つまらない世界を支配する魔王様へ

クラゾミ

「もがいた果てで」

◆前文◆


中学一年生の時に書いた恥ずかしい物なので色々となっていない部分で溢れています。


作者自身もストーリーをほとんど覚えていません。












魔王、魔法やモンスターを引き連れて世界を支配し人々から希望を奪う存在。

しかしそれもいずれ奪われない希望を持つ勇者に倒される、そんなことは嫌ってほどゲームや漫画で聞いたテンプレ話だ。


なら話を変える、誰も希望なんて持っていない世界だったなら?

魔王が倒されるのは希望を持った人間が少なからずいるからだろう。

誰も希望を持たない、いわゆる

『つまらない世界』なら?


人間は今まで希望という人間の心にしか存在しない概念で成長を遂げてきた。

希望がない世界から希望を奪おうとした魔王はどうなる?敵対する者がおらず、抵抗する者がおらず、ただ黙って従う者しかいない世界なら?


それは魔王の思う壺か?いや、違う。


何もない世界なんてゴミだ。

ゴミの周りを武器で囲んで何になる?


結局のところ、魔王すら得ができない世界の出来上がり、というわけだ。


そんな世界あるわけもないが、もし行けるなら?


…すぐに答えは出ないが、ここでそんな世界に行ってみた男の話を聞かせてあげよう。



宮殿の王室のような部屋。


髭の長い老人が机の上に資料らしき紙をペラペラと読んでいく。


「…人を庇ってトラックに跳ねられて、冴えない普通の高校生で、しかも個性がないとかお主テンプレにも程があるじゃろ」


老人がため息混じりで話す相手は、そう俺だ。


高校二年生で、トラックに跳ねられて異世界転生まじかのテンプレ主人公だ。

正直異世界より現代ハーレムが良かったけど死ぬ前の世界じゃ到底無理なので諦めておこう。


「とか言ってトラックから回避してもお前ら手違いとかで殺してただろ」


典型的の塊みたいな俺、しかし未練は結構ある。


「なるほど、ラノベが好きと、やっぱりお主テンプレじゃの」


老人は「ふぉふぉふぉ」と典型的な笑いを繰り返し指差してくる。


「んで、異世界とか連れてってくれんの」


「流れでわかるじゃろ」


「そうだけど…勿論最強にしてくれるよな」


机に手を置き期待に胸を膨らませる、最強主人公見るのは辛いがする方は最高である。

死んだらなりたいと中学生の頃、授業中に考えまくったものだ。


「あれは無自覚イケメン限定じゃ」


「しねはげくそじじい」


「あっなんじゃお前、だってあいつら最弱能力とか与えてもどのみち最強になるんじゃぞ、あっちで才能が開花するとか意味わからんわこっちが死ね!」


「…んで、能力はいいよもう、行き先はどんなとこなんだよ」


老人は「コホン」と咳をして紙に書いてある何かを読み上げる。


「魔王に支配されてて」


「うん」


「魔法という概念があって」


「おお」


「可愛い女の子は…まぁ多分いる」


「おうおう」


「いろんな職業があって」


「おー!?!?」


「あと一年もすれば魔王ごと滅びそうな世界じゃ」


「………あの…やっぱりそのまま死なせてもらっていいですか」


「ここしかないんじゃ」


「しねはげくそじ



何もない空間、異世界に吹っ飛ばしてくれる夢の部屋だ。


椅子が真ん中に置いてあって座れば転生が始まる。


「座ったぞ」


「いまから転生する、眠くなるから起きたら転生完了じゃ」


「ふ〜ん」


老人がかちゃかちゃとキーボードを叩いている、思ったよりハイテクなんだろうか。


「あんまり楽しみじゃなさそうじゃない」


「そりゃ希望なんてない世界だからな、地獄と変わらんだろ」


重力と空気が薄くなっているのを感じる。

勿論眠気も襲ってくる。

キーボードを叩く音がだんだんと聞こえなくなってくる。


「あぁ…ったく、未練残しすぎたな…」


老人から能力の変わりにもらったペンダントを握る。


「はて…キーアイテムになってくれるといいな…こいつ…」


用途もわからないが、老人が昔ここに来た俺と同じ死人から受け継いだものらしく、そいつは俺たちの住む世界に転生されてったんだと。


異世界の物だからきっと何かある、とあの老人が渡してくれた。


視界が闇に染まっていく、起きたらハーレムだといいな、と目を閉じた。



…目が覚めた。

強い直射日光が目を突き刺し、手でガードする。


「まぶしっ…」


「おい、こんなとこで何してる」


