第5話「水着・羞恥心・責任」

「――なんで、最後の授業が水泳なんだ……」


 六時間目――更衣室で水着へと着替えながら、秋人は隣にいる冬貴に愚痴をこぼす。

 そんな秋人に対し、冬貴は呆れたように溜息を吐いた。


「そう言いながら、どうせプールに入るとはしゃぐんだろ?」

「俺を子供みたいに言うのはやめてくれるか?」

「子供だろ?」


「「…………」」


 急に無言で取っ組み合いを始める二人。

 いつも一緒にいるほど仲がいい二人だが、付き合いが長いせいでこういう取っ組み合いはよくやっていた。


「秋人たち、馬鹿なことしてないでさっさと行こうぜ! 折角女子たちの水着姿が見れるんだからさ!」

「ほんとほんと! そんなことするよりも、若草ちゃんの水着姿見たほうが絶対いいしな!」


 秋人と冬貴が取っ組み合う姿を横目に、クラスメイトたちは意気揚々と更衣室を出て行った。

 その男子たちのほとんどの目当ては、小柄で童顔な見た目には似合わない、大きな胸を持つ春奈だ。

 当然、他の女子たちの水着姿も楽しみにしているが、思春期の彼らにとって春奈の水着姿が一番刺激的だった。


「う~ん……あいつらの言うこともわかるけど、そんなあからさまなのはどうなんだ……? なぁ、冬貴? ……冬貴?」


 鼻の下を伸ばして出ていく男子たちを横目に、秋人は冬貴に話しかけるが、現在組み合っている冬貴の雰囲気がおかしいことに気が付いた。


「あいつら、春奈ちゃんをなんて目で見ようとしているんだ……」

「冬貴?」

「悪い、秋人! 俺も行ってくる!」

「あっ、おい――って、聞いてないな……」


 秋人の呼びかけは届かず、冬貴は更衣室を出て行ってしまった。

 一人取り残された秋人は、なんともいえない気持ちで更衣室を出る。

 すると、少し離れた更衣室から夏実たちが出てきた。


「あれ、秋人一人じゃん。珍しいね」

「あぁ、あいつら、なんかはしゃいで――っ」


 夏実に視線を移した秋人は、思わず息を呑んでしまう。

 当然のことだが、目の前にいる夏実は既にスクール水着に着替えていた。


 いつもは制服で見えない部分の、白くて綺麗な肌が惜しみなくさらされており、思わず秋人は綺麗な太ももに目を奪われてしまう。

 そんな秋人の様子を見た夏実は、秋人の目を追って自分の太ももを見た。

 そして、急激に顔を赤くし、持っているバスタオルでバッと体を隠そうとするが――。


「…………」


 夏実は恥ずかしいのを我慢して、バスタオルごと両手を体の後ろに回した。

 そして、胸を強調するような体勢でゆっくりと秋人に近付いてくる。


「な、夏実?」

「ふふ、秋人、今どこを見てたのかな~?」


 戸惑う秋人に対し、夏実はニヤニヤとしながら上目遣いに秋人のことを見つめてきた。

 後ろでは春奈を始めとした女子たちが秋人たちを見つめているのだが、どうやら夏実は気にしていないようだ。


「ど、どこって、別に夏実の顔を見ていたけど……」

「ほんとうかな~? なんだか、随分と下を見ていたようだけど?」

「――っ! そ、それは、あれだよ。虫がいたんだ」


 顔を赤くしながらもいじわるな表情で見つめてくる夏実を前に、秋人は慌てて言い繕う。

 しかし、それが嘘だとわかっている夏実には効かなかった。


「へぇ~? でも、太ももの当たりに随分と熱っぽい視線を感じた気がするな~?」

「だ、だから、そこに虫がいて……」

「ん~? だったら、私が気付くと思うんだけど~?」


 夏実は秋人の嘘を直接指摘するのではなく、わざわざ逃げ道を潰すやり方で追い詰めていく。

 元から無理な嘘だったけれど、秋人に自分で夏実のどこを見ていたのかを言わせたいようだ。


「――ねぇ、なんか昼休みくらいから夏実ちゃんやけに積極的になったよね? 前からわかりやすかったけど、なんだか羞恥心を捨ててまでアタックしてる感じ」

「だよね? まぁ、でもいいんじゃない。紅葉君ってすっごく鈍感みたいだし」


「確かに、なんで夏実ちゃんの気持ちに気付かないんだって文句を言いたくなるもんね。それに、意外と受けに回ると弱いし」

「これはもう、二人がくっつくのは時間の問題かな?」


 夏実たちを見ていた女子たちは、そう口々に言葉を交わす。

 夏実は明るくて活発的なため、男子だけではなく女子からも人気だ。

 だから、必然女子たちは彼女を応援している。


「…………」


 そんな中、一人だけバスタオルを肩から被っている春奈は、一人だけ複雑そうな表情をしていた。

 今もなお顔を赤くしながらやりとりしている秋人たちをジッと見つめ、一人考えごとに更けている。


「あれ? どったの春ちゃん? お腹でも痛い?」

「えっ? う、うぅん、大丈夫だよ」


「そう? 体調悪いんだったら休んでたほうが――」

「ばか、違うでしょ。春奈ちゃんは、これから男子たちの視線を集めちゃうから憂鬱なんだよ」


「あ~! 春ちゃんのは正直凄く羨ましいけど、こういう時大変だよね……。私たちがちゃんと壁になってあげるから、安心しなよ」


 どうやら、春奈が何かを言わなくても、暗い表情に対して勝手に勘違いしてくれたようだ。

 春菜はそれに対して余計なことは言わず、再度秋人たちに視線を戻した。


 すると、ちょうど羞恥心の限界だったらしき秋人が、夏実を遠ざけようとしていたらしく――。


「い、いい加減にしろよ――あっ」


 払う仕草をした秋人の手が、彼氏以外は絶対に触ってはいけないところ――胸に、触れてしまった。


「「「「「…………」」」」」


 その光景はこの場にいた全員が目撃しており、沈黙がこの空間を支配する。

 そしてその沈黙を破ったのは、顔を真っ赤にしてブルブルと全身を震わせている夏実だった。


「~~~~~っ! あ、秋人の、ばかぁあああああ!」

「あっ、おい、夏実!」

「もうお嫁にいけないぃいいいいい!」


 駆け出した夏実に対して手を伸ばした秋人だが、運動神経がいい夏実は一瞬にして秋人の手が届かないところまで行ってしまった。


 そして戸惑う秋人の肩に、ポンッと誰かが手を置く。

 恐る恐る秋人が振り返ると――そこには、素敵な笑みを浮かべるスクール水着姿の女子たちが立っていた。


「責任……取るよね、紅葉君?」


 笑みを浮かべながら異様な雰囲気を放つ女子たちにそう迫られ、秋人は少しの間女子が怖くなるのだった。

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