第37話「ずれた歯車」

「―おかしい……」


 次の日の昼休み――冬貴と春奈を前にして夏実は、不服そうな表情を浮かべていた。


「どうしたの?」


 春奈は首を傾げながら夏実に声をかける。


「秋人の様子がおかしい。なんか、ずっと避けられてる気がするの」

「それは、まぁ……」


 夏実の言葉を受け、冬貴は困ったように視線を逸らす。

 昨日の午後から今日の午前までの秋人と夏実を見ていて、冬貴も同じ印象を抱いたようだ。

 今だって、秋人は珍しくも食堂に行っている。


「何か思い当たることはないの?」

「わかんない……。あっ! もしかしたら、昨日のお弁当が……!」

「お弁当?」

「えっと……」


 夏実は気まずそうに春奈を見る。

 そして、人差し指を合わせて言いづらそうにしながら、俯いてしまった。


「その……お弁当、おいしくないの食べさせちゃって……」

「「…………」」

「も、もちろん、無理矢理食べさせたわけじゃないよ!? ただ……無理して食べてくれてたから、それがやっぱり嫌で怒ってるのかも……」


 言葉を失った冬貴たちを見て弁解をした夏実だが、おいしくない弁当を食べさせた事実は変わらないので、それが原因ではないかと考えてしまう。

 だけど、冬貴は呆れたように溜息を吐いた。


「無理矢理食べさせたならまずいと思ったけど、秋人が自分で食べたなら、それは関係ないだろ? あいつは、自分で決めたことに対してぐちぐち言ったりはしないぞ? なぁ、春奈ちゃん?」

「う、うん。夏実ちゃんの考えすぎだと思う……」


 冬貴に話を振られ、春奈もコクコクと頷いた。

 春奈からしても、秋人がそんなことを考えるようには思えないようだ。


「じゃあ、なんでだろ……?」

「他に思い当たる節はないのか?」

「他に? でも、後は秋人寝てたから――あっ」


 秋人が寝ていたことを思い返していた夏実だが、ふと引っ掛かりを覚える。

 最後に秋人を起こした時、秋人はやけにあっさりと起きた上に、夏実に膝枕をされていたことに関していっさい触れなかった。

 授業に遅れそうだったからあまり気にしなかったが、普段の秋人なら絶対に慌てていたと思われる。

 そのため、夏実の中に一つの疑念が生まれた。


「まさか、あの時起きてたんじゃ……」

「あの時?」

「あっ! い、いや、なんでもないよ……!」


 春奈が首を傾げると、夏実は慌てて両手を顔の前で振った。

 その顔は赤く染まっており、冬貴と春奈は絶対に何か夏実がやったんだと思った。


「今更隠すことなのか?」


 散々目の前でアタックしているところを見てきた冬貴は、呆れたように尋ねる。

 みんなの前で食べさせようとしたりしていたのだから、隠すようなものでもないと思っているのだろう。

 しかし、夏実は顔を赤くしたまま目を逸らしてしまった。

 それにより、二人は夏実がいったい何をしたのか気になってしまう。


「いったい、何をしたんだ?」

「ななな、なんでもない……!」


 夏実はブンブンと首を左右に振り、なんでもないとアピールする。

 だけど、誰がどう見ても何かありそうだった。


「じゃあ、秋人に聞こうかな?」

「そんなの駄目に決まってるでしょ……! 何、冬貴は私をいじめて楽しいの!?」

「そこまで切羽詰まるって、本当に何したんだよ……」


 明らかに夏実の様子がおかしいので、冬貴はジト目を向ける。

 春奈は夏実の擁護をするかどうか考えるが、とりあえず何をしたのか気になっているので、黙ってことの成り行きを見届けることにした。


「ほ、本当に何もしてないから……!」

「じゃあ、なんでそんなに慌ててるんだ?」

「冬貴が変な詮索をしてくるから……!」


「ふ~ん?」

「な、何よ、その目は……!」


 冬貴が訝しむように目を細めると、夏実は数歩後ずさった。

 だけど、何かを思いついたかのように、ニヤッと笑みを浮かべる。


「冬貴、あまり調子に乗るんじゃないわよ?」

「な、なんだよ?」

「こっちには、それ相応の切り札があることを忘れないように」


 そう言う夏実は、視線を春奈へと移す。

 それにより、春奈はキョトンとした表情で首を傾げるが、冬貴は慌て始めた。


「お、お前、それはせこいっていうか、そっちがその気ならこっちも切り札を切るぞ!?」


 夏実の言う切り札が何かわかった冬貴は、同じように自分も切り札があると主張する。

 しかし、今の夏実には効かなかった。


「ふふ、もうこっちは手遅れかもしれないのよ……!」

「お前、本当にいったい何を……!?」

「うるさい、もう放っておいてよ……!」


 夏実はそれだけ言うと、涙目で教室を出て行った。


「いったい、何があったんだろうね……?」


 夏実が出ていったドアを見つめながら、春奈は首を傾げる。

 二人と幼馴染みである冬貴も想像がつかず、結局冬貴たちは結論を出せないのだった。

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