シャボン玉❗

淡雪 隆

第1話

           淡雪 隆

 

    一 転校生


 ある地方都市に僕の通う、男女共学の南山高校があって、四月からは三年生になるという三月、この学校に転入生が来るらしいという噂があり、何でも大阪府かららしい。三年になってクラス替えもあり、自分のクラスを探すと三組となっていた。そしてその三組の教室に適当に座っていると、担任となる先生が入ってきた。科学の須山先生だ。おやじギャグを連発するベテラン教師で、面白い先生でもある。生徒には人気がある教師だ。


 適当に座っている生徒を名簿順に指定して廊下側の入り口から「あいうえお」順に席を決めていった。廊下側から三列が男子生徒で、運動場側の三列が女子生徒で、一列に六人座ることになる。つまり三十六名の教室であるが、満席とはならない。少子化のせいかな。単純な決め方だな~と思っていると、突然俺の名前が呼ばれた。



「宍戸明! お前は白石孝の後ろの席だ」列の二列目中頃の席になった。まぁ、何処でもいいけどな。と移動した。そんなことで、一応全員の席が決まった。そこで、須山先生が言った。

「ちょっと、みんな静まれ! まだ話がある。実は今日からこのクラスに転入生が入ってくることになった。大阪からお父さんの仕事の都合で、引っ越ししてきたわけだが。みんな仲良くしてやってくれ」そこで須山先生はくるりと身を翻し、黒板に向かうと黒板の真ん中に大きく『高梨 舞』と書いた。

「高梨さん。入ってきてください」と入り口に声をかけた。“お、女の子だクラスの男子は興味深々で目をギラギラさせて入り口の方に顔を向けた”女生徒と言うだけで、教室の雰囲気が張り詰めた。



 その女生徒が入ってきた。恐る恐る地獄の中にでも入ってくるようだ。しかし、女生生徒が入ってきて全容が判ると、教室内は少しざわつき始めた。まず、美人であった。色も白くてひっそりとした瓜実顔で、スラリとスタイルもいい。でも彼女は左手が、肘から軽く『く』の字に腕が曲がっている。恐らく神経麻痺なのか、骨が生まれつき曲がっているのだろう。僕の叔父さんが五年ほど前に、脳梗塞を起こし、半年リハビリをやってきたのを見てきているから、僕には分かる。もちろん、項疾患等が起こった場合も同じ症状が出るらしい。叔父さんの話によると、女性は右半身に症状が出ることが多いらしいけど、彼女みたいにまだ歳が若い人がなることは珍しいらしい。でも左足には麻痺がないみたいで普通に歩いていた。でもやはり、どこか心もとない歩きだ。人によりその病気の差が違うものの、彼女は軽くてすんだのだろう。幸いなことだ。中には脳梗塞を起こしても、なんの障害も出なかった人もいるらしいから、良かった方だろう。



 先生の横に立つと、自己紹介を始めた。

「大阪府立双葉高校から転校してきました、『高梨 舞』と申します。これから宜しくお願いします。」としっかりした声で自己紹介をした。ふと、入口の方を見ると心配そうに両親らしい人がチラリと見えた。心配なのだろう。先生が言葉を継いで、

「ということだ。彼女はみんなも気づいたと思うが、身体に病気のため障害があるが、みんな仲良くしてやってくれ! え~と席は高木、君の前にしよう。みんな一個づつ席を下がってくれ!」五列目の前から二つ目になった。

 

    ニ 二人の共通点


 授業も終わり、クラスメートもクラブ活動に向かいクラブには行ってない人は帰宅し、クラスメートのいなくなった教室は静かだ。僕は運動場側の窓枠に手を掛け野球部やサッカー部が練習をしているのを見ていた。そうしていると、髙梨さんが同じく隣の窓に寄ってきて、両手を着いてグランドを見ながら話しかけてきた。

「宍戸さんは、クラブに入ってないのですか?」

「はい、何も入っていませんので帰宅部です」僕は笑ながら答えて彼女に顔を向けた。彼女は自分のことを話し始めた。



「私は実は養子なんです。ニ、三才のころに今の両親と養子縁組をしました。大阪府立の『あすなろ』という児童養護施設です。お義父さんも、お義母さんもとっても優しくしてくれます。この身体も早く脳梗塞の前兆を察してくれて、直ぐ病院で精密検査を受けさせてくれたので、直ぐに点滴を受けられて、リハビリで此処まで回復することが出来ました。高校一年の時でした。とても感謝しています」



