第9話「保健室でのトラブル」

「あれ、先生いないな……」


 ドアをノックしても返事がなかったので開けてみると、中には誰もいなかった。

 どうやら、保健室の先生はどこかに出ているようだ。


「あ、秋人、大丈夫だから。ね、教室戻ろ?」


 別に体調が悪くない夏実は、顔を赤くしながらはにかんだ笑顔で秋人に告げる。

 ただ、手は放そうとはしない。

 せっかくのチャンスを逃すほど、夏実は愚かではなかった。


「いや、まだ顔真っ赤だし、休ませてもらいなよ」


 しかし、秋人は夏実を教室に戻すつもりはないようだ。

 優しい力で夏実の手を引き、中へと入っていく。


「べ、別に、顔が赤いのは、熱のせいじゃないし……」

「えっ、じゃあなんで?」

「そ、それは……い、言わなくてもわかるでしょ……! ほんと、いじわる……!」


(心配しているのに、なんでいじわるになるんだ……?)


 秋人はそんな思いにかられながら、夏実を見つめる。

 そして考え、一つの答えを出した。


「あっ、ごめん。みんなの前で手を繋いでいたから恥ずかしかったのか」


 夏実が恥ずかしさから顔を赤くした、と思った秋人は、反射的に手を放そうとする。

 しかし、夏実が手に力を込めて、それを阻止した。


「そうだけど、そうじゃない……! 相変わらず、秋人はこういう時ずれてる……!」

「えっ、じゃ、じゃあなんなんだよ?」


 手を繋いでいたことが原因ではないと言われ、秋人は困惑してしまう。

 だけど、こうなってくると夏実は自分で説明しないといけなくなり、口が裂けても言うわけにはいかなかった。

 だから、秋人の手を握ったまま自らベッドへと向かう。


「夏実?」

「た、体調が悪いから、ベッドに入るの」


「いや、でもさっき、体調は悪くないって」

「悪いの……! 我慢して強がっていただけ……!」


 恥ずかしさを我慢してそう強がる夏実は、ベッドに腰かけた。

 そして、ベッドに横になるために足を上げると――もろに、スカートの中身が秋人には見えてしまった。

 

 別のことを考えていたが所以の、気の緩みが生んだ瞬間だ。


「――っ」


 色や形がはっきりと見えてしまった秋人は、顔を赤くして息を呑んでしまう。


(ず、随分と大人なものを履いてるんだな……)


 思わずそう考えてしまう秋人だが、秋人の様子から夏実は見られてはいけないものを見られた、と気が付いてしまった。


「~~~~~っ!」


 夏実は声にならない声を上げ、バッと布団を頭から被る。

 もう、秋人の手は放されていた。


「あ、秋人のばか……! 何ジッと見てるのよ……!」

「い、いや、今のは事故っていうか……」


 半分以上夏実のせい。


 そう言いかけた秋人だけど、反射的とはいえ自分もそちらに視線を向けてしまっていたし、夏実に恥をかかせてしまったのだから、グッと言葉を呑み込んだ。

 いい思いをしてしまったのだから、ここは甘んじて罵倒を受け入れよう。

 そう思った秋人は、ゆっくりと口を開く。


「ごめん……」

「…………」


 秋人が素直に謝ってきたので、夏実は布団から顔を半分出して秋人を見る。

 そして、秋人が申し訳ない顔をしているのを見て、夏実は頭を下げた。


「えっと、私こそごめん。別に怒ったわけじゃないから……」

「そうなのか……? 夏実が怒るのは当たり前だと思うけど……」

「う、うぅん、怒ってない。ただ、恥ずかしかったから過剰に言っちゃっただけで」


 そう言って、夏実は照れたようにはにかんだ笑顔を見せた。

 秋人は一瞬ドキッとするものの、先程少なからず夏実を傷つけた負い目から目を逸らしてしまう。


「ま、まぁ、今後はちょっと気を付けるよ」

「あっ、うん、それは……」


 そう言いかけて、ふと思い留まる夏実。


 ここで秋人が気を遣ってくれるのはありがたい。


 しかし、この気を付けるとは、変な壁を作られるのではないか?

 よそよそしくなり、自分たちの間に溝ができるのではないか?


 そうなれば、全てが台無しだ。


 そういう考えが一瞬にして頭を過り、夏実は慌てて口を開いた。


「だ、大丈夫……! 変に気遣ってくれないくていいから……!」

「えっ、だけど……」

「大丈夫だから……! 秋人が変に考えるとややこしくなるから、大丈夫だから……!」

「何が……?」

「いいから! 気にしなくていいから!」


 顔を赤くしながら両手を顔の前で振る夏実。

 そんな夏実を前にした秋人は、戸惑いを隠せないけれど、夏実が触れてほしくないようなので話を終わらせることにした。


「じゃあ、戻るな」

「えっ……」


 秋人が席を立つと、夏実は寂しそうな表情を浮かべた。

 それに気が付いた秋人は、もう一度腰を下ろす。


「あれ……? 行かないの……?」

「いや、説明する奴が必要だろうから、保健の先生が戻ってくるまで待つよ」

「でも、授業……」

「まぁ、たまにはいいだろ。夏実は気にせず、休みなよ」


 秋人は、そう言って優しい笑顔を夏実に向けた。

 すると、夏実は別の意味でまた顔を赤くし、恥ずかしさを誤魔化すように寝転がる。


 そして、二人は保健室の先生が戻ってくるまで、仲良く雑談をするのだった。


 ――なお、途中で夏実が『秋人はムッツリ』という話題を持ち出し、言い繕おうとする秋人に『えっち』というジト目を向けたのは、ここだけの話だ。

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