第22話「この二人をくっつけよう」
「えっ……」
秋人が出て行ってすぐに思わぬ一言を言われた夏実は、思わず固まってしまった。
「どこかで見たことあるな~って思ってたけど、さっきの秋人の一言で思い出したの。あいつ、よく似てる子って言ってたけど、絶対青葉さん家の子よね?」
「いや、あの……」
先程人違いと言ってしまった手前、夏実はどう答えたらいいのかわからず、視線を彷徨わせてしまった。
そんな夏実に対し、母親はとても嬉しそうに口を開く。
「この子絶対将来美人になるって思ってたけど、やっぱり凄くかわいい子になったわね。いつこっちに帰ってきたの?」
「あっ、その、ですから……えっと……はい、高校に上がる直前です……」
どう答えるのが正解か悩んだ夏実は、諦めたように秋人の幼馴染みであることを認めた。
ここで誤魔化した場合、母親の印象をかなり下げてしまうと思った故の判断――というよりも、この人は誤魔化せない、と不思議な確信を抱いてしまったので、誤魔化すことを諦めた。
「そっかそっか、お母さんは元気?」
「はい、元気です……」
「そう、よかった。再婚して引っ越すって聞いたから気になってたのよね。今は、新海って苗字なんだ?」
「はい、父方の苗字になりました……」
夏実は緊張して居心地悪そうに、秋人の母親の言葉に頷き続ける。
そんな夏実に対し、秋人の母親は優しい笑顔を見せた。
「じゃあ、もう青葉って名乗ってないんだよね?」
「えっ……? それは、そうですけど……」
なんでそんな変なことを聞くのだろう?
そう不思議に思って首を傾げる夏実に対し、秋人の母親は若干慌てて口を開く。
「いえ、変な意味じゃないのよ? ただ、昔のあなたっていつも自分のことを『あおば』って名乗って、下の名前言おうとしなかったじゃない」
「えっ……?」
身に覚えのない秋人の母親の言葉に、夏実は戸惑いながら首を傾げてしまう。
「あれ、覚えてないの?」
「はい……。えっ、私、あおばって名乗ってたんですか……?」
「うん。だから秋人は、ずっと『あおばちゃん』って呼んでたもん」
「そういえば、そんな記憶が……」
夏実が秋人と遊んでいたのは小学校に上がる少し前までだったので、正直遊んでいたこと以外あまり覚えていない。
しかし、確かにその呼ばれ方には心当たりがあった。
「初めて遊びに来た時から青葉さんの家の子ってことは知ってたから、なんで苗字しか答えないんだろ、とは不思議に思ってたけど……。別に、自分の名前が嫌いだったってわけじゃないのよね?」
「そうですね……。ただ、おそらく『あおば』のほうがかわいく思えて、そっちばっかり名乗ってたんだと思います」
感性は人それぞれ。
秋人の母親からすると、『夏実』という名前もかわいく思えるが、幼い夏実にとっては『あおば』のほうがよかったようだ。
「そうなんだね。ところで――どうして、秋人に幼馴染みだってことを隠してるの?」
夏実は名前に対して特に深い思い出はない。
それがわかった秋人の母親は、会話が弾みだしたことでもっとも聞きたかったことを切り出した。
「えっと……秋人に、自分で思い出してほしくて……」
「あぁ、なるほど……」
夏実の言葉から、何が言いたいのか秋人の母親はすぐに理解をした。
とりあえず、今日の夜にでも秋人を締めあげよう、と考えつつ口を開く。
「ごめんね、あの子って時々わけわからないことで鈍感になるから……」
「いえ、そんなことは……ありますね……」
秋人のことをフォローしようと思った夏実だけど、過去に幾度となく期待を裏切られていることが頭を過り、思わず肯定をしてしまった。
「まぁ、でも……正直、自分から打ち明けたほうがいいんじゃない? ほら、ラブコメとかだと定番だけど、鈍感な主人公が気付いてくれるのに期待しているうちに、他の女の子が現れちゃったりするからね」
「それは……そうなのですが……」
数日前に、友人から秋人は実はモテていたことを聞いた夏実は、ウカウカしていられないという気持ちになっている。
しかし、やはりそこは譲れなかった。
――ただ、ここで夏実はまだ気が付いていない。
秋人の母親が、誘導尋問をしていることに。
「まぁ、夏実ちゃんの人生なんだから、私はとやかく言う気はないけどね」
これ以上は押し付けになってしまう。
そう思った秋人の母親は、ニコッと笑みを見せた。
「ありがとうございます……」
そんな秋人の母親に対し、夏実は安堵しながらお礼を言った。
「まぁでも、私としては秋人の相手は、夏実ちゃんのような子がいいけどね~」
「そ、そんな……えへへ……」
秋人の母親がチラッと夏実のことを見ながら言うと、夏実は満更でもなさそうに笑みを浮かべた。
それにより、秋人の母親は夏実の気持ちを確信し、ある決意をした。
(絶対に、この二人をくっつけよう……!)
――と。
その後は簡単な自己紹介をし、夏実は晴れて秋人の母親が経営する喫茶店で働くことになるのだった。
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