「そうなの、実は僕も隣の県の『ひまわり』という児童養護施設から今の両親に二歳の頃養子にして貰いました」と教室内の方に方向を変え、

「勿論、僕の両親も優しくて、大切にしてくれて感謝しています。そうですか髙梨さんもそう言う事情があったのですか。道理でなんだか同じような雰囲気を感じていたんですよ」

「えっ、そうですが私も同じような雰囲気を感じたんですよ。そこで思いきって話してみたんですよ」

「じゃあ、君もいままで心無いクラスメートに苛められてきたんじゃないかい? 俺も随分苛められてきたけど」君がどんな精神状態で今まで辛抱してきたのかは、良く理解できるよ。と心の中で思った。



 その時教室の出入口から声がした。

「君たち! もう授業は終わったのだから、クラブ活動がないのなら直ぐに帰りなさいよ」と担任の先生から声をかけられた。

「はい、わかりました」と二人は帰り支度をして、教室を出ようとした。その時須山先生が近寄ってきて、

「おい、宍戸! 髙梨に気を遣ってやってくれ、彼女の気持ちはお前が一番判るだろうからな」と僕の肩に手を乗せて小さな声で囁いた。

「はい、判りました」と答えて、彼女の待っているエレベータへと向かった。三学年は学校の三階にあるのだった。そして二人してエレベータにのって一階まで降りた。

 

    三 通い会う二人


 生徒用出入口の下駄箱で、靴を履き替えたが、高梨さんは、短い革製の足首を固定する装具をきつく巻いていたので、そのまま靴も補装具用の靴となっているので、靴の履き替えは免除されていた。ま、そんなことは置いといて、グランドをぐるりと回って校門まで続く道を二人でならんで歩いていった。勿論僕が彼女の左側を歩く形となった。変な目で僕たちを見るクラスメートもいたが、気にしないでゆっくりあるいた。



「高梨さんの家は何処になるの?」

「お義父さんが、なるべく高校に近いところを見つけてくれて、そこの賃貸マンションで三人で暮らしているの」

南山高校の校門を出て片道一車線の狭い国道をわたると、直ぐ校門の斜め前にJR南山駅がある。登下校には便利な駅となっている。校門を出てその国道沿いに駅前を通り、喫茶店『ポアロ』を過ぎ二百メートルくらい歩いたところに、彼女の住むというマンションがあった。

「あっ、此処なら近くていいね」

「このマンションの三階305合室になるの、宍戸さんの家はまだ遠いの?」

「そうだね、そんなに遠くないけどあと三百メートルくらい先になるかな」

「良かったら、私の家に寄っていってくれない。お義母さんに紹介しておきたいの。ね、いいでしょ」

「あぁいいよ、一寸挨拶でもしておこうか。これからのこともあるしね」



 マンションの玄関前に着くと、彼女が入口のドアを開けて、

「ただいまお義母さん。今日はお友だちを連れてきたわ」

「何だって! 舞ちゃん、もう友達ができたの、今日登校したばかりだよ」大きな声を出して、お義母さんが跳んできて玄関に顔を出した。四十半ばくらいで、中肉中背の感じのいい顔をしたいかにも優しいおばさんって感じの女性だったが、

えっ! 男の子。とびっくりした顔をした。当然女の子と思ったのだろう。

「友達って、この子かい?」

「初めまして、宍戸明と言います」僕は学生帽を脱いで頭を下げた。お義母さんは舞を見たり僕を見たりを何度か繰り返し、

「だ、男性とは思わなかったよ」と胡散臭いものを見るように僕を見た。

「でも、舞ちゃんとお友だちになってくれて有り難う。有り難う」お義母さんは僕の手を握って感謝してくれた。



 前の学校では、ひょっとして障害の件や例の事情で苛めをされていたのかもしれない。とても嬉しそうな顔だ。

「さ、上がって、上がって頂戴」勧められて、靴を脱いでお邪魔した。舞さんは、玄関に置かれた椅子に座って靴を脱いで、補装具を取っていた。

「家のなかでは、素足になるの。さ、私の部屋に行きましょう」と連れていかれた。彼女の部屋は六畳位の大きさで、真ん中に高足つきの小さなテーブルを置き椅子は二つ、横の窓際にベッドを置きその横に勉強机を置いていた。その横に本棚を配置していた。僕は椅子の一つに座り部屋野中を珍しさで眺めていた。流石に女の子だな~部屋中がピンク色の感じで可愛らしく自分の部屋の武骨さと比較していた。そこへお義母さんが飲み物とお菓子を運んできてくれた。

