第10話「存在が罪」
「――さっきは、ごめんね」
次の休み時間、教室に戻ってきた夏実はすぐに秋人の元にやってくると、申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
そんな夏実に対し、秋人は笑顔で返す。
「なんで謝るんだよ。別に迷惑とか思ってないんだからさ」
「でも、迷惑かけたし……」
「友達の体調不良を迷惑だと思う奴って、最低だと思うけどな。夏実は俺を最低な人間にしたいの?」
秋人は肩をすかして、苦笑いでそう尋ねる。
すると、夏実は唇を尖らせて拗ねた表情を浮かべた。
「秋人ってずるい」
「今更じゃん」
机に肘を付き、ニヤッと笑みを浮かべる秋人。
そんな秋人の脇腹を、夏実は軽く突っついた。
「えいっ」
「――っ!? な、何するんだよ……!」
「最近やられっぱなしだから、仕返ししとこうと思って」
「何が!?」
いったいなんの仕返しなのかわからない秋人は、ツッコミを入れずにはいられなかった。
しかし、当然夏実はその質問には答えない。
答えたら、自分が照れて悶えていたことを暴露するようなものなのだから。
「せっかくいい雰囲気だったのに……」
二人のやりとりを後ろから見ていた冬貴は、秋人に聞こえないよう気を付けながら、夏実に耳打ちをした。
すると、夏実は悔しそうに頬を膨らませる。
「だって、なんだか悔しいもん……!」
「まぁ夏実が頑張ってるのはわかるけど、相手が秋人だからな……」
「これもそれも、全部冬貴のせいなんだからね……!」
少し前に、どうして秋人が女子の好意に対して卑屈になっているか理由を知った夏実は、思わずその愚痴を冬貴に言ってしまった。
「えっ、俺何かした……?」
当然、思い当たる節がない冬貴は、困惑した表情を浮かべる。
「存在が罪」
「それは酷くないか!?」
「まぁさすがに冗談だけど……いや、あながち冗談でもないかも」
「どっちだ!?」
ふと思うことがあった夏実が言い直すと、冬貴はツッコミを入れてしまった。
クールで通っている冬貴ではあるが、幼馴染み二人相手には結構ムキになるところがあるのだ。
「いや、ね。冬貴と秋人ってみんなに謝罪すべきだと思うの」
そう言う夏実は、冬貴だけでなく秋人にもジト目を向けた。
「いったいどんな話をしてたのか知らないけど、なんで俺は今ジト目を向けられているんだ?」
冬貴の元気がいいツッコミしか聞こえなかった秋人は、不思議そうに首を傾げる。
すると、夏実はあからさまに大きな溜息を吐いた。
「はぁ~~~~~」
「おい、冬貴。もしかしなくても今、夏実の中で凄く馬鹿にされたぞ」
「だよな、それは俺も思った。夏実に馬鹿にされるのは納得がいかない」
春夏秋冬グループメンバーの学力的なことを言うと、冬貴と春奈は学年トップ争いをするほど勉強ができ、逆に夏実と秋人は運動こそ群を抜いて得意なものの、勉強は赤点ギリギリだった。
「うわ、そうやって自分勉強できますよアピールは、女子に嫌われるんだからね……!」
「別に、そうとは言ってないだろ? というか、未だにどうして夏実がこの学校に入れているのか、不思議なんだが……」
この学校は進学校であり、入学をするためのハードルは高い。
秋人なんて、歩いて通える距離の高校にどうしても通いたいという理由で、受験勉強を死ぬ気で頑張ったほどだ。
もちろん、家庭教師には冬貴を付けて。
だから秋人がこの学校にいることは冬貴にとって不思議ではないけれど、夏実の学力でこの学校に入学できたことが不思議だった。
なんせ、冬貴ですら夏実と再会したのはこの学校に入ってからなのだから。
「そ、それは……もう、とんでもないスパルタで……がんばった……」
受験の話になると、なぜか夏実は遠い目をしてしまった。
その様子から、秋人と冬貴は触れてはいけない話題だったと気が付く。
実は、秋人がこの学校に通うという情報を得た時から、夏実は超優秀な家庭教師を付けてもらったのだ。
しかし夏実の学力では到底難しく、朝から晩まで缶詰のような状況で勉強をさせられ、ギリギリ合格できていた。
そんな過去があるから、夏実にとって思い出したくないものとなっているのだ。
「冬貴の馬鹿。受験のことを思い出させるな」
「いや、悪かったよ。まさかそこまでトラウマがあるなんて思わなかったから」
「言っとくけど、俺も結構トラウマだからな? あの時の冬貴、鬼かと思うほど厳しかっただろ?」
「それは、お前がすぐに音をあげるからだろ……!」
「正直、あの時はグーパン一発くらいしても許されるんじゃないかって思った」
「逆恨みな上に、理不尽だろ!? なんで勉強教えてやったのに、殴られないといけないんだよ……!」
「いや、冬貴なら許されるかなって」
「幼馴染みを大切にしろ……!」
そうやってボケる秋人と、ツッコミを入れる冬貴。
そんな二人を、クラスメイトたちは笑って見ていた。
「ふふ」
そして、それは夏実も同じで、先程まで遠い目をしていたのに、今は微笑んでいた。
「ほら、冬貴のせいで夏実に笑われた」
「なんでもかんでも俺のせいにするな……! 最初から秋人のせいだ……!」
夏実に笑顔が戻ったので、秋人と冬貴は内心安堵しながらやりとりを続けるのだった。
――なお、このやりとりは次の授業を担当する先生が来るまでしてしまい、二人ともうるさいと叱られたのはここだけの話。
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