第7話「大切だから」
「――ねぇねぇ、夏実ちゃんと紅葉君、今日二人だけで仲良く登校してたよね?」
一限目が終わった後、夏実はたちまち女子たちに囲まれてしまった。
そして囲んだ女子たちは、ニマニマとした表情で夏実のことを見つめている。
「あっ……えっと……」
「何々? もう二人そこまでいっちゃった?」
「さすがの紅葉君も、夏実ちゃんの猛アタックで気持ちに気付いたのかな?」
顔を赤くして夏実は何かを言おうとするが、それよりも先に友人たちが捲くし立ててきてうまく話せない。
「いや、だから……!」
「教室に入ってきた時の夏実ちゃん、幸せそうな顔してたもんね」
「うんうん、めちゃくちゃ嬉しそうだった」
「別に、まだそういうんじゃ……!」
「まだ! まだって言った!」
「つまり、夏実ちゃんはもうそうなる気満々!」
「~~~~~っ!」
夏実の失言により、更に盛り上がってしまう女子たち。
それにより夏実は顔を真っ赤にして両手で隠してしまった。
見た目や明るい性格からギャルのように見られる夏実だが、内心はウブで恥ずかしがり屋な女の子なのだ。
普段は秋人の気を引くために頑張っているだけで、こんな質問攻めに耐えられるほど心は強くなかった。
――しかし、照れて悶える夏実の態度は、周りを更に熱くする。
「照れてる夏実ちゃんかわいすぎ!」
「あぁ、もう! こんな夏実ちゃんを好き放題できる紅葉君が羨ましいよ!」
悶える夏実のことをニマニマ顔で見つめる女子たち。
夏実は恥ずかしさから穴に入りたい気分になった。
「ねぇねぇ、それでどこまで進んだの?」
「チューは? チューはもうした?」
夏実が答えられないのをいいことに、女子たちは勝手に妄想を広げて夏実に尋ねてくる。
その表情は期待に満ちており、夏実の話を聞きたいと急かしているようだった。
「だから、そんなのしてないって……!」
夏実は真っ赤になった顔を両手で押さえながら、首を左右に振る。
すると、途端に周りからは残念な溜息が出た。
「夏海ちゃん、そこは押し切らないと……!」
「そうだよ、いい雰囲気になったら、そのまま押し倒しちゃうんだよ……!」
「それ、男子と女子の立場逆でしょ……」
「でも、夏実ちゃんたちの立ち位置的にそうじゃない?」
「それは……そうだけど……」
友人から指摘をされ、夏実は反論の言葉が出てこなかった。
一年生の時から夏実は秋人にアタックをしており、逆に秋人から何かを夏実に仕掛けてきたことはない。
必然、周りが自分たちにどのようなイメージを抱いているのか、さすがの夏実も理解している。
「ねぇ、やっぱりグイグイいく女の子ってだめなのかな……?」
ふと、そんな考えが頭を過った夏実は、不安そうに尋ねてしまった。
すると、友人たちはキョトンッとした表情でお互いの顔を見つめ、そして不思議そうに夏実の顔に視線を戻す。
「何言ってるの? そんなわけないじゃん」
「えっ?」
「まぁ人によるだろうけど、少なくとも夏実ちゃんが紅葉君にグイグイいくのは、いいと思うよ?」
「どうして……?」
友人たちの思わぬ言葉に、夏実は聞き返さずにはいられなかった。
もちろん、夏実は秋人に好きになってもらおうと思ってグイグイアタックしている。
しかし、秋人がそれを嫌がっている可能性を拭いされなかった。
それは、秋人が夏実の行動に対して怒るからだ。
「いや、だってさ……嫌だったら、紅葉君が夏実ちゃんと一緒にいるわけないじゃん」
「そうそう、紅葉君率先してみんなを引っ張るだけあって、嫌な相手には嫌ってはっきり言うもん」
「でも、夏実ちゃんに対しては遠ざけるどころか、いつも一緒にいるでしょ? それが、答えだよ」
夏実に対し、友人たちは優しい笑顔でそう言ってきた。
その言葉を受けた夏実は、思わず胸が熱くなってしまう。
「紅葉君の夏実ちゃんに対するあの態度は、ただの照れ隠しでしょ!」
「そうそう! だっていつも顔真っ赤だし!」
「まぁでも、あそこまでアタックされてて、夏実ちゃんの気持ちに気付かないのはどうかと思うけどね~」
夏実が嬉しそうに胸を押さえていると、急に友人たちは秋人の態度に対して言い始めた。
現在秋人は別クラスの友人に用事があるということで教室を出ており、本人がいないのをいいことに好き放題言っているようだ。
ちなみに、このクラスで夏実の気持ちを知らないのは秋人だけだ、ということを知らないのは、夏実と秋人だけだったりする。
「ちょ、ちょっと、みんな! 声が大きいよ!」
「あ~、ごめんごめん。でもさ、やっぱりちょっとな~って思うよね」
「あっ、そういえば、紅葉君って吹雪君の幼馴染みじゃん? 吹雪君が小さい頃からモテてるから、女子から見られる自分を卑下してるっていうのを聞いたことがあるよ!」
