第6話勝負の行方

これで三振だ、そう思っていた小島は、背筋の悪寒を説明できなかった。

それまで石像のように動かなかったアレクセイが、突然躍動感を持って動き始め、打席の中でステップし、スイングした。「キーン」という甲高い音がした。

 「嘘だろ?」木島の頭の中と、クラークのバッテリーは同じことを考えていた。

 これまでの二球、インコース低めの快速球を二つ見送ってきた。三球目は勝負球であった。しかし、思っていた以上に高めに行った。威力のある球で見逃せばボールになる。だが、空振りを取ることができるボールである。普通なら反応できないボール。それをアレクセイは待っていたかのように引っ叩いたのだ。打球は弾丸のように弾け飛んでいき、ライトスタンドの上段に突き刺さった。

 その打球を見送ってから、アレクセイはゆっくりとベースを周り始めた。だがホームランで歓声が上がることもない。まばらな拍手が保護者席から聞こえてくる程度である。

「どう?打たれた感想は?」立山が小島に聞く。

「まさかあのボールを打つとは思わなかった。だが次は抑えるさ」

アレクセイはゆっくりとベースを周り、ホームベースを踏む。スコアボードに一点が記録される。

 クラークのキャッチャーは、マウンドに歩み寄り、一言二言、会話をして、戻って行った。

「こりゃ、クラークはピッチャー変えた方が良いかもわからんな」木島がつぶやいた。

「どうして?たったの一点でしょ?出会い頭の交通事故みたいなもんじゃない」

「まあそうなんだが・・・」

ウラジミールは平静を装って、内野にいるメンバーに声をかけているが、内心はかなり動揺しているのだろう。マウンドでの所作がこれまでと違ってぎこちない。

 続く四番の赤西にセンター前に運ばれ、五番の平田にフォアボール。六番平石をライトフライに打ちとったが、アウトを確認して、ベンチに戻るウラジミールの顔からは大粒の汗が滴っていた。

 回を追うごとに、クラークにはこの一点が重くのしかかってきた。アレクセイの投球は単調であった。全球ストレート。だが、打てない。アレクセイは力を抜いてコントロール重視で投げているのだろう。それでも強烈なスピンのかかった球で、球威は十分にあった。内角、外角、高め、低めとコントロールされている。

 4回裏のクラークの攻撃。一番から始まる打順であった。この回、クラークはアレクセイを揺さぶりにかかった。一番の染谷は打席内でバントの構えをしてみたり、極端にベースの近くに立ったりして、アレクセイの動揺を誘った。しかしベース付近に立った染谷に向かって、アレクセイは一言、何か言った後で、ニヤリと笑った。ツーストライク追い込んでからアレクセイが投じたのは、154キロのインコースであった。くると思っていなかったインコースへの豪速球、染谷は腰が砕け、見逃し三振に終わった。続く二番の橋下は、積極的にバントを試みた。しかし、アレクセイの豪速球の前ではバントなど成功しない。簡単なピッチャーフライに打ち取られた。次の打者は三番、今大会でも好調を維持している好打者のウラジミールとの対決である。第一打席は空振り三振。

 ウラジミールはネクストバッターズサークルから、ゆっくりと歩いて打席に向かう。大きな気合の声を入れ、審判に挨拶をして打席に入る。アレクセイの口元が歪む。

 「もしかして、あれって笑ってるのか?」木島が立山を振り返り、アレクセイの真似をして口を歪める。

 「そうらしいわね。私には彼の方が、若い分だけ茶目っ気があるように見えるわ。」そう言って立山は笑う。

 「なんで奴は笑ったんだろう?」

 「そうね。彼の試合はずっとみてるけど、あんな顔初めてみた。」

 「やっぱり、同胞との試合は嬉しいのかな?」

 「とても喜んでいる顔には見えないけどね」

そう言っている間に、ウラジミールは追い込まれている。初球を空振りの後、二球目をファウルにした。ファウルにしただけで、スタンドから拍手が起こっている。ウラジミールは歯を食いしばりバットを短く持ってなんとか食らいついていこうという姿勢だ。一方のアレクセイは、口元を歪ませてサインを覗き込んでいる。

 「どう?感想は?」立山が聞く。

「投球練習してるみたいだ」それが木島の感想であった。誰が打席に立とうと関係ない。自分の投球をする。これは一つのピッチングの理想系でもあった。

 「でも決して本気では投げていない。6割くらいのピッチングに見える」

 「もしかしたら4割かも」立山は呆れたように笑う。

 「全力投球を見てみたいな」

 「キャッチャーが取れないんじゃない?」

 「そうかもな。今でもかなりキツそうだ」

キャッチャーの赤西は、旭川東の中では体格もよくセンスもありそうだった。しかし、アレクセイの速球は捕球するのが精一杯らしい。

 

 一方のウラジミールも初回こそ乱れたものの、徐々にリズムを取り戻し始めた。アレクセイに対しては申告敬遠で徹底的に勝負を避けた。

 6回の表、死球、とエラーが重なって、二死満塁、ここで打席にアレクセイである。クラークバッテリーにとって最大の試練であろう。

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故郷 @Syaku-sinki

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