第30話「膨れる頬と緩む頬」

「今日はありがとうね、秋人」


 まかないを秋人が持ってくると、先に休憩室で休んでいた夏実が笑顔でお礼を言ってきた。

 やりきった感があり――そして、安心感を覚えているかのような笑顔に、秋人は思わず息を呑んでしまう。

 そして、テーブルの上にまかないを置きながら、ソッポを向いた。


「やりきった感を出しているのはいいけど、まだあるんだからな?」


 照れ隠しのように、素っ気ない態度を返す秋人。

 それにより、夏実は不服そうに頬を膨らませた。


「わかってるよ、もう……! バイト中は優しいくせに、こういう時は素っ気ないんだから……!」


 夏実はプリプリと怒り、秋人が持ってきたまかないの一つをもらう。

 そして食べ始め――ふと、いいことが思い浮かんだ、とでも言わんばかりの表情を浮かべた。


 そんな夏実の表情に気が付かず、秋人は夏実の前へと腰を下ろす。


「ねね、秋人」

「ん? どうした?」

「あ~ん、してあげる」


 不思議そうにする秋人の口元へ、夏実はフォークで巻き取ったスぺゲッティを持っていった。

 赤く染めた顔は、ニヤッと笑みを浮かべている。


「だ、だから、そういうことはするなって……!」


 久しぶりに夏実が迫ってきたので、秋人も顔を真っ赤にして怒ってしまう。

 相変わらず攻められるのには弱いようだ。


「誰も見てないから、いいじゃん」

「そういう問題じゃないだろ……!」

「ほらほら、いいからいいから」

「よくない……!」


 グイグイとくる夏実の手を、秋人は体をのけぞりながら躱していく。

 食べてくれないので、段々と夏実の機嫌は悪くなっていった。


「今日助けてくれたお礼だって……!」

「誰もこんなお礼は望んでないよ……!」

「いいから、食べてってば……!」

「嫌だ……!」


 グイグイとくる夏実に、顔を逸らす秋人。

 傍目から見ると、カップルがいちゃついているようにしか見えない状況だが、本人たちはとてもまじめだった。


「――むぅ……」


 結局秋人に食べさせることができなかった夏実は、頬を膨らませながらスぺゲッティを食べている。

 不満げな目を向けてくる夏実に戸惑いながらも、秋人も自分のスぺゲッティを食べていた。


 そんな中で、さすがに気まずい雰囲気に耐えられなかった秋人が、夏実へと声をかける。


「そ、そういえば、もう夏実は大丈夫そうだな」

「何が?」

「接客だよ。最後ら辺は全然うまく出来てただろ? 初めてにしては、よかったよ」

「まぁ、うん……」


 褒められたことで、夏実は照れたように俯いてしまう。

 その表情は、『えへへ』と笑っているかのように緩んでいた。

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