「えっ、それどこ情報?」
どう頑張っても秋人は自分の気持ちに気付いてくれない。
その思いがあった夏実は、思わぬ原因が知れそうだとわかり、前のめりに喰いついてしまった。
「ち、近いよ夏実ちゃん……。えっとね――他のクラスにいる、紅葉君たちの同中の子が言ってたんだけど……ほら、吹雪君ってめっちゃモテるじゃん? だから一緒にいるせいで目立たないんだけど、意外と中学時代は紅葉君も人気があったみたいなの」
「えぇ!?」
思わぬ情報が出てきたため、夏実は思わず大声を上げて驚いてしまう。
しかし、友人はその反応を織り込み済みだったのか、気にせず話を続けた。
「それで、ちょくちょく紅葉君にアタックする子やバレンタインチョコを渡そうとする子がいたんだって。でも紅葉君、それは吹雪君に近付く口実だったり、チョコを代わりに吹雪君に渡してもらいたいんだなっていつも勘違いしてたらしいの。だから見兼ねたその友達が怒って理由を聞いたら、幼い頃から吹雪君ばかりモテて、そういうふうに接してくる女の子が多かったからって答えたらしいよ」
「何、それ……」
秋人の過去話を聞いた夏実は、言いようのない気持ちを抱く。
女子の好意を無下にし続けた秋人に腹が立つ半面、自分以外にも秋人を好きな子がいるという事実を知って焦りを抱いた。
「ち、ちなみに、その近付いてた女の子たちって……」
「あぁ、大丈夫。みんな別の高校行ったらしいから」
「そ、そっか……」
「それにうちの高校だと、一年生の時から夏実ちゃんがアタックしてるおかげで、紅葉君は夏実ちゃんのものってみんな思ってるから、手を出そうとする子はいないと思うよ」
「あ、あはは……」
それは喜んでいいのかどうか、夏実にはわからなかった。
秋人に特定の相手ができなかったり、恋のライバルができないのは嬉しいけれど、自分は他の女子から見たら嫌な奴なのではないか、という不安が出てきたのだ。
「心配しなくても大丈夫だって! 今日なんてみんなの前でイチャイチャ登校してきたわけだし!」
「――っ!?」
「そうそう、楽しそうに話しながらね。もうみんな、夏実ちゃんたちが付き合ってると思ってるよ」
どうやら夏実の苦笑いの意味を勘違いしたらしく、友人たちは今朝のことをまた持ち出してきた。
「てか、本当はやっぱり付き合ってるんじゃないの?」
「うんうん、白状しちゃいなよ~」
そして、またニマニマとした表情で夏実のことをからかい始めた。
「だから、付き合ってないんだってば……!」
「ほんとかにゃ~?」
「あやしいにゃ~?」
「もう、悪ノリして……!」
猫語を混ぜてニマニマとする友人たちに、夏実は顔を真っ赤にして文句を言う。
しかし、友人たちは止まらない。
「でも、とても楽しそうに紅葉君と一緒に登校――」
「――あれは、たまたま鉢合わせしただけだよ?」
「「「――っ!?」」」
夏実を中心に盛り上がっていた、女子たちの背後から急に聞こえてきた声。
その場にいた女子たちが驚いて声がしたほうを見ると、呆れた表情をした秋人が立っていた。
「あ、秋人……」
「楽しそうなのはいいけど、人が嫌がることはしないほうがいいよ。夏実、嫌そうじゃん」
「あっ、でも、これは雑談してただけっていうか……」
「そうそう、別に嫌がらせでしてるわけじゃないし……」
秋人の登場で、女子たちは焦りながら視線を彷徨わせる。
そんな女子たちに、秋人は笑顔を返した。
「うん、みんなが夏実と友達なのは知ってるから、嫌がらせでしてるとは思ってないよ? でもさ、無意識にやってることでも相手を傷つけることってどうしてもあるじゃん? 女子がこういう話が好きだってのはわかるけど、あまり話を聞かずに周りが煽ると本人は辛いと思うんだ。夏実だって、否定してたんでしょ?」
「そ、それは……。ち、ちなみに、どこから話を聞いて……?」
「いや、今戻ってきたばかりだけど、なんとなく聞こえてきた会話と、夏実の赤い顔見て、今朝の登校のこと言われたのかなって」
「「「…………」」」
(((なんで、こういう時だけ察しがいいの……!)))
秋人の言葉を聞いたこの場にいる全員は、そう思ってしまった。
そんな視線を受ける秋人はといえば、先程の笑顔とは違う優しい笑顔を返した。
「まぁ、話に割り込んで悪かったよ。だけど、夏実は大切な友達だから、あまり傷つけるようなことはしてほしくないんだ」
秋人はそう言うと、夏実の隣である自分の席へと着いた。
そして、秋人の言葉を受けた女子たちはといえば――。
(((ここで、その笑顔は反則だよ……)))
全員、頬を赤くしながら、机にうつ伏せとなって悶えている夏実を見つめるのだった。
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