「何もありませんがゆっくりしていってくださいね」とお盆にのせて部屋には行ってきた。

「お義母さんは変な感じを持ってるのでしょ。詳しいわけはあとで話すわね」そう言われるとお義母さんは心配そうな顔をして、部屋から出ていった。


   四 アクシデント


 お義母さんが出ていくと、僕は彼女に話し始めた。

「舞ちゃんと呼んでいいかな? 僕のことは明さんとでも呼んでよ」

「はい、判ったわ、明さん!」微笑みながら言った。僕は椅子から立ち上がり、舞ちゃんも立たせて、舞ちゃんは何をするのと言った顔で僕を見たけど、

「舞ちゃん、左足だけで立ち続けることは出きる?」とそっと舞ちゃんの左側に立つと言った。舞ちゃんは頑張って立とうとしたけど、やっぱり出来なかった。

「素足だもんね、出来ないよな僕の叔父さんもそうだもんな」

「えっ、明さんの叔父さんも病気になったの?」

「そうだよ、もう十年くらいになるかな、脳梗塞で、半年入院していたお義父さんの兄なんだ。叔父さんは舞ちゃんよりももっと状態が悪いな」

「そうなの、私と明さんは良く似てるわね」と言いながら、再度二人とも椅子に座った。

「でも、やはり女の子の部屋だな~可愛い部屋だね」すると舞は何かを気にするように言った。


「ねぇ、明さん。その首にかけているペンダント変わってるわね。一寸見せてくれる」

「あぁ、これね」と首からはずすと、舞ちゃんに手渡した。

「金の腐りに、ペンダントは金色の三日月になっているはのね。綺麗で可愛い。あら、裏にイニシャルみたいなのが入ってるわA・Tかなぁ」

「僕が、養護施設に捨てられた時に入ってたペンダントなんだ。生年月日と僕の『明』という名前が書いた手紙が入っていたらしいんだ。それからずっと首から掛けてるよ」

「ふ~ん、私の時はお守りが入っていたらしいわ。今も持っているけどね」

「いつか、会えたときのためなのかな? でも会えないよな」話が陰気臭くなったので、話題を変えた。




「そうだ、舞ちゃんは雨の降っている日はどうするの?」

「お義母さんに学校まで送り迎えしてもらうの」

「左手の握力はどの程度なの?」

「左手の握力は、殆どないわ」

「やっぱり、玄関に置いてあった赤い一本杖は、本当は着いて歩かなくちゃあ駄目なんだろ。ちゃんと杖を突いて歩いた方がいいよ。いくらか歩けるようでもどうしても何かしらのことがあると重心を保てなくて転けちゃうよ」

「そうね、PTの先生もそう言ってたわ」

「よし! 明日からは僕が付き添って登下校をして上げるよ。朝ここまで迎えに来るから。ね。そうしよう」

「そんな、悪いわ」

「なーに、ついでだよ。僕が自転車でこのマンションまで来るから、きみは下のエントランスでまっててよ、自転車はここに置いておいて、きみを此処まで送ってから自転車で帰るよ」

「両親に相談してからでいい?」

「勿論、じゃあお互いのスマホの連絡先を交換しようよ」いいながら二人は連絡先の交換をした。次の日の夜、舞から電話があった。




「明さん? 相談したら送って貰うことに甘えようと、言ってくれたわ」

「えっ、そうなのかじゃあ早速明日から迎えに行くよ」

「明さん! 有り難う!」次の日から僕は、自転車で舞のマンションまで行って、舞と一緒に歩いて学校まで歩いて登校した。勿論僕が舞の左側に立って、万が一の時に備えてお互いの肩を着けるようにして歩いた。そんなことを一月ほど続けていた時で、クラスのみんなにも馴染みの光景となったいた時、僕が朝寝坊を少ししたので、舞を迎えに行くのに、国道に出る道を急いでいて十字路を国道に出るため右にハンドルを切った瞬間軽トラックと正面衝突をして、身体がニ、三メートル程飛んだだろうか、アスファルトに身体を叩きつけられ、僕は気を失った。

