第15話「嫉妬で膨らむ頬」

 この後、夏実が三着ほど着たところで、春奈はゆっくりとカーテンを開けた。


「ど、どうかな……?」


 恥ずかしそうに両手で胸元部分を押さえ、顔どころか全身を真っ赤に染める春奈。

 体はモジモジとして落ち着きがなく、若干涙目で秋人たちを見つめていた。


「えっと……」


 そんな春奈を見た秋人と冬貴は、言葉を失ってしまう。

 まるで、見てはいけないものを見ているような感じだ。


 春奈が身につけているのは控えめなデザインの水着なのに、春奈の容姿と態度がそう思わせた。


「…………」


 そして、顔を赤くして春奈を見つめる秋人を見た夏実は、頬を膨らませて拗ねたように秋人を見つめている。


「変、かな……?」


 秋人たちから何も返事がないからか、春奈は不安そうに上目遣いで秋人に尋ねる。

 すると、我に返った秋人が慌てて笑みを浮かべた。


「い、いや、凄くかわいいと思うよ」


 春奈の水着姿に対して、秋人は素直な感想を伝える。

 すると――。


「~~~~~っ!」


 春奈は全身を真っ赤にした状態で、バッとカーテンを閉めてしまった。


「……え?」


 いったい何が起きたのか。

 全く理解できない秋人は、困惑したように冬貴へと視線を向ける。


「今、俺悪いこと言った……?」

「知るかよ」


 秋人が声をかけると、冬貴は嫉妬をした目を向けてきた後、プイッとソッポを向いてしまった。

 それにより、更に秋人は困惑する。


「なんで怒ってるんだよ……?」

「別に、何も怒ってない」

「怒ってるだろ……?」


 長年の付き合いだけあって、冬貴が怒っているかどうかはすぐに判断ができた。

 ただ、どうして怒ったのかが秋人にはわからない。

 春奈が自分に聞いてきたのが気に入らなかったのか、春奈の水着姿を見られなくなったから怒っているのか。


 どちらにせよ、冬貴はそれくらいで怒るような器の小さい人間ではない認識だったので、秋人は答えを導き出せないでいた。

 そんな秋人に対して、別の水着へと着替えた夏実が近付いてきた。


 頬は、先程よりも膨れている。


「な、夏実? どうした?」


 まるで相手を威嚇するフグかのように頬をパンパンに膨らませた夏実を前にし、秋人は若干頬を赤らめながら声をかける。

 すると、夏実は拗ねた表情のまま口を開いた。


「私の時は全部似合ってるだったのに、春奈ちゃんには凄くかわいいって言った……!」


 どうやら夏実は、自分と春奈に対する感想が違ったことを根に持っているようだ。

 それに気が付いた秋人は、困ったように口を開く。


「いや、似合ってるっていうのも褒め言葉なんだけど……」

「でも、凄くかわいいとは全然違う……!」


「な、夏実も凄くかわいいから! だからそんな怒るなって!」


 ポカポカと秋人の胸を叩き始めた夏実に対し、秋人は咄嗟にそう叫んでしまった。

 それにより、夏実はピタッと体を止める。

 そして、上目遣いに秋人を見上げてきた。


「わ、私、凄くかわいい?」

「か、かわいいから! だからもう離れろ!」


 水着姿の夏実が至近距離にいることが耐えられなくなった秋人は、顔を真っ赤にして夏実を遠ざけた。

 そして夏実の顔を見ると、へにゃぁ、という効果音が見えそうなほどにだらしない笑みを浮かべている。


 その表情を見た秋人は、思わず息を呑んでしまった。

 しかし、何かを言おうとする前に、後ろからまたあの声が聞こえてきた。


「本当に、とてもかわいらしいですよね~」


「「――っ!?」」


 先程、夏実の後押しをしていた店員のお姉さんが幸せそうな笑みを浮かべて立っており、声をかけられた秋人と夏実は驚いたように肩をビクつかせる。

 お姉さんはそんな二人のことを、まるで尊いものでも見るような目で見つめてきた。


「末永く、仲良くしてくださいね♪」


 そして、それだけ言い残して、去っていった。


「あ、相変わらずいきなり出てくるな、あの人……。と、とりあえず、夏実はもう着替えて――夏実?」


 店員さんの行動に困惑しながら話しかけると、夏実は両手を頬に添えて俯いていた。


「あっ、えっと……服、着替えてくる…‥」


 声をかけられたことに気が付くと、夏実は慌てたように更衣室へと戻っていった。


「また、俺何か変なこと言ったか……?」


 夏実が急に更衣室に戻ってしまったので、秋人は再度冬貴に尋ねる。

 すると、冬貴は納得がいかないような表情を浮かべていた。


「秋人って俺のことを羨ましがるけどさ、俺は秋人のほうが羨ましいよ」

「さっきからなんの話をしてるんだよ?」

「いいや、別に。ただ、世の中不公平だよなって思っただけだよ」

「はぁ……?」


 世の中不公平だという冬貴に対し、秋人はツッコミを入れたくなってしまった。


 勉強が凄く出来るだけでなく、イケメンなことやクールなところがかっこいいと幼い頃からモテている冬貴。

 神にでも愛されているのか、と思えるほどに恵まれている男が何を言っているのか、と秋人は思ってしまった。


「あんまりそういうこと言わないほうがいいぞ? 周りの男子から恨まれる」

「まぁどう捉えようといいけどさ、あまり卑屈になってると将来とんでもない後悔をすることになるぞ?」

「なんだよ、言いたいことがあるのならはっきりと――」


「――喧嘩、してるの……?」


「「――っ!」」


 冬貴の言い方に思うところがあった秋人が聞き出そうとすると、いつの間にか着替えを終えた春奈が秋人たちの傍に来ていた。

 そして不安げに見上げてくるので、二人は慌てて笑顔を作る。


「ち、違うよ、春奈ちゃん! ほら、いつも通りふざけあってただけだから!」

「そうそう! 俺と秋人が軽い言い合いをするのはいつものことでしょ?」

「そっかぁ、よかったぁ」


 秋人たちが笑顔で取り繕うと、春奈はかわいらしい笑みを浮かべて胸を撫でおろした。

 その様子を見て秋人たちはホッと息を吐き、そしてお互いの視線を交差させる。


『とりあえず、もうこの話は終わりだ』

『あぁ、春奈ちゃんを不安にさせるわけにはいかないからな』


 そういう意味を込めてアイコンタクトを取った後、二人はコクリと頷いた。


「それで、春奈ちゃんはさっき着た水着にするの?」

「う、うん……。これが、いいかなって……」

「そっか、じゃあお会計してきなよ」

「うん……!」


 春奈は、秋人の言葉に対し嬉しそうに頷いた。

 その後、嬉しそうに首を左右に振りながら、レジへと水着を持っていく。


「さて、後は夏実だけど……」

「まぁ、もうあの水着を買うだろうな」

「なんでわかるんだ?」

「逆になんでわからないんだよ……」


 秋人が首を傾げると、冬貴は呆れたように溜息を吐いた。

 だから秋人は文句を言いそうになるものの、先程の春奈の手前、言い合いをするわけにはいかない。

 そのため、グッとこらえて夏実が出てくるのを待つことにしたのだった。


 ――結局、更衣室から出てきた夏実は、先程着た水着を嬉しそうにレジへと持っていき、秋人は冬貴に感心するのだった。

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