城ケ崎先輩の役に立たないお笑いアイデア
タカば
城ケ崎先輩の役に立たないお笑いアイデア
うちの大学には変な先輩がいる。
名前は城ケ崎芽衣子。
一年先輩の彼女は、そこそこの頻度で大学にやってくる、そこそこ不真面目な学生で、結構な頻度で俺についてきて、そこそこの時間まで俺の部屋にいりびたる。
そして、毎回独自のアイデアを披露するが、だいたい役に立たない。
実に面倒な先輩である。
「真尋くん、いいことを思い付いたぞ」
「……何ですか」
そろそろ深夜と言っていい時間帯。
とっぷりと日は暮れ、周りの部屋の生活音もほとんど聞こえなくなってきたころ、俺の腕にしがみつきながら、城ケ崎先輩が言った。
そこそこたわわな胸を腕に押し付けつつ、こちらを見上げる彼女の目には涙が浮かんでいる。
時間帯といい、表情といい、男子大学生ならいろいろと期待してしまうシチュエーションだが、彼女が俺にしがみついている理由は、しょうもない。
俺が夕方からノンストップ上映した最恐Jホラー映画のせいで腰が抜けただけなのだから。
「こ、ここここ怖いときは、真逆のことを考えればいいんだ! ホラーの逆はお笑い! コメディ! 楽しいことを考えれば、こんな恐怖なんて一瞬で忘れるに違いない!」
「……はあ」
「な、何か笑える番組を流せ! おもしろい話をするのでもいい!」
俺は片腕を拘束されたまま、リモコンを操作した。深夜のお笑い番組では大道芸をやっている。
「先輩、ギャップ萌えって知ってますか」
「うん? 全く逆の属性を持たせることによって、より魅力的なキャラづくりをする手法のことだろう」
「あれって萌えに限った話じゃないんですよ。ホラーでも、より怖いキャラを演出するために、全く逆の属性をつけたりするんで」
「……ぎゃく」
嫌な予感がしたのか、先輩はさっと目をそらした。
「悪鬼に変身する美女とか、殺人鬼に変身するお人形とか……ああ、殺人ピエロとか有名ですよね」
「やめろ! コメディアンにホラー属性をつけるな!」
「割とポピュラーな概念じゃないですか」
「そんなこと言い出したら深夜のお笑い番組が見れなくなるだろ! もういい、帰る!」
城ケ崎先輩は立ち上がろうとして、俺の腕を掴んだままだったことを思い出し、ぱっと手を離してから、改めて立ち上がった。
コートに手を伸ばす彼女の背中に、追い討ちをかけてみる。
「ひとりで帰れるんですか? そういえば、さっきの映画にも夜道を歩いている女性が襲われているシーンがありましたね」
「う」
コートを羽織る途中のマヌケなポーズのまま、城ケ崎先輩の動きが止まった。
「怖さを忘れるいい方法がもうひとつあるんですけど、聞きます?」
「な、なんだ」
俺は立ち上がると、城ケ崎先輩の腕をとらえた。
「エロいことを考えるんです。幽霊がついてきたけど、家でエロ動画見てるのを見て呆れていなくなっちゃった、っていう有名な都市伝説もあるんですよ」
軽く腕を引っ張ると、城ケ崎先輩はぽすんと俺の腕に収まった。
大きすぎず小さすぎず、ちょうど抱き心地がいいサイズ。
見下ろすと、城ケ崎先輩は顔どころか耳まで真っ赤にして硬直していた。
……この程度が限界か。
俺はぱっと城ケ崎先輩から離れると、自分のコートを手に持った。
「冗談ですよ。家まで送りますから、帰りましょう」
「く……お笑いの話をしていただけなのに、どうしてこうなった」
「どうしてでしょうね?」
今日も城ケ崎先輩のアイデアは、役に立たない。
城ケ崎先輩の役に立たないお笑いアイデア タカば @takaba_batake
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