 

    五 病院にて


 どのくらい経ったのだろう? 僕が痛みで目を覚ますと、目の前に舞ちゃんの顔がアップで僕の両目に飛び込んできた。勿論、お義母さんとお義父さんの心配そうな顔もあった。舞のお義母さんの顔も見えた。此処は何処かとお義母さんに聞くと、市内でも大きな衣笠総合病院の外科病棟乗せて個室と教えてくれた。



 お義父さんに聞くと、どうやら脳波は検査では異常ないらしいが、左手と左足を骨折していて、手術をしたらしい。麻酔が切れたらしく、いたくて叶わない。しかも手術中に血液が少し足りなくなって、外科病棟の師長さんが偶然同じ血液だったので、検査のうえ輸血をしてくれたらしい。両親は本当の両親ではなかったため輸血できなかった。舞が涙をこぼしながら俺を軽く叩いた。

「まったくもう❗ 心配したんだから。そんなに心配しなくて良い程度で済んだから良かったものの……もう❗」また叩かれた。

「すまない。勘弁してくれよ」

「知らないっ❗」舞はプイと横を向いた。

「しかし、何で舞ちゃんが此処にいるの? 學校は? 明さんが迎えに来てくれないから、家に電話したら交通事故にあったって言うじゃない。だから私まもお義母さんに乗せて貰って一緒に病院に来て、学校には須山先生に電話して、休みを貰ったのよ」



 外は青空が広がりいい天気だった。左足はギブスで固められ上から吊るされた状態で、どうやら弁慶の泣き所をやられたみたいだ。左手も首からつられたまま、肘と手首の間が折れたみたいだ。点滴を二本注射され、良く生きてたなと思った。

「おい、舞ちゃん! 一寸退いてくれ天気がいいから外が見たい」

「はい、はい判りましたよ! 私より外の方がいいでしょうからね」

「そんなに僕を困らせるなよ。ま~いちゃん」外は木々が多かったけど空は雲一つない綺麗な青空だった。



 その時であった。右から左に流れる風にのって無数の『シャボン玉』が流れてきたのだ。太陽の光を浴びキラキラと輝き思わず僕は、

「綺麗だな~、綺麗だな~」と感動をした。シャバん玉は流れては上昇し空中で消えていった。本当に綺麗だなと思った。舞ちゃんも気づいたらしい。窓の外を歓声を上げながら見詰めていた。舞は窓を開け、右側を見た。

「あっ、隣の個室に入院している五歳くらいの女の子がシャボン玉を吹いているわ。とっても愉しそう」そう言いながら、ゆっくりと歩いて部屋を出ていった。暫くして帰ってくると、隣の部屋のようすを話し始めた。



「隣の子はね、春日小百合ちゃんと言って、両親も一緒に部屋にいたわ、話を聞くと、なんでも小百合ちゃんは、生まれつき何か難病に罹っていて入院しているらしいわ。シャボン玉はね、お父さんがこの病院の売店に売っていたものを買ってきてやったのだって、それでご機嫌になって、窓からシャボンを吹き続けているんだって。何だかかなりの難病らしくて、お母さんは目頭をハンカチで押さえていたわ。私も何だか空しくなって、部屋を出てきたの」と長々しい説明をした。

「ふ~ん、そうなのか。何だか可愛そうだね。それから手術をした先生が昼から見回りに来るそうだ」明は青空に舞い上がるシャボン玉に観とれながら言った。

 

    六 新な展開


 その日の午後、主治医の検査があった。先生と師長が部屋には行ってきて両親に軽く頭を下げた。

「どうだい? 痛みはあるかな」と先生に聞かれ、

「左手も足も痛いです」と言うと、先生は師長から、カルテを受け取り内容を見た。

「大したことないよ、若いんだから直ぐに直るよ! 師長さんもう少し痛み止の薬を強くしてやってください」師長は軽く頭を下げて、判りましたと言った。その時お母さんが立ち上がって、師長に向かって、

