コント漫才 タイムマシン

サヨナキドリ

タイムマシンがあったら——

「先輩、タイムマシンがあったら行きたい時代ってありますか?」


 後輩のいつもの突拍子もない質問は、漫才めいたじゃれあいを始める合図だった。


「タイムマシンなんてないから」


 俺はぶっきらぼうに答える。


「もしあったら、って話ですよ。私は行きたい時代、たくさんありますね」


 後輩は少し怒ったように頬を膨らませて言ってから、思いを馳せるように遠くを見遣った。


「じゃあ、先輩。私が『〇〇に着きました!』って言いますから、それに合わせた反応をしてください」

「やれやれ、結局こうなるのか……」


 俺はため息をついて頭を掻きながら、後輩の無茶振りに身構える。


「では、行きますね。ガタンゴトン、ガタンゴトン——」

「タイムマシンって電車みたいな音で動くんだな!?」

「到着です!カンブリア紀に着きました!」

「いやいやいやいや!待て、いつだよそれは!」


 想定していない時代の名前が出てきて思わず前のめりになる。俺の言葉に、後輩は少し呆れたように眉をひそめて言った。


「先輩、知らないんですか?ざっくり5億年くらい前の、動物の種類が爆発的に増えた時代です」

「そんなマイナーな時代知らんわ!」

「いやいや、世界史の範囲ではないですけど、生物学的には超メジャーですよ。ほら、先輩。カンブリア紀っぽいことしてください」

「なんだ、カンブリア紀っぽいことって!」

「アノマロカリスのモノマネでもすれば良いじゃないですか。アノマロ〜〜、カリカリっ!って」


 そう言いながら後輩は、両手を前に突き出して何かを掻き寄せるような動作をする。


「アノマロカリスがよく分からない俺でも、アノマロカリスがそんな鳴き声じゃないことは分かるぞ!」


 俺は大声を張り上げて後輩に突っ込む。俺のツッコミに満足したのか、後輩は姿勢をニュートラルに戻して続けた。


「他に行きたい時代はですね……。ブロロロロ——」

「さっきとタイムマシンの音変わってない!?」

「到着です!1685年の日本に着きました!」

「1685年?ということは——」

「あれぇ?先輩……もしかして将軍じゃないですか?」

「いかにも、徳川第5代将軍、徳川綱吉である」

「お手」

「はい」


 後輩が差し出した手に右手を乗せる。指先から柔らかい感触が伝わってくる。


「——って徳川綱吉が『犬公方』っていうのは生類憐みの令で犬を過度に大切にさせたことをからかうあだ名で、別にほんとうに犬だったわけじゃないからな!?無礼打ちになるわ!!」

「と、言いつつ私の手から手を離さない先輩なのでした」

「おまっ——」

「おかわり」

「はい」


 反対側の手を出されて、反射的に左手を乗せる。


「じゃないっ!」


 俺が後輩の手を振り払うと、後輩は楽しげに笑った。


「あと行きたい時代はですね……。シュワァン、ブガガガ——」

「もう音からどんな動きなのか想像できないんだが……」

「到着です!200X年に着きました!」


 その言葉に俺は少し目を丸くする。


「ずいぶん最近だな。何かあったっけ?」

「分からないんですか?——どこかから、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきますね」


 そう言って後輩が、耳を澄まして何かを覗き込むような仕草をした。俺は目を見張る。


「この声は……!」

「そうです。今日は、『先輩が生まれた日』です」

「!?」

「こんなに小さかった頃があるんですね、先輩——」

「誰だってそうだろ」

「の、ちんちん」

「安易な下ネタは止めろ!!頃も何も今のを見せたことないだろうが!!」


 俺がツッコむと、後輩は少し悲しそうに笑って言った。


「そうですね。結局、見ずじまいになってしまいました」


 その言葉にはっと息を飲み、俯く。この話にはきっと、俺がオチをつけないといけない。


『先輩、タイムマシンがあったら行きたい時代ってありますか?』


「……俺も、タイムマシンがあったら行きたい時間がひとつあったわ」

「おおっ!いつですか?」


 前のめりになる後輩。俺は拳を握りながら言った。


「先週の、今日。お前との、デートの帰り」


 後輩が、優しく微笑む。


「手を引いて、抱き寄せて、キスがしたい。もっと引き止めれば良かった。一緒に帰れば良かった。——こんなことになるって知ってれば、もっと好きだって言ったのに!!」


 堪えきれなくなって肩が震えて、涙が溢れる。後輩が俺の背中をさする。


「それが聞けただけで、私は十分です。先輩、1週間ずっと泣いてるんですもん。死んだ人間だって、心配になって会いにきちゃいますよ」

「ごめん、ごめん——」


 縋り付くように後輩を抱きしめながら、俺は謝罪の言葉を繰り返す。


「……先輩、これからは泣くばかりじゃなくて、笑ってくださいね?」

「……ああ」


 後輩の言葉に、俺は涙を拭って顔を上げる。


「では……私はそろそろ帰らないと」


 後輩が名残惜しさを押し隠した声で言う。


「地獄にか」

「ひどい!!」


 後輩が怒ったように声を張って、俺は笑う。


「あはははっ。ごめんごめん。……天国でも元気でな。死んでるのに元気ってのもおかしな話だけど」

「……いえ?天国でもないですけど?」

「え?じゃあ、どこに?」


 後輩の言葉の意味が分からず、俺は首を傾げる。


「西暦3225年です」

「は?」


 ポカンと口を開ける俺の目の前で、後輩が右手を伸ばして虚空を叩く。何もなかった場所から、銀色の流線形をした乗り物がシュワァンと音を立てながら現れる。タイヤなどはなく、ブガガガと音を立てながら宙に浮かんでいる。


「まさか先輩、幽霊なんていう非科学的なものを信じてたんですか?1000年ぐらい後に転生したんで、タイムマシンで会いに来たんですよ」

「いや転生も大概非科学的だと思うが!?」

「じゃあ、先輩。ありがとうございました」


 ツッコむ俺を後にして、後輩がタイムマシンに乗り込む。


「待った!もうひとつ行きたい時代があったわ!」

「……先輩?」


 振り返る後輩に、俺は手を差し伸べる。


「お前のいる時代に俺も行きたい」


 後輩は目を丸くする。


「え?でもそうなったら先輩はこの時代には——」


 躊躇う後輩に俺は微笑む。後輩は、泣き出しそうな切ない笑みを浮かべながら、俺の手を取った。


「じゃあ先輩、一緒に行きましょうか——」

「ああ——」

「カンブリア紀に!!」

「そうじゃねえよ!!」

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