第20話「他人想いで優しい女の子」

「――母さん、話があるんだけど」


 家に帰ってから喫茶店の手伝いを終えた陽は、従業員が皆帰った後に母親へと声を掛けた。


「何、改まって? まさか、赤点を取ったとか言わないわよね?」

「違うよ! テストまだ先だし!」


 いきなりテストの話を持ち出され、秋人は若干ムキになりながら否定をする。


「そうじゃなくて、真面目な話だよ!」

「テストも真面目な話よ? 背伸びしていい高校に入ったんだから、いつ赤点をとってもおかしくないもの」


「息子をもっと信用したらどうなの!?」

「いつも赤点ギリギリじゃない! 冬貴君がいなかったら、下手すると一桁取ってくるでしょ!」

「うぐっ……!」


 母親の指摘はごもっともで、秋人は冬貴がいなければテストで詰んでしまう。

 なんせ、テスト期間に勉強を教えてもらっていつも赤点ギリギリなのだから。

 もし教えてもらえなければ、結果は火を見るよりも明らかだろう。


「テストの話はいいって……! それよりも、バイトとして雇ってほしい子がいるんだけど……!」

「アルバイト? 子ってことは、もしかして――女の子!?」


 身を乗り出して秋人に聞いてくる母親。

 秋人は若干のけぞりながら首を縦に振った。


「まさか、あんたが女の子を紹介してくる日が来るなんて……!」

「いや、あの、バイトだからね? 誰も、彼女を紹介するとは言ってないよ?」


「女の子を連れてくるだけ上出来! あんた、これまで色恋沙汰全然なかったんだから、このチャンスを逃すわけにはいかないわ……!」


「なんか、目的が全然違う気がする……。その子はお金を稼ぎたいだけだから、変な期待とか押し付けとかしないでよ……?」


 母親のハイテンションに嫌な予感しかしない秋人は、不安そうに母親に告げる。

 しかし、母親は呆れた表情を返してきた。


「あんたね、まさか言葉通りに受け止めたりしてないわよね?」

「えっ?」


「飽きれた……。普通、女の子が興味のない男子のところで働こうなんて、思わないわよ? バイトなんてできるところいっぱいあるんだから」


「いや、その子バイトとか全然知らない感じだからだよ。普段からよく一緒にいるから、俺のところで働きたいってことに――」


「普段から、一緒にいる!?」

「あっ……」


 母親のテンションが更に上がったことで、秋人は口が滑ったことに気が付いた。


「へぇ~、よく一緒にいる女の子がいるんだ~?」


 ニマニマと、実に楽しそうに母親は秋人を見つめてくる。


「いや、だから……! 母さんが思っているような関係じゃないから……!」

「はいはい、とりあえず明日にでも連れて来なさい」

「本当にわかってる!?」


 母親の態度に秋人は不安を覚えるが、この後はまともに取り合ってもらえないのだった。



          ◆



「――うぅ、緊張する……」


 翌日の学校終わり、喫茶店の裏口まで来た夏実は神妙な面持ちになっていた。


「いや、そんな緊張しなくても……」


 朝から夏実はずっとこの調子なので、それを見ていた秋人は苦笑いを浮かべながら夏実に声をかけた。


「だって、面接とか滅多にないし……」

「高校受験の時に大丈夫だったんだから、大丈夫だって。それに、面接というよりも顔合わせに近いからさ」


「それは、そうだけど……」

「何か気になることがあるのか?」

「……秋人のお母さんに、会うんだよね?」


 夏実は緊張した表情のまま、若干上目遣いに秋人の顔を見てくる。


「そりゃあ、母さんが店長だからな。全く知らない人よりは、友達の母親のほうがマシじゃないか?」

「うぅ……そういう問題じゃない……」


 秋人の言葉に対し、夏実は怖気づいたかのように顔を両手で押さえてしまう。

 いったい何が問題なのか。

 秋人にはよくわからないけれど、どうもこのままだと夏実に面接は無理そうに見えてしまう。


「なら、やっぱりやめておくか?」

「やだ、ここで働きたい」


 もうやめたほうがいい。

 そう判断をした秋人に対し、夏実は即答で首を横に振った。

 あまりの速さに秋人は驚くが、夏実の気持ちが知れてなんだか嬉しく感じてしまう。


「じゃあ、どうする? 別の日にするか?」

「うぅん、そんなことしたら印象下げるから……」


 ドタキャンは、人の信用を下げる行為。

 特に、相手が経営者で、自分が雇われる側であれば、余程の理由がない限り致命的ともいえるだろう。


 夏実はそこまで考えているんだ、と勘違いした・・・・・秋人は納得がいったように頷いた。


「じゃあ、とりあえず中に入ろう。大丈夫、実は夏実が他人想いで優しいことや、見た目によらずまじめで責任感があることは俺が知ってるから、もし何かあったら母さんを説得するよ」


「ありが――ん? ちょっと待って」


 秋人の言葉に感謝をしかけた夏実だが、ふと気になることがあって言葉を止めた。


「実は、とか、見た目によらずってどういうこと?」


 褒められているようで実は貶されているんじゃないか、と思った夏実は秋人にジト目を向けてきた。

 それに対し、秋人は笑顔を作りながら慌てて口を開く。


「あっ……いや、ほら。ちゃんと内容的には褒めてるから」

「ちょっと、秋人が普段から私のことをどう思ってるのか、じっくり話を聞きたいんですけど?」


「いや、そんな時間ないから。大丈夫、とりあえず母さんが駄目って言ったら、首を縦に振るまで食い下がるからさ」


「話変えようとしてもだめだから。面接終わったら、そこのところちゃんと聞かせてもらう」

「勘弁してくれ……。ほら、それよりも、待たせたら印象を下げるから行くよ」


 秋人は夏実から逃げるように裏口のドアを開ける。

 すると、夏実は頬を膨らませるが――秋人の視線が自分から外れると、すぐに俯いてしまった。


 そして――。


「――他人想いで優しい、か……。えへへ……」


 秋人に気付かれないよう、一人笑みを浮かべるのだった。

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