第24話「学校の時よりも――」
「――それじゃあ、今日はお皿を運ぶ練習をしようか」
学校終わりの放課後、バイト先に来た夏実の前に、秋人はお皿を数枚並べた。
「えっ、こんなことを練習するの? 秋人、私のこと馬鹿にしてない?」
夏実はお皿を運ぶのにどうして練習が必要なのかわからず、不服そうに秋人のことを見つめる。
いくら不器用だとはいえ、たかだかお皿を運ぶのに練習なんて必要ない。
夏実はそう思っていた。
「うん、まぁ……」
秋人は夏実が勘違いをしていることに気付きながらも、どう伝えるのがいいかを考える。
既に夏実は拗ねているようなので、言い方を間違えれば夏実がムキになってしまうと思ったのだ。
――そして、秋人はまず自分がやってみることにした。
「夏休みってさ、結構混むから効率よくしないといけないんだ。だから、こうやって運んでほしい」
秋人は左手の親指と人差し指、そして中指で皿を持ち、その後中指と皿の間にもう一枚皿を挟んだ。
二つの皿が二点で当たるようにした状態で、左手の手首から前腕にかけて更に一枚皿を置く。
最後に、右手で皿を一枚掴み、夏実を見た。
「……からかってる?」
秋人が皿を四枚持つまでの流れを見ていた夏実は、小首を傾げて秋人へと尋ねた。
そんな夏実に対し、若干苦笑いで秋人は口を開く。
「いや、まじめだよ」
秋人の言葉を聞くと、夏実は再度秋人の手を見た。
そして――。
「無理……!」
全力拒否をした。
「やる前から諦めるなよ……」
「だって、だって、絶対これあれじゃん! お皿割っちゃうやつじゃん!」
夏実はまるで子供かのように、イヤイヤと首を左右に振る。
自分が不器用だとわかっている夏実は、こんなことできないと思ってしまった。
そんな夏実に対し、秋人は優しい笑顔を向ける。
「大丈夫だって、夏実運動神経よくてバランス感覚いいだろ? これは、器用さよりもバランス感覚がものをいうからさ」
「……ほんと?」
バランス感覚が大事と聞き、夏実は上目遣いで秋人の顔を見つめる。
その際になぜか若干涙目になっており、秋人は『うっ……』と言葉に詰まった。
(か、かわいい……)
思わず秋人は、夏実に見惚れてしまった。
「秋人?」
「あっ……う、うん、本当だよ」
夏実に声をかけられたことで我に返った秋人は、慌てて首を縦に振る。
それにより夏実はやる気になったようで、秋人からお皿を受け取った。
しかし――。
「ちょっ、待っ――」
「――あっ」
秋人の制止は間に合わず、夏実の手から落ちていった皿はパリンッと割れてしまった。
「…………」
落ちて割れた皿を見た夏実は、プルプルと体を震わせながら秋人を見る。
その目は涙目で、『やってしまった』、という思いが秋人には凄く伝わってきた。
「うん、まぁ……ごめん、言い方が悪かったよ」
秋人としては、最初に完成形を見せただけで、本当は一枚ずつやってコツを掴んでもらうつもりだった。
しかし、言葉足らずの状態で夏実をおだてて、コツややり方を説明する前に夏実が実践してしまったので、こんなことになってしまったのだ。
だから、秋人は自分のせいだと結論付ける。
「ご、ごめんね……! 今、片付けるから……!」
夏実は慌てて割れた皿を拾おうとする。
しかし、秋人はそんな夏実の手を優しく掴んだ。
「素手で掴んだら危ないって。夏実のせいじゃないから、落ち着いて」
動揺をしてしまっている夏実に対し、秋人はなるべく優しい表情と声を意識して話しかけた。
夏実は潤った瞳で秋人の顔を見る。
「でも、私が割って……」
「十分に説明をしていなかった俺のせいだよ。とりあえず、このままにしておくのは危ないから、箒と塵取りを持ってくるよ。触らずちょっと待ってて」
「うん、ごめん……」
「気にしなくていいってば」
シュンと落ち込んでしまった夏実を慰めるようにしながら、秋人は笑顔を絶やさない。
だけど、夏実の表情は暗いままだった。
「――母さんにも話してきたけど、気にしないでいいって言ってたから」
箒と塵取りを持ってきた秋人は、落ちて割れた皿を見つめる夏実に声をかけた。
「ほんと……? 怒ってなかった……?」
夏実は不安そうな表情で秋人の顔を見上げる。
お店で大切に扱われている皿を割ってしまったのに、店長である秋人のお母さんが怒っていないとは思えないようだ。
「大丈夫だよ、事情もちゃんと伝えてるから。それよりも、夏実が怪我をしていないか気にしてた」
「あっ……うん、怪我は大丈夫」
「そっか、ならよかった。本当に気にしなくていいからな? 誰だって、失敗はあるからさ」
秋人は優しい笑みを浮かべて、夏実の失敗をフォローした。
すると――。
「…………」
夏実は、なぜかボーッと秋人の顔を見つめてきた。
「どうした?」
それにより、秋人は首を傾げて尋ねる。
しかし、夏実は慌てたように両手を顔の前で振った。
「う、うぅん! なんでもない!」
「そう? ならいいけど……」
夏実の態度に疑問を抱きながらも、秋人は床に散らばった皿の破片を箒でかき集める。
そんな秋人の背中を、夏実はジッと見つめていた。
(なんだか、学校の時よりバイトの時のほうが優しい……)
夏実がそう思ったのは、何も今優しくされているからではない。
バイト初日から、学校の時に比べて喫茶店にいる時の秋人は、口調や態度が優しいのだ。
「夏実」
「――っ!? な、何?」
背中を見つめているといきなり秋人が振り返ったので、夏実は若干動揺しながら笑みを浮かべた。
「何を慌ててるんだ?」
「な、なんでもないよ?」
「ふ~ん……」
なんでもないと言う夏実だが、秋人にはそんなふうに見えなかった。
しかし、夏実が誤魔化した以上聞くのは可哀想だと思い、深く聞くことをやめる。
その代わり、ちりとりで集めた皿の破片をゴミ袋へといれ、手を洗った後夏実の手の上に皿を置いた。
「あ、秋人……!」
「いいから、もう一度やってみよう。大丈夫、今度は一枚ずつやってもらうから」
緊張したように顔をひきつらせた夏実に対し、秋人は再度ニコッと笑みを浮かべた。
「でも、また割る……」
「大丈夫だって。ほら、一枚だったらただ掴んでるだけでしょ?」
「それは、うん……」
「じゃあ、一枚目を持った時の指の形とかを覚えようか。ほら、こうするんだよ」
秋人は皿をどのように挟むのかを夏実に見せながら、皿の持ち方を指導していくのだった。
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