第25話「私もやりたかったな」

 皿を割った日以来、夏実は更に頑張るようになった。

 そのおかげで、秋人の母親から『夏休みに入る前からホールに出てみましょう』、という話をもらい――次の土曜日に、早速夏実のホールデビューが決まった。


「――そうなんだ、夏実ちゃん凄いね」


 昼休み、夏実のホールデビューの話を聞いた春奈が、ニコニコの笑顔を夏実に向けた。

 それにより、夏実は得意そうに笑みを浮かべる。


「ふふ、ありがと。私って要領がよかったみたい」


 どうやら調子に乗っているようだけど、落ち込まれるほうが困るので、秋人は見なかったことにした。


「正直、意外だな」

「ん、何がかな、冬貴君?」


 なにげなしに漏らした、冬貴の独り言。

 しかし、夏実はしっかりとその言葉を聞き取っており、ニコニコ笑顔で冬貴を見据えた。

 同じ笑顔なのに、春奈の笑顔とは違い、なぜか恐怖を感じてしまう。


「い、いや、頑張ったんだろうなぁって……」

「絶対そんなこと言ってないよね?」

「ほ、本当だよ。な、なぁ、秋人」


 冬貴は、ジト目を向けてきた夏実の視線から逃げるように、秋人に話題を振る。

 すると、秋人は苦笑しながら口を開いた。


「冬貴が何を言ったかは聞こえなかったけど、夏実はバイトの練習をよく頑張っていたんだ。その努力が認められたんだよ」

「秋人……」


 優しくフォローしてくれた秋人に対し、夏実はじぃーんと感動を覚えながら秋人の名前を口にする。

 そんな夏実に対し、秋人は微笑んで返した。


「「…………」」


 秋人たちのやりとりを見ていた冬貴と春奈は、無言でお互いの顔を見る。

 そして言葉ではなくアイコンタクトで何かやりとりをし、同時に二人して首を傾げながら再度秋人たちを見た。


「なんだか、二人凄く仲良くなってるな?」

「うん、なってるね?」

「えっ、そうかな?」


 二人の言葉に秋人は思い当たる節がなく、首を傾げながら夏実に視線を向けた。


「別に、いつも通りだよな?」

「そうだね?」


 そして、夏実も秋人と同じように不思議そうに首を傾げる始末。

 ただ、夏実の場合はどこか嬉しそうだった。


((こ、この二人、やっぱり仲良くなってる……!))


 二人の些細なやりとりを見ただけで、冬貴と春奈は、夏実たちが今まで以上に仲良くなっていることに確信を抱いた。


「いいなぁ……私も、アルバイトしたかったなぁ……」


 夏実と秋人が更に仲良くなったところを見た春奈は、羨ましそうに夏実たちを見つめる。

 その表情を見ていた冬貴はなんとも言えず、ジッと二人のやりとりを見つめた。


「それにしても、母さんがなんだかニヤニヤしてたのが気になるんだよな……」

「そう? いつも通り優しかったけど?」

「いや、あれは絶対何か企んでる顔だった。変なことを考えてないといいけど……って、どうした冬貴?」


 ジッと見つめられていることに気が付いた秋人は、冬貴に声をかける。

 しかし、冬貴は首を横に振り、笑顔で口を開いた。


「なんでもない。それよりも、折角夏実がホールに出るんだったら、見に行こうかな」

「ちゃ、茶化しはいらないからね!?」


 冬貴が茶化しに来る。

 そう思った夏実は、慌てて拒絶をした。

 しかし――。


「いいじゃないか、冬貴には来てもらおう」


 秋人は、逆に冬貴のことを誘う姿勢を見せた。


「ちょっと、秋人!? あんたどっちの味方なの!?」

「春奈ちゃんもどうかな? サービスするよ?」


「聞きなさいよ、こら! 後、春奈ちゃんにだけサービスとか、あからさますぎよ!」


「落ち着けって夏実。友達だからサービスするってだけだよ。だから、冬貴にもするって」

「というか、そもそも誘うのをやめなさいよ! 私の恥ずかしいところが二人に見られちゃうじゃん! 私を辱めたいの!?」


「そんなわけないよ。夏実は俺のことを疑いすぎかな」


 キャンキャンと怒る夏海に対し、秋人は笑顔で対応をし続ける。

 今までなら、秋人が言い返して軽く言い合いをすることもあったのに、このやりとりは二人の立ち位置の変化を表していた。


「緊張している時って、知り合いがいたりしたら緊張が解けたりするんだよ」

「無理、絶対に無理。私は余計に緊張するタイプ」


 笑顔で宥めようとした秋人に対し、夏実は全力で首を左右に振った。

 そして、今からでも緊張しているかのように、顔色が悪くなってしまう。


「それは、二人に失敗しているところを見られたくないからだろ? もっといえば、失敗したところを見られたら失望されるとでも考えてるんじゃないのか?」

「そ、そうだけど……。でも、そんなの当たり前でしょ……?」


「本当にそうなのか? 夏実が失敗しても、冬貴や春奈ちゃんが失望したり、馬鹿にしたりするわけがないだろ?」

「あっ……」


 二人は決して、友達の不幸を喜んだり面白がったりはしない。

 そういう思いが込められた言葉により、夏実は秋人が言いたいことに気が付いた。


「友達が家に遊びに来てくれてる感覚でいればいいんだって。バイト初日が緊張するのなんて、当たり前なんだ。だから、冬貴たちと話して緊張がほぐれる方向でもっていこう」


 秋人が二人を誘った理由はそれだった。

 夏実が緊張するのは目に見えており、何か気を紛らわせるキッカケがほしくて、冬貴たちを誘ったのだ。

 特に、癒し系である春奈は、彼女を知る生徒の間では『他人の心を癒す効果がある』、と言われている。

 そんな彼女とバイト中に話しをすれば、夏実も緊張がほぐれるんじゃないかと秋人は考えた。


「そ、そっか。それだったら、冬貴も春奈ちゃんも遊びに来てくれると嬉しいな……」


 秋人の考えを理解して拒絶する必要がなくなった夏実は、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべて冬貴たちにお願いをした。

 それにより、冬貴も春奈も笑顔で頷く。


「あぁ、もちろん行かせてもらうよ。ただ――」


 しかし、冬貴は一度言葉を止めて、スッと夏実から視線を逸らした。


「――午前は塾があるから、行けるのは午後なんだよな……」

「…………」


 冬貴がそう言った後、春奈も無言で夏実から視線を逸らした。

 そして、夏実は無言で秋人を見る。


「…………」

「あ、あはは……まぁ、うん。来てくれるだけいいじゃないか」


 涙目で訴えてきた夏実に対し、秋人は苦笑に近い笑顔を返すのだった。


『うん、間に合わないな……』という言葉は、なんとか飲みこんで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る