第16話「幼馴染みとの思い出」

 春夏秋冬グループの四人は、秋人と夏実を先頭にし、その後ろを春奈と冬貴が歩くという形でショッピングモール内にある喫茶店を目指していた。


 これは、夏実が早々に秋人の隣を歩き始め、そのタイミングで冬貴が春奈に声をかけたことによって生まれた陣形だ。

 春夏秋冬グループが出来て以降、この光景はよく見られた。


「ねね、海いつ行けるかな?」


 水着も新調し、秋人にも褒めてもらえた夏実は嬉しそうに頬を緩ませながら、秋人に話しかけてきた。

 その人懐っこい笑みを見た秋人は、夏実のことをかわいいと思って見惚れてしまう。


「秋人?」


 だけど、再度夏実に声をかけられたことで、秋人は我に返った。


「いや……とりあえず、冬貴と春奈ちゃんの塾次第かな。俺は前も言ったけど、予めわかっておけば予定を空けられるからさ」


「そっかぁ、早く行きたいね?」

「そうだな」


 ニコニコの笑みを浮かべる夏実に対し、秋人は笑顔を返す。

 海といえば、夏休みの一大イベント。

 当然イベントや祭りが大好きな秋人は、海のことを考えると今から血が騒いでしまっていた。


「秋人は毎年海に行ってるんだよね?」

「あぁ、そうだな。夏実は違うのか?」

「私、あまり行ったことない。お母さんやお義父さんはいつも忙しいからね」


 そう答えた時、ふと夏実は悲しそうに目を伏せた。

 そんな夏実を見た秋人は、明るい笑顔で口を開く。


「そっか……じゃあ、思う存分楽しまないとな」

「うん!」


 秋人の言葉に対し、夏実はとても嬉しそうに笑みを浮かべた。


 秋人は夏実の家のことについてほとんど聞いたことがない。

 わざわざ一人暮らしをしていることから何か事情があるんじゃないかと思い、夏実が言わない以上踏み込まないでいるのだ。

 その代わり、夏実が何かを望んだ時は精一杯力になろうと考えていた。


 今回も、夏実が海を楽しみにしているようなので、秋人は夏実を楽しませられるように頑張ろうと思った。


「――そういえば、秋人って冬貴以外に幼馴染みいたって言ってたじゃん?」


 一旦話に区切りがついたからか、急に夏実は別の話を振ってきた。


 ――しかし、その言葉が聞こえてきた冬貴と春奈は、驚いたように夏実を見る。


「ん? そうだけど?」

「どういう子だったの?」


 後ろから向けられる冬貴たちの視線に気付かず、夏実は何かを期待するように秋人の顔を見上げた。

 そして夏実に質問をされた秋人は、口元に指を当ててその答えを考える。


「簡潔に言えば、明るくて笑顔がかわいい女の子、かな」


 秋人は過去を懐かしむように、笑顔で夏実へと答えた。

 すると、夏実は顔を赤く染めて俯いてしまう。


「どうした?」


 夏実が急に俯いてしまったので、秋人は心配したように尋ねる。


「べ、別に、なんでもない。それよりも、簡潔にあらわさなければどうなの?」


 夏実は顔を見られないよう俯いた状態で、更に秋人から聞き出そうとする。

 当然秋人は夏実の様子に違和感を覚えるが、夏実がたまにおかしくなるのはよく知っているので、特にツッコむことはしないことにした。


「う~ん……難しいな。よく笑う子だったけど、結構怒る子でもあったかな?」

「何、その印象……?」


「いや、俺が怒られてたってよりも、冬貴がよく怒られてたんだけど……。今思うと、嫉妬してたのかな? 俺が冬貴と遊んでると毎回冬貴から俺を引き離して、怒ってたから。なっ、そうだよな?」


 この感想を共有できる当事者が傍にいるので、秋人はなにげなしにその当事者へと話を振った。

 しかし、肝心の話を振られた本人――冬貴は、なんでこのタイミングで話を振ってくるんだ、という嫌そうな顔を浮かべる。


「なんで、そんな嫌そうな顔をしてるんだよ……?」

「いや……」


 冬貴は返事を濁しながら、チラッと夏実に視線を向けてくる。

 すると、夏実はニコニコの笑顔で冬貴を見つめていた。


 しかし、当然その笑顔はただの笑顔ではない。


「昔のことだし、秋人の思い違いじゃないか? 普通にかわいくて、優しい女の子だったよ」


 夏実の笑顔が何を意味しているか察した冬貴は、困ったように笑ってそう答えた。

 それにより、秋人は首を傾げてしまう。


「あれ、そうだっけ……?」

「ふふ、秋人の勘違いなんだね。記憶力のいい冬貴が言うなら間違いないと思うなぁ」


 秋人が迷ったことをいいことに、夏実はここぞとばかりに後押しをする。 


「まぁ、確かに……冬貴がそう言うのならそうだったかな……?」


 そして、自分よりも冬貴の記憶力を信じている秋人は、そうだったかもしれないと思い直した。


「ねね、それよりも他にはないの? ほら、冬貴がいなくてその子だけとの思い出とか?」

「う~ん、とはいっても、大抵冬貴も一緒にいたからな……」


 秋人の記憶では、冬貴と遊んでいるとその幼馴染みの子が入ってくる、というのが日常的だった。

 だから、冬貴がいないという状況がうまく思い出せない。


「…………」


 自分よりも冬貴との記憶が強いということで、天を仰ぐ秋人の隣で夏実は恨めしそうに冬貴を見つめる。

 当然、何も悪いことをしていない冬貴はブンブンと首を横に振るが、夏実は物言いたげな目をやめなかった。

 そんな二人のやりとりを見ている春奈は、どうして秋人は気付かないのか不思議に思うのだった。

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