「手術の際は輸血を有り難うございました」と頭を下げた。

「いいえ。あのくらいの事は当たり前の事ですよ」と痩身の身体から頭を下げた。

「うん、順調みたいだな」と言うと師長と一緒に別の部屋に行った。



すると舞が何か天井を見ながら考えていて、“あっ、そうだ”と言って、俺に、

「ねぇ、そのペンダントを貸して」と言うから、首に掛けていたペンダントを外して渡した。そしてそれを握ると部屋をでていった。どこ行くんだよ。っていったら、スタッフルームに行くと言って、左足を引きながら歩いていった。どうしたんだろ? 僕は理解できなかった。


 暫くすると舞ちゃんが帰ってきた。

「何しに行ったの?」僕が問うと、

「スタッフルームに行って、看護師長に会ってきたの。回診中だったから、少し待っていたの、実はね先生が痛み止の事を指示していたとき、師長がカルテに書き込んでいたとき、胸元が少しだけ見え、金色のネックレスがチラッと舞えたから、もしかしたらって思って、明さんのネックレスを借りて行ったの。


 そして師長さんと会えたから、ネックレスを見せて貰えませんか? て頼んだら見せてくれたので、明くんの三日月型と師長の一寸いびつなネックレスを重ね合わせたら満月型の綺麗なネックレスになったの。ピッタリだったわ。それで裏を見るとなんとY・Tってイニシャルが掘ってあったのね。それで名札を見たら、棚橋淑子って名前だったので、これは間違いないと思い、明くんのネックレスと養子であることを伝えたら、ビックリしていたわ。私の両肩を両手でつかんで、”本当なの? 本当なの?“って繰り返し聞かれたわ。だから明くんはは本当の名前は棚橋明ってことになるわね」また、舞ちゃんの長々とした説明が終わると、俺も当然ビックリしたし、何よりもお義母さんとお義父さんが、思わず椅子から立ち上がって、本当かい?って確かめた。舞が、

「間違いありません」と言うと、さすがに両親ともに力亡く椅子に座った。流石に俺も何だか複雑な感情を抱いた。


 --僕の本当のお母さんが……--


 かつては夢にまで見た本当のお母さんがこの病院にいた。もう一生会えないだろうと考えていたお母さん。熱いものが僕の胸に一杯に広がった。涙も溢れそうだったけど、お義母さんもいるので、懸命にこらえた。正直苦しかった。でも俺のお母さんは一人だけだ。俺を此処まで健康に育ててくれたのはお義母さんなんだ。舞ちゃんもハンカチで目頭を押さえている。涙を一生懸命堪えているようだ。

 

    七 二人の母親


 しとしとと降り続く雨。少し部屋が暗くなってきた。部屋の電気をお義母さんに着けて貰い。


 --お義母さんは、どう考え思っているのだろう--


 と僕は考えながら、目を瞑ったまま枕に頭を沈めた。そして時間が少し過ぎた頃、部屋のドアを開けて師長が中を覗きに来た。

「何か、お変わりは有りませんか?」と声をかけた。その時にお義母さんが椅子から立ち上がり、師長に向かって、

「師長さん! 少し時間がありませんか? お話をしたいのですが」と言うと、

「はい、良いですよ、私も話をしなければと考えていましたから」そう言いながら、二人は一緒に部屋の外に出ていった。おそらく部屋の直ぐ外に有る長椅子に座って話すのだろう。僕の内心穏やかならず、熱いものがまた、込み上げてきた。二人の話し合いが終わり、お義母さんが帰ってきたら、どういう対応をしたらいいのだろうか? あぁ、また悩みで頭が痛くなってきた。こんな時舞がいたらな~スパイをさせるのに・・・・


 数時間経ったろうか。お義母さんが一人で部屋に戻ってきた。ハンカチを握りしめ、ため息を付きながら椅子に座った。--- 話合いの結果はどうなったんだろう? 喉まででかかった質問を飲み込んでしまった。あまりにもお義母さんの顔色がすぐれなかったためだ。少し時間を空けて聞いてみよう。雨が降っているため室内はゆや暗く、お義母さんからどんな話をしたのか聞きたいのもあって、部屋の中は陰鬱とした空気が漂っていた。


