第38話「春奈の策」
「あ、秋人……」
「な、何?」
「えっと、今日アルバイト……」
「ごめん、俺今日用事あってさ、休みもらってるんだ。夏実のことは他の子がフォローしてくれることになってるからさ、安心してバイト行きなよ」
放課後になって夏実から声をかけられた秋人は、困ったように笑みを作り、そう答えた。
しかし、その視線は夏実とは全然違う方向を向いている。
「そ、そっか……」
夏実は悲しそうに目を伏せ、鞄を持つ手は震えていた。
「い、嫌だったよね、ごめん……」
「えっ?」
「あっ、うぅん! なんでもない! じゃあ、バイト行ってくるね!」
秋人が振り返ると、夏実は慌てて首を左右に振り、逃げるように教室を出て行った。
その光景を見ていたクラスメイトの女子たちは、責めるように秋人に視線を向ける。
そんな針の筵のような状況になっている秋人に、一人の男子が近付いた。
「夏実と、何かあったのか?」
そう声をかけたのは、いつも秋人と一緒にいる冬貴だ。
「別に、なんでもない」
秋人は突き放すかのように、素っ気ない態度を返す。
「聞いてくるなってことか。そんなあからさまな態度を取られると、気になるんだけど?」
「だから、別になんでもないって」
「じゃあ、なんで夏実を避けるんだ? 喧嘩でもしたのか?」
「しつこいなぁ……。喧嘩なんかするかよ……」
喰い下がってくる冬貴に対して、秋人は嫌そうな表情を浮かべる。
それにより、残っていたクラスメイトたちは息を呑んだ。
秋人たちは今まで、冗談半分でよく喧嘩をすることはあっても、本気で喧嘩をしたことはほとんどない。
クラスメイトたちからすれば、見たことがないだろう。
そんな二人の間に、明らかに不穏な空気が流れているのだから、皆固唾を飲んで見守っていた。
そんな中――。
「喧嘩は、だめだよ……?」
クラスで一番を競うくらいにおとなしい春奈が、仲裁に入った。
「い、いや、あの、春奈ちゃん? 俺たちは喧嘩してないよ……?」
春奈に嫌われたくない冬貴は、取り繕うように笑みを浮かべて否定をする。
しかし、春奈は首を左右に振った。
「問い詰めるの、よくない。特に、高圧的なのはだめ」
「うっ……ご、ごめん……」
春奈に指摘をされ、自覚している冬貴は頭を下げた。
すると、今度は秋人に春奈は視線を向ける。
「そういえば、もうすぐ期末テストがあるよね?」
「えっ? う、うん、そうだね」
「秋人君、お勉強ちゃんとやってる?」
「うっ……」
テストのことを持ち出され、毎回赤点ギリギリの秋人は言葉を詰まらせる。
「赤点取って補習になると、夏休み減っちゃうよ?」
「そ、それは、わかってるけど……」
秋人は困ったように視線を冬貴へと向ける。
すると、春奈も何かを言いたげな目で冬貴を見てきた。
それにより、どうして急に春奈がテストの話を始めたのか、冬貴は理解した。
「いつも通り勉強を教えたらいいんだろ?」
「悪いな……」
先程まで険悪な雰囲気だっただけに、秋人はバツが悪そうにする。
そんな秋人を見て、冬貴は仕方なさそうに息を吐いた。
「いいさ、いつものことだ。それよりも、一つ提案があるんだけど」
「なんだ?」
「どうせ春奈ちゃんも夏実に教えることになるんだから、今回合同でやらないか?」
「はぁ!?」
冬貴からの思わぬ提案に、秋人は素っ頓狂な声を出してしまう。
しかし、春奈は笑顔で頷いた。
「うん、私はそのほうがいいと思う」
「は、春奈ちゃんまでなんで……?」
「考えてみろよ、秋人。俺と春奈ちゃんは、お前と夏実に勉強を教えていることで、その分勉強時間が減ってるんだぞ?」
「あっ……」
「だから、お前たち二人に同時に俺か春奈ちゃんのどちらかが教えることで、空いたもう一人は勉強の時間を作ろうって話だ。一年生の時と違って、もう受験のこともしっかりと考えないといけない時期だからな」
そういう建前を作ることで、冬貴と春奈は秋人の逃げ道を無くした。
他人に迷惑をかけることを気にする秋人は、ただでさえテスト勉強を教えてもらうことに負い目を感じていたのに、こんな言い方をされてしまえば拒否権などない。
「わかったよ……」
なるべく夏実と顔を合わせたくなかった秋人だが、仕方なく頷いた。
そして、冬貴に肩を組む。
「乗せられてやるから、ちょっと帰り道相談に乗ってくれ」
このまま勉強会を迎えても、夏実と気まずい雰囲気になるだけ。
それをわかっているからこそ、秋人は冬貴に相談することにしたようだ。
「わかった。春奈ちゃん、俺たち今回別で帰るね」
いつもは一緒に帰る春夏秋冬グループなのだけど、既に夏実がいないため、ここで別々になるのは問題なかった。
「うん、そうだね。私、テスト勉強に関して夏実ちゃんに電話しとくよ」
「お願いするね。それじゃあ、秋人帰ろうぜ」
冬貴は秋人の背中を押し、教室を出ようとする。
秋人が春奈に手を振ると、春奈は照れくさそうにはにかんだ笑顔で手を振り返してきた。
それにより、冬貴は納得いかないよぅな不服そうな表情を浮かべてしまう。
「どうした?」
「別に……」
声をかけたらソッポを向かれてしまったので、秋人は不思議そうにするのだった。
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