第27話「過保護」
「――お、お待たせしました……!」
開店時間になり、初めてお客様の前に出ている夏実は、とても緊張した様子だった。
膝はガクガクと震えており、歩く際は同じ側の手と足を一緒に出す始末。
そんな夏実を、秋人は心配して見つめている。
すると――。
「秋人、どうしよう……! また、注文間違えちゃった……!」
本日何度目になるのか。
緊張のしすぎでお客様の注文を誤ってしまった夏実が、涙目で近寄ってきた。
秋人はそんな夏実に笑顔を向ける。
「お客様の前なんだから、そんなに取り乱さないで」
「でも……!」
「とりあえず、さっき教えたようにしてみなよ」
秋人は優しく夏実の背中を押し、お客様の元に戻るように言う。
すると、夏実は不安そうに秋人を見上げたが、もう何度か同じことで秋人に頭を下げさせてしまっているので、諦めてお客様の元へと戻った。
「いいの? 一人で行かせて」
夏実が離れたタイミングで、アルバイトの女子大生が秋人に声をかけてきた。
見る限り、茶化しに来たのではなく、夏実のことを心配しているようだ。
「大丈夫ですよ、あぁ見えてしっかりしてる子なんで」
「そう……? なんか、ドジっ子にしか見えないんだけど……」
「緊張してるだけですよ。後は場数を踏ませるしかないでしょう」
「……その間、どれだけマイナスを出すか」
「あはは……俺の給料から引いてもらっておくんで、大丈夫ですよ」
夏実がお客様にペコペコと頭を下げる様子を見ながら、秋人は困ったように笑う。
その様子を見ていた女子大生は、不思議そうに口を開いた。
「過保護だね?」
「普通じゃないですか?」
「だって、本人のミスを補ってあげたり、肩代わりしてあげたり。あの子来てからずっとかかりっきりだし」
「まぁ俺が紹介した子ですし、新人がミスをしたら先輩が補ってあげるものでしょ? わざとならともかく、まじめにやって失敗してしまったことなら、助けてあげますよ」
「……あの子のこと、好きでしょ?」
「なっ!?」
予想外の質問をされ、秋人は一瞬で顔を赤くしてしまう。
そして、慌てて口を開いた。
「ど、どうしてそうなるのですか……! 俺はただ、あの子がまじめに頑張ってるからフォローしてるだけですよ……!?」
「ふ~ん?」
「な、なんですか、その目は……」
女子大生が小首を傾げながらジト目で見上げてきたので、秋人はどもりながら質問をする。
しかし、女子大生は踵を翻してしまった。
「べっつに~。ただ、紅葉君って素直じゃないなぁって思っただけ」
「な、なんですか、それは……」
「さぁ? それよりも、そろそろ私たちも仕事に戻らないと、店長にどやされるよ?」
「あなたが言うんですか……」
話しかけてきたのは女子大生なので、なんだか納得いかない気持ちを抱えながら秋人は視線を夏実に戻す。
夏実はお客様の許しを得たようで、厨房に向かっていた。
ちゃんと、当初の注文通りの料理を、厨房にお願いしに行っているのだろう。
中には間違えた注文のままでもいいと言うお客様もいるが、なるべく正しいものを出すというのがこのお店のやり方だ。
それでも今のでいいという方に関しては、代わりにドリンクをサービスしたりしていた。
「注文間違えの対応に関してはもう大丈夫だろうけど……緊張しているのを差し引いてもこんなにミスをするんだったら、注文を取る方法も見直したほうがいいのかもしれないなぁ……」
現在このお店は、お店のスマートフォンによって店員が注文を取り、そのデータを厨房へと転送している。
今回の夏実のミスは、スマートフォンの押し間違えによるものだろう。
注文を聞き返してはいるはずだが、よく内容を聞かずに頷くお客様も多いので、このようなミスが起こっていた。
「備え付けのタブレットにするほうがいいと思うけど……でも、うちの店員目当てに来てる人もいるしなぁ……」
母親が営業する喫茶店は人気店というのもあり、時給が良くて制服もかわいいので女の子から人気があった。
だから、可愛い女子大生が数人アルバイトをしており、愛想もいいので婦人や学生から人気があるのだ。
その強みの一つを欠けさすのは、経営者目線で考えると渋るものがあった。
「どうしたものかなぁ……」
秋人は料理を運びながら、そんなことに思考を巡らせていた。
――その後も、夏実は何度もミスをしてしまい、しっかりと意気消沈してしまったので、秋人はフォローをしながら優しく慰めるのだった。
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