第12話「それで、私の水着姿見たいの?」

「海か、いいな」


 夏実の言葉に、秋人はニヤッと笑みを浮かべる。

 すると、男子たちの目は輝いた。


『秋人が乗り気になったのなら、自分たちにも声をかけてくれるかもしれない……!』と。


 しかし――。


「海……水着……」


 秋人が何かを言おうとして口を開いたタイミングで、春奈が表情を曇らせた。

 視線は自身の体へと向けられている。


「あっ、もしかして……春奈ちゃんは行きたくない……?」


 春奈の様子に気が付いた夏実は、不安そうに春奈へと声をかける。

 すると、春奈は首を左右に振った。


「夏実ちゃんたちとは行きたいけど……水着は、恥ずかしい……」


 どうやら、水着姿になることに躊躇しているようだ。

 春奈はどうしても注目を集めてしまう体つきをしているので、それも仕方がないのかもしれない。


「あぁ、水着の上から着れるパーカーとかもあるから、それを着るといいんじゃないかな?」

「えっ、そんなのあるの……?」


 春奈の様子を見て秋人が提案をすると、春奈は驚きながら話に喰いついた。

 だから、秋人は笑顔で頷く。


「うん、確かあったはずだよ。そうだよな、夏実?」

「うん、あるある! そっか、そうすればいいんだね!」


 秋人のバトンパスで、夏実は元気よく何度も頷いた。

 そして、何かを思いついた表情をし、笑顔で口を開いた。


「今日さ、春奈ちゃんも冬貴も塾お休みの日だよね? 放課後みんなで見に行かない? 新しい水着もほしいし!」

「おい、なんで俺には聞かないんだ?」


 自分だけ予定について何も言われなかった秋人は、嬉しそうにする夏実にツッコミを入れた。

 しかし、夏実から返ってきた表情は、『何言ってるの?』とでも言いたげなものだった。


「秋人は、絶対来るでしょ?」

「まるで、俺がいつも暇してるみたいな言い方だな……。今日、手が空いてたら店の手伝いをするつもりだったんだけど?」

「ふ~ん? こないんだ~? せっかく、私たちの水着が見られるチャンスかもしれないのに」


 秋人が断る雰囲気を見せると、夏実は意地の悪い笑みを浮かべて挑発的な視線を向けてきた。


「いや、夏実はともかく、春奈ちゃんまで引き合いに出すなよ……」


 しかし、そんな視線を向けられた秋人は呆れたように言い、夏実の視線を誘導するように春奈を見る。

 その視線に釣られた夏実は、顔を真っ赤にして俯く春奈の様子に気が付いた。


「わわ、ごめんね、春奈ちゃん……! 大丈夫、さっきのは秋人を釣るための餌だから、本当は水着姿にならなくていいんだよ……!」


 春菜に恥ずかしい思いをさせてしまった夏実は、慌ててフォローに入る。

 すると、春奈は照れながらもニコッとかわいらしい笑みを浮かべた。


「だ、大丈夫。少し想像して、恥ずかしくなっただけだから」

「そ、そっかぁ、よかったぁ」


 春奈が大丈夫そうなので、安堵した夏実はホッと胸を撫でおろす。

 そして、ふと思い出したかのように秋人に視線を向けてきた。


「それで、秋人は行くんだよね?」

「まぁ、行ってもいいのなら行くけど……」


「やっぱり、秋人はムッツリだ」

「行くのやめるぞ?」


 行くと答えた秋人だが、夏実がニヤケ顔でムッツリと言ってきたので、行くのをやめることにした。

 すると、慌てたように夏実が縋りついてくる。


「わっ、待った待った! ごめん、口が滑った!」

「それ全然謝ってないよな!?」


 秋人にツッコミを入れられ、『しまった!』と言わんばかりに口を両手で押さえる夏実。

 しかし、その目元はニヤついており、わざとやっていることが秋人にはわかった。


「くっ、こうなったら、水着姿を堪能しないと納得いかない……!」


 あまりにも馬鹿にされているので、悔しかった秋人はそう漏らしてしまう。

 すると、隣で話を聞いていた冬貴が呆れたように口を開いた。


「堂々と言うなよ、馬鹿。それと、海に行くのも水着を買いに行くのもいいけど、あまり大人数では行きたくないな。この四人で行くって認識でいいか?」

「もちろん、最初からそのつもりだけど?」


 冬貴の質問に対し、夏実はキョトンと首を傾げて答えた。

 それにより、クラス中から意気消沈した溜息が聞こえてくる。


「まぁ、大勢で行ったほうが楽しいけど、こういう場合は仕方ないよな」


 そして秋人も、夏実の言葉に同意するように頷いた。


 当然周りの様子には気が付いているけれど、秋人にとっては春夏秋冬グループが一番大切なので、春奈のことを優先したのだ。

 秋人はそのまま視線を春奈へと向ける。


「春奈ちゃんも、それでいいかな?」

「う、うん、そうだね。私もそっちのほうがいいから」


 春奈ははにかんだ笑顔で答え、全員の意見が一致した。


 それにより――他の男子たちからは溜息が漏れ、嫉妬の眼差しが秋人と冬貴に向けられるのだった。


「――ねぇねぇ、秋人」

「ん?」

「それで、ほんとは私の水着姿、見たいの?」


 昼休みが終わる直前になって、夏実はニヤニヤとしながら秋人の耳元でそう聞いてきた。

 すると、秋人は照れたようにソッポを向く。


 そして――。


「まぁ、俺も男だし……見たいよ」


 正直に、答えた。


「――っ!」


 秋人の予想外の言葉を受けた夏実は、顔を真っ赤にして息を呑む。

 その表情を見た秋人は、呆れたように口を開いた。


「なんで、聞いてきたくせに照れるんだよ……」

「だ、だって、秋人がそう答えると思わなくて……」

「これからは、あまり人を見くびらないことだな」


 そう言う秋人だったが、顔は夏実と同じくらい赤かったので、周りの女子から(いいからあんたら早く付き合えよ)と、思われるのだった。

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