第14話「水着姿」
「秋人秋人、ちゃんとそこにいてよね?」
水着を持ってきた夏実は、更衣室に入りながら入口でそう秋人に言ってきた。
その隣では春奈も入ろうとしており、恥ずかしそうに頬を染めながら秋人へと向けてきている。
「はいはい」
秋人はそう軽くあしらって彼女たちがカーテンを閉めるのを見届けた。
しかし、内心疑問を抱く。
秋人は早速、その疑問を冬貴にぶつけてみた。
「なぁ、なんで結局二人とも水着になるんだ?」
確か記憶では、秋人を釣るために水着になると言っただけで、本当はならないという話をしていたはず。
それなのに、夏実と春奈が着替えているので、秋人は不思議でしかなかった。
「まぁ、着替えないとサイズがわからないんじゃないか? 特に、春奈ちゃんは」
「冬貴……お前、時々発言がアウトだよな」
「なんでだよ!?」
「このムッツリ眼鏡」
「ふざけんなよ!?」
秋人に白い目を向けられたことで、冬貴は怒って声をあげた。
すると、更衣室の中から別の声が聞こえてくる。
「こら! 二人とも何喧嘩してるの! お店の中なんだから静かにしなさいよね!」
それは、現在着替えているはずの夏実の声だった。
夏実の声は澄んだ綺麗なもので、大きな声も相まって店内に響き渡る。
そのおかげで、若い女の店員さんたちにクスクスと笑われてしまった。
「……秋人のせいだからな?」
注目を集め、そして笑いものになったことで冬貴は恨めしそうに秋人を見た。
「まぁ……お互い様ってことで」
冬貴の視線を受けた秋人は笑って誤魔化した。
これ以上言い争うのは余計恥をかくだけだと思ったのと、冬貴が結構本気で怒っていたからだ。
すると、冬貴は秋人から目を逸らし、夏実たちが出てくるのを待つ。
やがて、夏実側のカーテンが開いた。
「どう? かわいい?」
出るところが出て、引っ込むところは引っ込むといったプロポーションのいい体をしている夏実は、自信ありげに水着を見せつけてきた。
夏実が現在着ているのは、フリフリが付いた上下ともに黒色の水着。
どうやら、かわいいではなく、セクシーさを求めて攻めてきたようだ。
そんな夏実を見た秋人は――。
「うん……恥ずかしいなら、無理をするなよ……?」
顔を赤らめながら、夏実のことに対して苦笑いを返した。
それは、見せつけられた側の秋人だけでなく、見せつけた側の夏実も顔を真っ赤にしていたからだ。
「べ、別に、恥ずかしくないし……!」
「いや、顔真っ赤なんだけど……」
「う、うるさいなぁ! それで、どうなの!?」
夏実は顔を真っ赤にしたまま、両手を頭の上で組んでモデルみたいにポーズを取った。
それにより、目のやり場に困った冬貴はバッと目を背ける。
逆に、秋人は夏実の姿を注視した。
「うん、似合ってると思う……」
「そ、そう。まぁ、私だからね。似合って当然よね」
秋人が似合うと言うと、夏実はテンパったように目を回しながらウンウンと頷いた。
しかし、目を回しているさまと、普段言わないようなことを言っていることからわかるように、羞恥心は限界に達している。
「ま、まぁ、まだ他に水着はいっぱいあるし、もっと似合うのもあるかもしれないから別の探してくる……!」
「あっ、おい。それはお店に迷惑だろ……?」
一人で何着も試すということは、その分更衣室を占拠してしまうだけでなく、着るだけになってしまう水着がたくさん出てくる。
だから秋人は止めようとしたのだけど――。
「――いえいえ、大丈夫ですよ~。いろいろ着てみてくださいね~」
思わぬところから、夏実の行動を後押しする声が聞こえてきた。
秋人が声のしたほうを見ると、そこには優しい笑みを浮かべる店員のお姉さんが立っていた。
どうやら、彼女が夏実の後押しをしたらしい。
「だ、大丈夫なのですか? あの子、調子に乗ると何着も着ちゃいますよ……?」
「ふふ、いいんです。どうせ他にお客様はいないんですし、彼氏さんに見せつけようとしているところがかわいいではないですか」
店員のお姉さんはニコニコと笑みを浮かべて、夏実のことを後押しする。
どうやら、よくわからないまま、夏実は彼女に気に入られたようだ。
しかし――。
「いや、彼氏じゃないんですが……」
秋人は夏実の彼氏ではないので、それを否定する。
すると、お姉さんは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐにニコニコの笑顔に戻って口を開いた。
「それは、なおのこと素晴らしいですね。ちゃんと水着姿を見て、褒めてあげてくださいね」
「はぁ……」
「では、私は業務に戻ります」
お姉さんはそれだけ言うと、戸惑う秋人に対して手を振って離れていった。
「な、なんだったんだ、今の……?」
取り残された秋人は、戸惑いながら冬貴を見る。
しかし、冬貴もお姉さんの行動に首を傾げた。
「さぁ……?」
そうして二人が困惑していると、夏実が別の水着を持って更衣室に入ってしまった。
だから秋人は思考を切り替え、今度は夏実の行動について考える。
「どうして、あそこまでするんだろ……?」
顔を真っ赤にしてまで水着を見せてくる夏実に対し、秋人はその理由を冬貴に尋ねた。
しかし、冬貴は呆れた表情を返してくる。
「それ、俺に聞くことなのか?」
「いや、他に誰に聞けと……」
「まぁいいけどさ。いい加減、もっと自分に自信を持てよ」
「なんの話だ……?」
「さぁな」
冬貴はそれ以上答えるつもりはないのか、春奈が入っている更衣室のほうへと視線を向けた。
だから秋人も話を続けるのはやめ、冬貴の視線を追うように同じ方向を見る。
「そういえば、春奈ちゃん遅くないか……?」
「着替えるの、手間取ってるのかな?」
「う~ん……」
最初に夏実と同じタイミングで入ったのに、春奈は一向に出てこないので二人は心配になってきた。
しかし、当然心配だからといってカーテンを開けるわけにもいかない。
だけど、秋人は笑みを浮かべて口を開いた。
「まぁ、春奈ちゃんだから、恥ずかしくて出てこられないんだろ。急かさず、自分のタイミングで出てくるのを待とう」
春奈とは中学時代からの付き合いなので、もうどういう子かは十分理解していた。
水着に着替えようとしたことだけでも驚くほどに、恥ずかしがり屋な女の子だ。
いざ水着に着替えたものの、秋人たちの前に出られずにいるのだろう。
そこまで理解をして、秋人は待つことにした。
「そうだな……」
しかし、早く春奈の水着姿が見たい冬貴はソワソワとしており、それを見た秋人が(やっぱりこいつ、ムッツリ眼鏡だよな……)と思ったのは、ここだけの話だ。
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