第6話「二人だけの時間」

「――なんで、いるの……?」


 夏実のからかいが増した次の日の朝、玄関を出た秋人はここにいないはずの人物が立っていたので思わずそう尋ねてしまった。

 その人物は、冬貴の隣に立ってニコニコの笑顔で秋人を見つめている。


「迎えに来てみた」

「迎えに来てみた、じゃないよ! おかしくないか!?」


 てへっ、とでも言いそうな態度で首を傾げる夏実に対し、秋人は間髪入れずにツッコミを入れてしまう。

 冬貴は同じ団地に住んでいるので毎日一緒に通っているのだが、夏実は一駅隣の町から学校に通っているため、今まで迎えに来たことなどないのだ。

 それなのにここにいるということは、嫌でも昨日のからかいの延長だということを考えてしまう。


「いいじゃない、たまにはこういうことがあっても」


 夏実はニコニコの笑顔のまま、嬉しそうに秋人に近付いてくる。

 昨日の数々の羞恥に関してはもう忘れた、とでもいうかのように、ご機嫌な様子だ。

 夏実が何を考えているかわからない秋人は、困ったように冬貴へと視線を向ける。


 すると、冬貴は右手を上げて秋人から遠ざかっていた。


「じゃ、俺先に行くから」

「はぁ!? おい、冬貴――って、本当に行きやがった!」


 冬貴を呼び止めようとした秋人だったけれど、冬貴は脱兎の如く走り去ってしまった。

 運動を苦手としていたはずの親友の、あまりの逃げ足の速さに、秋人は唖然としてしまう。

 そんな秋人の横には、秋人と二人きりになって更にご機嫌となった夏実がいた。


「私たちも行こっか? あまりモタモタとしてると遅刻するし」

「あ、あぁ、そうだけど……」


 二人きりになっても気にしていない夏実に対し、秋人は戸惑いを隠せない。

 昨日から夏実の様子はどこか変な気がしている。


 ――しかし、元々夏実は秋人をからかってくる人間だったため、やはりこれもからかいの延長戦上のような気がしてならなかった。


「まぁ、いっか」


 だから、今回は酷くからかってきているわけでもないので、秋人は夏実と一緒に登校することにした。


「一年生の時からよく一緒にいるのに、こうやって登校するのは初めてだね? 下校はよく一緒に帰ってるけど」

「まぁ、朝って待ち合わせしない限り、なかなか会わないもんな」


 秋人を始めとした春夏秋冬グループの四人は、仲がいいため放課後は一緒に帰ったり、遊びに行ったりする。

 しかし、家が近いのは秋人と冬貴だけで、夏実と春奈は別の駅から来ていた。


 そのため、朝は別々で登校しているのだ。


「待ち合わせすればいいのに」

「そこまですると、窮屈じゃないか? 春奈ちゃんとか困りそうだろ」

「なんで?」


「なんでって……夏実も知ってるだろうけど、俺や冬貴と、春奈ちゃんって同じ中学校だっただろ? あの子、中学の時から男子のことが苦手な節があるんだよな」


 秋人が抱く春菜の印象は、気の弱い女の子、というものだった。

 それは、中学の頃男子に話しかけられる度にビクついていたり、男子と話す際に怯えているような表情をしていたのが原因だ。


 今は比較的マシになっているようにも思うけど、だからといって男性恐怖症みたいなのが治っているようにも思えなかった。


「そうかな? それだったら、秋人や冬貴と一緒にいないと思うけど……」

「それは、夏実が俺たちと一緒にいるからだろ?」


「えっ? 私関係なくない? だって、春奈ちゃんと話すようになったの、秋人たちと一緒にいるようになってからだもん」

「あれ? そうだっけ?」


「うん。じゃないと、高校から一緒になった私には、春菜ちゃんと話すキッカケがないじゃん」


 夏実に指摘され、秋人はそうだったかもしれない、と思い直した。

 コミュ力が高い夏実だから自然に春奈と仲良くなっている気もしなくはないけれど、記憶の切れ端によそよそしかった春奈のほうが、夏実よりも早く一緒にいた記憶がある。


「そういえば、あれか。同じ中学の奴がクラスに俺と冬貴しかいなかったから、春奈ちゃんが俺たちについて歩いていたのか」

「その辺は知らないけど……まぁ、仲いいんだなぁとは思ってた」

「もしかしたら、春奈ちゃんって冬貴のことが好きなのかな?」

「えっ、なんで!?」


 秋人から思わぬ言葉が出てきて、夏実は驚いたように秋人の顔を見つめる。


「いや、さ。冬貴ってイケメンじゃん? それに、勉強もめっちゃできるし。だから結構モテてるし、春奈ちゃんも好きなのかなって」

「ふ~ん……まぁ、それならいいんだけどね……。冬貴のためにも……」

「えっ?」


 なんだか思うところがありそうな夏実の言葉に、秋人は首を傾げる。

 しかし、夏実は笑顔で首を横に振った。


「うぅん、なんでもない。ただ、春奈ちゃんは冬貴のことを好きにはなってないと思うなぁ」

「どうしてそう思うんだ?」

「う~ん? なんとなく?」

「なんだそれ」


 かわいらしく小首を傾げて笑顔を見せた夏実に、秋人は笑顔でツッコミを入れた。

 夏実はそれに笑顔で返すが、秋人の視線が自分から外れたのを確認して俯いてしまう。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……本当に好きだったら、くっつけるのに苦労してないもん……」


 秋人に聞こえないよう小さくボソッと呟いた夏実。

 その表情は、暗かった。


「――夏実」

「えっ――きゃっ」


 夏実が俯いて歩いていると、突然秋人が夏実の肩を掴み、グッと自分のほうへと抱き寄せた。

 それにより夏実は顔を真っ赤にして、秋人を見上げる。


「な、ななな――!」


 動揺を隠せず秋人に何かを言おうとする夏実。

 その直後、車が勢いよく夏実の脇を通り過ぎた。


「危ないな……こんな細い道を飛ばすなよ……」

「えっ……?」

「悪い、俺が車道側を歩いとけばよかった。場所変わろう」


 秋人はそれだけ言うと、夏実の左手側へと回り込んだ。

 それにより、どうして先程抱き寄せられたのかを理解する夏実。


「あっ、えっと……ありがと……」


 夏実は自身の胸に右手を当て、俯きながら秋人にお礼を言った。


「いや、これくらい普通なことだし」


 夏実にお礼を言われたことで秋人は若干照れ、ソッポを向きながらそれに答える。

 夏実はそんな秋人を上目遣いに見つめ、小さく口を開いた。


「ほんと、秋人ってかっこいい……」


「えっ? なんか言った?」

「う、うぅん、なんでもないよ……!」


 夏実の独り言を聞き取れなかった秋人が聞くと、夏実は笑顔で首を左右に振って誤魔化した。

 そして、赤くした顔のまま秋人の手を取る。


「そ、それよりも、早く行こ!」

「あっ、ちょっ……!」

「ほらほら、早くしないと遅刻しちゃうよ……!」


 急に手を繋がれて顔を赤くした秋人は、他の学生と鉢合わせするまで夏実に手を引っ張られることになるのだった。

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