第3話「あ~ん、してあげる……!」
「そういえば春奈ちゃんって、いつもかわいい服を――」
「――あ~き~と!」
「――っ!?」
夏実たちが席を離れたので春奈と雑談をしていた秋人は、ご機嫌な様子の夏実の声に驚いてしまう。
見れば、夏実はとても嬉しそうな表情で近寄ってきていた。
「な、なんでそんなにご機嫌なんだ……?」
今まで見たことがないといっても過言ではない夏実の様子に、秋人は恐る恐る尋ねてみる。
すると、夏実は不思議そうに小首を傾げた。
「別に、いつも通りだけど?」
「どこが……」
明らかに夏実の様子が違うので、秋人は怪訝に思いながら冬貴に視線を向ける。
いったいどんな会話をしてきたのか。
それが気になった。
「…………」
しかし冬貴は、なんともいえない表情で目を背けてしまう。
それによって秋人は余計に疑うが、そんな秋人の前になぜか夏海が箸を突き出してきた。
突き出された箸には、フワフワとした卵焼きが挟まれている。
「こ、これは……?」
「秋人、あ~んしてあげる」
「なっ!?」
みんながいる教室の中、夏実が思わぬ行動をしてきたので秋人は思わず大声を上げてしまう。
それにより教室内の視線が全て秋人に注がれ、そして夏実がしようとしていることに全員が気が付いた。
「ま、またそうやってからかってくる……! なんでそう悪ふざけするんだよ……!」
秋人は顔を赤くしながら、夏実に対して怒ってしまう。
普段夏実は秋人に対して『彼女できないでしょ? 私が彼女になってあげよっか?』というふうに、度々からかってきていた。
だから、秋人は今回もそのからかいだと捉えてしまったのだ。
「ち、違うよ! 本当にやってあげるって!」
「嘘だ……! そう言って口を開いたら、自分のほうに箸をUターンさせて自分で食べるんだろ……!」
「あんた私のこと疑いすぎじゃない!?」
「今までの自分の行動を振り返ってみろよ……!」
秋人にそう言われ、夏実はグッと言葉を飲みこんで過去の自分の行動を思い出す。
そして――。
「お、男が細かいことを気にしない……!」
「その反応、自分でも思い当たる節があったんだろ……!」
「いいから、食べてよ……!」
誤魔化すようにグイグイと箸を押し付けてくる夏実。
秋人はそれを避けながら、この状況を回避すべくある案を思い付いた。
「だ、だったら、俺がしてやるよ」
秋人は伸ばしてきている夏実の手を優しく掴み、夏実の手から箸を奪い盗った。
そして、そのまま夏実の口へと持っていく。
しかし――夏実の反応は、秋人の予想を超えていた。
「い、いいの……?」
夏実は恥ずかしがったり嫌がったりするんじゃなく、秋人の様子を窺うように上目遣いで聞いてきたのだ。
「えっと……」
「あ~ん」
「…………」
頬をほんのりと染めて、まるで親鳥に餌をもらう雛鳥のように小さく口を開ける夏実。
目は瞑っており、秋人が口に卵焼きを入れてくれるのを、今か今かと待ち構えていた。
まさかこうなるとは思っていなかった秋人は、困ったように周りに視線を向ける。
すると、春奈をはじめとしたクラス中の女子たちが口元を手で押さえたり、両頬を手で押さえたりなどして、期待するような目を向けてきていた。
逆に男子は、嫉妬にまみれた表情で、ジッと秋人を見つめている。
男子はともかく、女子はこの後の展開をかなり期待しているようだ。
さすがにここで冗談だと秋人が言えば、女子からの大バッシングは免れない。
ましてや、秋人はクラス内で周りを扇動して楽しそうなイベントを起こす、扇動者という位置づけだ。
それなのにここで臆しようものなら、今後クラスでの立ち位置が危うくなる。
だから、秋人にもう逃げ場はなかった。
「な、夏実、後悔しても知らないぞ……?」
「しない! しないから早く!」
一縷の望みを抱いて夏実に確認をした秋人だが、夏実は一生懸命首を縦に振って再度口を開いた。
それにより、秋人は覚悟を決める。
「わ、わかった……。いくぞ……」
恐る恐る――そして、間違っても口の中にぶつけないよう慎重に、秋人は夏実の口へと卵焼きを入れた。
口の中に卵焼きが入ったとわかると、夏実はパクッと口を閉ざす。
モグモグと卵焼きを噛みしめ、ゴクンッと飲みこんだ。
そして、にへぇと幸せそうに頬を緩ませる。
夏実が笑みを浮かべた瞬間、教室内は大きな声で包まれた。
阿鼻叫喚とする男子たちの声と、歓喜する女子たちの声だ。
「な、何この状況……?」
さすがの夏実もクラス内がこれだけうるさくなれば周りの状況に気が付く。
だから傍で顔を赤くしている春奈に尋ねたのだが、春奈は恥ずかしそうに両手で口を押さえた状態で、ゆっくりと口を開いた。
「な、夏実ちゃんって、本当に大胆だよね……」
「えっ?」
「みんなの前で、秋人君にあ~んをしてもらうなんて……」
「――っ!?」
春菜に指摘され、やっと自分がしていたことを自覚した夏実は、『ボッ!』という効果音が聞こえそうなくらいの勢いで顔を真っ赤にしてしまった。
そして、ブルブルと体を震わせながら、若干涙目で口を開く。
「も、もしかして、みんな……見てたの……?」
「うん……バッチリと……」
「わぁあああああ!」
自分の恥ずかしい姿をクラスメイトたちに見られた夏実は、机の上にうつ伏せとなってしまった。
そして恥ずかしさに悶える声を上げながら、バタバタと足をバタつかせる。
そんな夏実を、春奈は背中をさすりながら慰めていた。
「――なぁ、夏実って、結構男子から人気があったのか……?」
夏実が悶える中、クラス内の様子に思うことがあった秋人は、冬貴に近付いてそう質問を投げかけた。
すると、若干冷めたような目を冬貴は向けてきて、溜息まじりに口を開く。
「顔はかわいいし、明るくて親しみやすいから、春奈ちゃんまでとはいかなくても結構人気があるぞ」
「まじかよ……」
何を今更――という言葉を最後に呟いた冬貴の言葉を受け、秋人は夏実の人気の高さを初めて知ることになるのだった。
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