第17話「不器用が悪いことだとは思わない」
「――そういえば、夏休みにたくさん遊ぶとなると、やっぱりお金がいっぱい必要よね……」
喫茶店で飲み物を注文した後、ふと思い立ったように夏実がそう呟いた。
それを聞いた秋人と冬貴は、物言いたげな目で夏実を見つめる。
「な、何よ?」
「いや、一番お金に困らなさそうな奴が何を……」
夏実が大金持ちのお嬢様、というのは学校中で知られる周知の事実。
当然いつも一緒にいる秋人もそのことを知っているので、ツッコミを入れずにはいられなかった。
「別に、私がお金をたくさん持ってるわけじゃないし……!」
「でも、お小遣い毎月結構もらってるよな? というか、クレジットカードを渡されてるよな?」
「それとこれとは話が別っていうか……ほら、やっぱり夏休み好き放題遊ぶために、親が稼いだお金を使うのはどうなのかなって……」
「「…………」」
「だから、その物言いたげな目は何よ!?」
思っていることを言っただけで、信じられないものを見るような目で見られた夏実は、思わずツッコミを入れてしまった。
「いや、だってな……」
「あぁ、夏実いつも結構使ってるよな? ほら、お洒落は女の命、とか言って。この前遊びに行った時も、服いっぱい買ってたし」
「それとこれとは話が別でしょ!?」
「…………?」
秋人と冬貴もお洒落には気を遣うけれど、出来ればなるべくお金をかけたくはないと思っている。
だから夏実みたいに、こういう組み合わせがいいから、とか、今はこれが人気だから、という理由でなんでもかんでも買ったりはしない。
要は、価値観が違うので夏実の言っていることが理解できなかったのだ。
「ね、春奈ちゃんならわかってくれるよね?」
秋人たちには自分の考えが理解されない。
そう思った夏実は、同じ女である春奈へと声をかけた。
しかし、春奈は困ったように視線を彷徨わせる。
「えっと……そう、だね……」
「ほら! 春奈ちゃんもこう言ってる!」
「いや、今の反応明らかに気を遣ってただろ。春奈ちゃん、俺たちと遊びに行ってる時全然服買わないしさ」
「…………」
秋人に指摘をされ、夏実はプクッと頬を膨らませて不満そうに秋人を見つめた。
「別に、お洒落に金を使いたいっていう夏実の考えを否定したいわけじゃないから、拗ねるなよ」
「でも、さっきから文句言ってた」
「いや、別にそういう意味じゃなくて……まぁ、人それぞれ持ってるお金とか違うんだから、考え方が違うのは仕方ないと思う」
「やっぱり批難してない?」
「違うって。夏実が買うことに対して、文句なんて一度も言ったことないだろ?」
「その代わり、もっとどうしたらいい、という意見をくれたこともない」
「いや、女物はわからないから……」
似合うかどうかは答えられるけれど、アレンジに関して秋人はアドバイスをしない。
もちろん、本当にどうしたらよくなりそうか、というのがわからないわけではなかった。
ただ、せっかく夏実が好きで選んでいるものに関して、自分の意見で変えてしまうのをいいと思っていないのだ。
だから、秋人は夏実に聞かれても答えないことにしていた。
しかし、秋人の好みに合わせたい夏実としては、それがもどかしかった。
秋人の前でよく服を買うのも、秋人の表情の変化からどういうのが好みか、どういうのが反応いいかを見極めているからなのだ。
「なぁ、話ずれてないか? 夏実、お金に関して何か思うことがあるのか?」
このままでは夏実が愚痴り始めそうだ。
そう感じ取った冬貴は、話の軌道修正に入った。
「あっ、そうだった。今年は折角こっちに残るんだし、何かバイトを初めてみよっかなって思ったの」
「「夏実が、バイト……!?」」
「こら! あんたらさっきから失礼すぎでしょ!」
声を揃えて驚愕する秋人と冬貴に対し、夏実は顔を赤くして怒ってしまう。
「いや、だって……」
「なぁ……?」
「ねぇ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。ほら、怒らないから早く」
顔を見合わせる秋人たちに対し、夏実はニコッと笑みを浮かべて先を促す。
しかし、額には怒りマークが浮かんでいた。
「それ、言ったら怒るやつだろ」
「いいから、言いなさいよ」
「まぁ……夏実が、バイトをしてる姿が想像できない」
ここは素直に言わなければ怒られる。
それがわかっている秋人は、おとなしく答えることにした。
「ねぇ、秋人って私のことなんだと思ってるわけ? 怠け者とでも言いたいの?」
しかし、夏実は怒りを我慢するように笑みを浮かべて秋人に尋ねる。
そして秋人はそんな視線を受け取め、ツゥ――と冷たい汗が背中を流れるのを感じていた。
「そうじゃなくて、夏実って意外と不器用だから……」
「失礼ね!? 事実だけど!」
「認めるのか」
ツッコミを入れながらもあっさりと認めた夏実に対し、秋人は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「そりゃあ、まぁ……散々お見苦しいところを見せてきたわけだし……」
伊達に一年以上一緒にいたわけではなく、一緒に居るようになってから秋人は夏実のフォローをよくしていた。
調理実習では、猫の手さえも知らない夏実が切った野菜のバランスが悪い塊を、秋人が細かく切りわけたり、科学の実験では、マッチに火をつけることができずに秋人に変わってもらうなど、全てを挙げるとなるとキリがないほどだ。
「う~ん……ごめん、ちょっと茶化しすぎた。別に不器用が悪いってわけじゃないんだし、バイトしたいならしたほうがいいと思う」
夏実の様子を見て結構気にしていることを察した秋人は、先程と打って変わったように笑顔で夏実の後押しをし始めた。
しかし、それはそれで不満そうに夏実は見つめてくる。
「不器用はだめなことでしょ……?」
「いや、この世に手の不器用な人がどれだけいると思ってるんだよ。それに、仕事とかって器用さが求められる作業よりも、器用さが求められない作業のほうが圧倒的に多いだろ? 器用さはアドバンテージになるかもしれないけど、否定的なことではないと思うんだ」
秋人も、伊達に幼い頃から母親が開く喫茶店で人を見てきてはいない。
過去にはどうしようもないほどにおっちょっこちょいの人もいたけれど、そんな人でも喫茶店を経営する上で大事な戦力だった。
だから、秋人はそこまで重く受け止めることではないと考えている。
「それに、夏実は高校に入るまでほとんどのことは周りがやってくれてたんだろ? だったら、できないことのほうが多くて当然なんだよ。これから、できるようになっていけばいいんだ」
「…………」
秋人が自分の思っていることを伝えると、夏実は俯いてしまった。
「夏実?」
「んっ……なんでもない」
秋人の呼びかけに対して夏実は首を左右に振るけれど、顔を上げようとはしなかった。
だから秋人は不安になって冬貴を見るものの、冬貴は若干優しさが入った苦笑いを浮かべて夏実を見つめていた。
そして、隣に座っている春奈が夏実の横顔を見ると、夏実の顔は真っ赤に染まっているのだった。
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