……?」

「ちょっと前に来たから、もう上がってもらっているよ」


 現在時刻は十八時手前だ。

 朝から塾があった冬貴と春奈はそのまま秋人の家に向かったため、夏実と別行動になっていた。

 二人は無言で階段を上がっていき、秋人の部屋と辿り着く。

 中では教科書を広げていた春奈と冬貴が待ち構えていた。


「それじゃあ、数学と現国どっちをやる?」


 冬貴は理系が特に得意で、逆に春奈は文系が得意だ。

 だから、選ぶほうによって先に教えてくれる人間が変わる。


「も、もうやるの……? 着いたばかりだし、少し休憩を――」

「そんなこと言ってたら、全然やらないだろ?」

「うぐっ……」


 勉強から目を背けようとした夏実の逃げ道を、冬貴はあっさりと封じてします。

 夏実は仕方なく春奈の隣に腰かけた。


「冬貴鬼畜そうだから、天使のように優しい春奈ちゃんに全て教えてもらいたい」

「ほぉ? 普段の鬱憤を返す意味でも、一から十まで全て俺が教えてやってもいいぞ?」

「くっ、この男は……! こういう時だけ活き活きとしちゃって……!」


 額に怒りマークを作りながら笑みを浮かべる冬貴に対し、夏実は嫌そうな表情を浮かべた。

 そんな夏実の隣で春奈は、『あはは……』と乾いた笑みを浮かべる。

 しかし、冬貴たちに何かを言うのではなく、秋人に視線を向けた。


「数学は頭を使っちゃってしんどいから、後にする? 疲れた後だと、現代国語が頭に入ってこないかも……」


 どうやら、数学で疲労を抱えた後に現代国語を勉強するのは、効率が悪いと考えたようだ。


「でも、現代国語を勉強した後に数学をするのも、きつくないかな? 漢字や文法を覚えた後に、二人が集中して数学をやれるとは思えないんだけど……」


 春奈の言葉に冬貴は反応し、そう意見をぶつけてきた。

 それにより、春奈は秋人と夏実の顔を見て――。


「うぅん……どっちを先にやっても、変わらなさそうだね……?」


 困ったように笑った。


「春奈ちゃんが夏実に教える時は、いつもどうしてるの?」


 春奈、夏実コンビが普段どのようにテスト勉強をしていたか知らない秋人は、そう尋ねてみる。

 すると、春奈は困ったように笑った。


「夏実ちゃんの集中力を見ながら、反応がいい教科をその時その時でやってたかなぁ。嫌そうな教科は後回しにしないと、集中力続かないみたいだし……」

「夏実、どんだけ春奈ちゃんに負担かけてたんだ……?」


 柔らかくオブラートに包んで説明した春奈の言葉を聞き、秋人は物言いたげな目を夏実に向けた。


「だ、だって、勉強苦手なんだから仕方ないでしょ……!」


 恥ずかしかったのか、夏実は顔を赤くして言い訳をした。

 しかし――。


「いや、そんなこと言う秋人も集中力は全然続かないだろ……?」


 普段テスト勉強時は手を焼かされている冬貴が、そう苦言を言ってきた。

 秋人はギクッと体を震わせ、試しに夏実を見てみる。

 すると、夏実は物言いたげな目を秋人に向けてきた。


「秋人だって同じなんじゃん……!」

「だ、だけど、普段俺のほうが夏実より成績いいからな?」

「総合点ほとんど変わらないでしょ……!」


 夏実と秋人の成績はどんぐりの背比べのようにほとんど変わらない。

 ただ、いつもほんの少しだけ、秋人が勝っているのだ。

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