閑話休題。


 僕は思いきって切り出した。

「あのさ~、お義母さん。師長さんと何を話したの?」

「・・・・・・・」お義母さんは、ハンカチを口に当てて、

「ちょっと今は話せないわ。お義父さんも一緒の時に話さないとね」

「そうなのか…………」

「ただね、これだけはハッキリ明に言っとくは、明❗ 決してお母さんを憎んでは行けないわよ! あの人も本当に苦悩をして、苦労をして、当然あなたにも想像は付くはよね。女が子供を抱えて苦労するのはどう言うことか! あの人には、手段がなかったのよあなたの命を考えて行動した結果なの、家庭内暴力は当たり前でこのままではあなたの命まで危険だと言うくらいに追い詰められた悲しい行動だったのよ。明ももう大人なんだから、決してお母さんを憎んでは行けないよ。そんなこと思ったら、私も許さないわよ! 判った!」明は汗を流しながらも言い聞かせるように話すお義母さんに気圧されていた。

 今までは『お母さんは俺を捨てたんだ』と考えていたが、決してそうでは無かったんだな。とお義母さんの言葉は、心に響き渡った。

「判ったよ。お義母さん! それだけを聞いても、僕も考え直さずにはいられないよ」僕も何だか目頭が熱くなった。


そして、入院期間も過ぎていった。レントゲン検査も終わり、ギブスも取れ、手足のホチキスの針も外れリハビリを行うことまでなった。お義母さんにはあれ異常もう聞かなかった。

 

    八 退院間際


 今日は、土曜日だがリハビリは続いた。良い天気だ❗ 青空で雲一つない空だった。部屋の中にはお義母さんとお義父さんに舞ちゃんが、舞ちゃんのお義母さんと四人がいた。

「ねえ、舞ちゃん、学校で苛められていないか? そんな奴等がいたら直ぐに俺に言えよ」

「大丈夫、みんな優しくしてくれているわ」

「そうかい、それなら良かった」僕が窓の外を見ると、桜の花がそよ風にのって舞っていた。

「そうだ、最近天気がよくてもシャボン玉が飛んでこなくなったよ」僕は寂しく言った。すると、舞ちゃんが部屋を出て行った。直ぐに帰ってくると、「もう違う人が大人の男性が部屋に入っているわ、通りがかりの看護師さんに聞いたら、春日小百合ちゃんは、もう一週間も前に転院したんだって、何でも難病の専門医師がいる病院だって、でも看護師さんの言うことには、あの病院に転院すると言うことはもうあまり……………。何て言ってたわ」

「そうなのか。何か虚しいな。それでシャボン玉が飛んでこなくなったんだね」そう話している時に、救急車が二台この病院に入ってきた。そのせいか、包帯のつけ買えや、痛み止の点滴などを何時もは若い看護師がするのだが、師長が部屋に入ってきて、その処置を行った。

「ご免なさいね、急患が二名も入ってきたものだから、看護師がみんなで払っちゃって、おばさんでごめんね」と言って部屋を出ようとした時、

「有り難う。お母さん!」と自然と僕の口からでた。師長は一瞬立ち止まり「えっ、今『お母さん』って・・・」そう言いながら部屋を出て行った。僕は自然と出た言葉だったのだが。お義母さんとお義父さんはは小さく頷いていた。おそらく、お義父さんは、家でお義母さんから師長さんとの話し合いの報告を聞いたのだろう。



 そして、リハビリもある程度終わり、一人で歩けるようになったし、左手も以前みたいに動くようになった。傷跡が残っているだけだ。後は『舞先生』からの僕が学校に行けなかった期間の、勉強を受けるだけだ。舞ちゃんはノートを全て取っていてくれて、僕に教えてくれた。厳しい指導が部屋の中に響いた。お義父さんもお義母さんも微笑ましくその光景を眺めていた。そしていよいよ、退院の日が来た。するとお義母さんが、みんなに言った。「ねぇ、明日のお昼に一応細やかな退院祝いをしたいと思いますので、舞ちゃんも、お義父さんも、お義母さんもみんな来て下さいね。良いでしょお義父さん」

