第8話「堂々と手を繋いで歩くカップル」
「――えっ、好きなタイプ?」
休み時間、冬貴と一緒に友達数人と話していた秋人は、突然聞かれたことを聞き返した。
「あぁ、実際秋人ってどんな人がタイプなのかなって」
「いや、どんな人って言われても……冬貴はどうなんだ?」
「なんで、俺に話を振るんだよ……」
なんとなく答えるのが嫌だった秋人が冬貴にバトンパスすると、冬貴はとても嫌そうな顔をした。
「思ったんだけど、俺たち今までこんな会話してこなかったなって。だから冬貴ってどんな子が好きなのか気になった」
「じゃあ、まずは秋人が答えろよ」
人に聞くならまずは自分のことを言え。
そういう精神で冬貴がバトンを戻すと、秋人は困ったような表情を浮かべた。
「とはいってもな……好きになった人が、好みのタイプなんじゃないか?」
「うわ、出たよ! お前そういう逃げ方はずりぃんだぞ!」
「そうだそうだ! 男なら堂々と答えろよ!」
まじめに考えて答えたのに、即座に男子たちから文句を言われる秋人。
全員ブーブーと、子供のようにブーイングをしていた。
(でも、好みっていうほどこだわりってないんだよな……)
秋人は別に、人を見た目で判断したりはしない。
だから、とりあえず性格面で考えることにした。
「そうだな……やっぱり、清楚系で優しい女の子がいいかな」
――そう何気なく答えた一言。
しかし、その言葉を聞いた冬貴と、秋人に気付かれないようチラチラと視線を向けてきていた夏実は、凄く驚いた表情を浮かべた。
夏実の隣には春奈も座っており、冬貴はゆっくりと視線を夏実と春奈に向ける。
すると、夏実は絶望したように顔を真っ青にし、逆に春奈は興味深そうに秋人を見つめていた。
「な、なぁ、秋人。お前、清楚系の子が好きだったのか……?」
「なんでそんな声を震わせてるんだよ? 何かおかしいかな?」
ダラダラと冷や汗をかきながら聞いてきた冬貴に対し、秋人は不思議そうに首を傾げた。
どうして冬貴が焦っているのか、それを秋人はわかっていない。
「い、いや、だって……秋人って、そんなこと言わなかったし……」
「だからさっき、今までこういう話をしてこなかったなって言ったんじゃん」
「そ、そうだったな。でも、まさか……清楚系で、優しい女の子が好きだとは思わなかったよ……」
「むしろ、王道じゃないか……?」
「それは……そうだけど――」
秋人の言葉に対し、言い淀む冬貴。
そんな冬貴を不思議そうに見ていると、思わぬところから声をかけられた。
「――秋人君」
「えっ……?」
自分の名前を呼んだ声に反応し、秋人が戸惑いながら振り向くと――そこには、ニコッと笑みを浮かべた夏実が立っていた。
「今の、夏実……?」
声色と、声が聞こえてきた方向から夏実が呼んだのだと察した秋人は、首を傾げながら夏実に尋ねる。
すると、夏実はコクリと頷き、上品な笑みを浮かべた。
「どうかなさいましたか、秋人君?」
「――っ」
まるでお嬢様かと思うような、丁寧な言葉遣い。
胸元のボタンもしっかりと留め、普段短めなスカートも膝元まで伸ばされていた。
明らかに普段とは違う夏実の様子に、秋人は困惑しながら冬貴を見る。
すると、視線を向けた先にいた冬貴は、なぜか頭を抱えていた。
「ふ、冬貴?」
「知らない。秋人が悪い」
思わず冬貴に助けを求めようとした秋人だが、冬貴はあっさりと突き放してきた。
もう投げやりという感じだ。
「いや、なんで俺が悪いんだよ……」
「自分の言動を思い出せ」
「はぁ……? えっと、確か――」
「まぁまぁ、よろしいではないですか、秋人君。細かいことは気にしないでおきましょうよ」
冬貴に言われた通り秋人が思い出そうとすると、即座に夏実が話に割り込んできた。
まるで、それ以上思い出すな、と言わんばかりに。
「あの、夏実? どうしたんだ? 頭でも打ったのか?」
「酷いです、秋人君。私、普通ですよ?」
様子の急変に戸惑う秋人に対し、夏実は悲しそうに目を伏せ、口元に手を当てた。
その態度がなんだか弱々しく見え、まるで別人のように錯覚してしまう。
「な、なぁ、この上品な新海さんもよくないか……?」
「あ、あぁ、かわいいよな……」
秋人の後ろからは、そんな無責任な声が聞こえてくる。
確かに、元々夏海がかわいいこともあり、上品な夏実はかわいく見えた。
しかし、一年生の時からずっと一緒にいた秋人には、夏実の態度は違和感しかなく、今すぐにでもこのやりとりを終わらせたかった。
「は、春奈ちゃん? 夏実どうしたの……?」
とりあえず、現状もっとも話が通じそうな春奈に尋ねてみる。
春奈は急に話を振られて戸惑うものの、夏実に視線を向けて口を開いた。
「努力……?」
そして、小首を傾げながらわけがわからないことを答えた。
「ど、努力? どういうこと?」
「私に聞かれても……」
春奈は困ったように笑い、今度は首を左右に振った。
詳しくはわからない、ということなのかもしれない。
「秋人君、さっきからおかしなことをおっしゃっていますね。私は元からこんな感じですよ? だって、お嬢様ですから」
急に、『自分はお嬢様だから、今までもこの喋り方だった』と主張する夏実。
自分で『お嬢様』というお嬢様がどこにいるんだ、と秋人は内心思うものの、実はこれは、嘘ではなかった。
このクラスではもう全員が知っているが、夏実は結構いいところのお嬢様なのだ。
ちなみに、今は一人暮らしをしている。
「いや、だからって……口調、全然違うじゃん……」
「いえいえ、こんな感じでしたよ?」
そんなことありえない、ということを当然わかっている秋人は、これも夏実のからかいじゃないかと考える。
しかし、夏実が急にこんな態度になった理由がわからないので、一応熱がないことを確認するため、秋人は夏実の額に手を伸ばした。
「――っ!?」
急に秋人に額を触られた夏実は、急激に顔を赤くした。
そんな夏実を見つめながら、秋人は心配そうに夏実の顔を覗き込む。
「おかしいと思ったら、熱あるじゃん……! しかも、凄く熱い……!」
「あっ、いや、あの、その、これは……!」
「ごめん、冬貴。ちょっと夏実を保健室に連れていってくるわ」
秋人は夏実の手を優しく掴み、行き場所を冬貴に伝える。
冬貴は動揺した様子もなく、半ば呆れたように頷いた。
「ほら、行こう夏実」
「いや、だから、あの……!」
「とりあえず、保健室で寝かせてもらいなよ。こんなに熱かったら心配だ」
秋人は痛くないよう力に気を付けながら、優しく夏実を連れ出した。
そして廊下で雑談する生徒たちの間を拭いながら、保健室を目指して歩いていく。
おかげで、顔を真っ赤にして俯く夏実と、その夏海の手を優しく掴む明人は、多くの生徒から注目の的になるのだった。
――後にこの秋人の行動により、校内を堂々と手を繋いで歩いていたカップルがいる、と瞬く間に秋人と夏実の噂は広がるのだが、そのことを本人たちが知るのは少し先だ。
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