「あぁ、勿論良いけど、あまり派手にならないように、志しで行おう」

僕は『お母さん』は、駄目なのかな?そうだよね、来られないよねと、心の中で思った。

 

    九 この青空の何処かで


 日曜日、衣笠総合病院を十時頃お義父さんの車で退院をした。目で回りを見渡し探したが、お母さんの姿は確認できなかった。

 日曜日、お昼に僕の退院祝いをすると言うことで、みんなを招待したが、舞ちゃんだけは朝早くから家にやって来た。

「勉強しなくちゃね!」と言うことらしい。しかも何でも自分で歩いてきたらしい。

「何だよ、途中で転けたらどうするんだよ」と起こって見せたが、本人は澄ました顔である。

「しょうがないな」玄関に叔父さんのためにも椅子が置いてあったのでその椅子を出して家の中にあげた。椅子がないと靴が脱げないのだ。

「アラ、早いわね、舞ちゃんいらっしゃい」とお義母さんは微笑んで迎えた。

「お義父さんと、お義母さんは、後程参ります。昼まで明さんに勉強をと思いまして」舞ちゃんは言った。

「さあ、お昼まで勉強の続きをしましょ」と僕と一緒に僕の部屋には言った僕の部屋は一階にあったので、舞ちゃんも階段を上がらなくて済んだ。



 勉強も一段落付いたときに、舞ちゃんのお義父さんとお母さんも家に着いた。お祝いの準備も終わり、

「どうぞよろしく、舞さんのお義父さんもお義母さんも上がってください」と言うことで、簡単な祝いをした。みんなで和気あいあいの雰囲気で、仲良く時を過ごした。その後は舞ちゃんと僕はまた僕の部屋に戻り勉強の再開である。とその時、お義母さんが部屋に入ってきて、

「そうそう、忘れてたわ、明さん! 貴方に手紙が来ていたわよ」と手紙を僕のベッドの上に置くと部屋から出て行った。

「誰からの手紙だろう? 差出人が書いてないや」手紙の上をハサミで切ると、中から便箋が一枚出てきた。それを手に取り開くと、読み始めた。僕は直ぐに読むと、ボーゼンとして手紙を手のひらから落とした。手紙はヒラヒラとフローリングの上に落ちた。



 舞いはその手紙を拾うと、読み出した。それには次のように書いてあった。

 

『拝啓宍戸明さま


私は棚橋俊子でございます。貴方の産みの母親でございます。私の事をさぞ憎んできたことでしょうね。それも当然だと思います。勿論今まで貴方の事は忘れたことはありません。この事は信じてください。でも何の偶然か、貴方の元気な姿を見るのとが出来たのです。それだけでも幸せでした。しかも宍戸のご両親が明をこんなに立派に育ててくれてとても感謝いたします。私はもう、衣笠総合病院を退職いたしました。今更どうして母親面が出来ましょうか。更に他の土地で明の健康を願っています。本当にいい人に育てて貰ってとても感謝しています。離れながらも明の健康を何時も願っています。さようなら明❗ 決して私を探さないで下さいねまた、いつか会える日も有ると思います。さようなら明❗』



  舞も手紙を読むと、目頭をハンカチで押さえながら僕の側に寄ってきた。折角会えたのにね~、舞いは流れる涙を押さえきれなかった。

「いつか、またきっと会えるさ!」と二人で立ったまま庭の方に向かっ立っていた。空は青空で白い雲が点々と漂っていた。

 ―きっとあの青空のしたで僕を見守ってくれているんだ!―

と胸に熱いものが込み上げてきた。その時❗ 散り残った最後の桜の花が舞っていたが、その中をシャボン玉がそよ風にのってばあっと流れてきたなんて綺麗なんだ❗ 二人は思わず右側を見た。何て事だそこにはシャボン玉を飛ばす『春日小百合ちゃん』がたって吹いていた。しかし、一分ほどすると消えていった。二人はボーゼンとして立ち竦んだ。僕は心の中で思った。そうなんだあのこのシャボン玉が僕とお母さんを会わせてくれたんだ。二人とも顔を見合わせて、瞑目をした。

………………


            (了)


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シャボン玉❗ 淡雪 隆 @AWAYUKI-TAKASHI

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