立ち上がると花畑、綺麗な花が視界を覆う。

あと少しも経てば滅ぶ世界には到底見えなかった、てっきり砂漠とか人のいない街が広がってるもんだと。


声が聞こえてきた後ろに振り向くと俺の父親と同じくらいのオノを持った男がっていた。


「…あ、すみません…」


「確かに綺麗な花の中で寝たい気持ちはわかるがそれは毒薬に使われる毒草だ」


「えっあぶっな」


その一言に肩に乗っていた花をサッと手でどかした。

あのハゲ転生する場所くらい選べよ、起きたら死んでたとか怖すぎるわ。


「少年、もしかして君も異世界人かね」


「…え?わかるんですか?」




その後、森の中の小さな家に案内された。

椅子は三つあるが、一人暮らしらしい。

壁には誰かわからないが女の子と女性の写真が画鋲で貼ってある。

小さなコップにお茶を入れ手渡された。


「えっと…つまり別の世界から来る人は俺が初めてじゃないってことですか」


八人目、らしい

そのうち六人はこの近くに転生されていたらしい。


「あぁ、ここ十数年魔王に支配されてからね、君と同じくらいの年齢でやってきて少年たちは数ヶ月もしないうちにみんな殺されたよ」


この森から出た人たちは一人も帰って来なかったらしい、行方不明なだけかもしれないが男の話を聞いた感じ死んだで間違いない。


だろうな、とペンダントを強く握った。


「多分ですけど…俺も同じ末路を辿るんじゃないでしょうか…何もできないまま」


森を出れば魔王の支配する街がある、

そこに行けば簡単に死ねる。

そう思っていた。


「…どうだろうな、今は魔王も何をしているかよくわからない状況なんだ」


世界も魔王も壊滅寸前と言っていた老人の話を思い出す。


「支配した街の人間を奴隷にするかと思えば、大陸中のモンスターを撤退させ始め中央都市とかいう場所に奴隷を集めて普通の生活を送らせてる」


「…はい?」


中央都市、大陸の真ん中に位置する場所で魔王の城がある場所だとか。


「そんなの…城にいつでも攻められる所に人を集めてるんですか?」


城を敵で囲む、普通に考えればおかしいことだ、いつ矢を放たれるか、いつ剣を取られるか。


「攻めようとしないよ、誰も」


考えればこの言葉が返ってくるのは当たり前だったかもしれない。


それが、この世界が壊滅する原因だ、みんな同じことした言わない。


「……」


誰も希望なんて持っていない、あの老人が言っていた通りだった。


少し期待した俺が馬鹿だった。


静寂が部屋の中を漂う。


そうだった、魔王も世界も崩壊寸前、

その意味は今わかった。


誰も戦おうとなんてしないし、誰もそれを後押ししようなんてしない。


そんな奴らの集まりなんだ。

いや、今の俺たちの世界がそうなんだろう。


昔は、反乱とか武士や農民よくしてたけど、今は声を上げるだけ、いや声すら上げない。


魔王も思っていたものとは違ったのだろう。

呆気ない支配に呆気ない人々。


意味のない行動を続けてしまった魔王も、意味のある行動を取れなかった人々も、同じく滅びて当然だ。


「…ありがとうございました」


椅子を机に戻してお茶を飲み干した。


「どこにいくんだ」


「その中央都市とかいう場所を目指します、近くの村にでも立ち寄って道を聞きながら」


自然と自分がしたいことが思い浮かんできた、なんせこの世界は死んで天国に行くまでに暇つぶしだ。


何をしたっていいだろう。


「都市についたら、仕事を探します、肉体労働なら仕事をもらえるでしょう」


まだまだ奴隷は残ってる。

抵抗してどうにかすれば世界を救えるかもしれない、とか思っていたけど、あの老人が言っていた通りなら救う理由なんてない。


希望を持たない人間しかいない世界なら、こんな救ったところで意味がない。

いや、そもそも救うこともできないだろう。


「そんなに簡単に行くと思うのか」


ドアを開けて出ようとしたところで、

後ろから声で止められた。

その声に苛立ちを抑えられず、ドアを強く握った。


「行くといいな、あんたらと違って可能性を信じる人間でね」


言葉に皮肉混じりいれる。


「…何もできず死ぬに決まってる」


「それはここにいても同じことじゃないですか」


「…どうせ何もできん」


何かが切れる、怒りが有頂天に達した俺は壁を強く叩いた。


「てめぇらとは違うって言ってんだろうが!!」


壁を叩いた手で男を指さした。


「お前は子供と奥さんを失ってここでウダウダやってる!何もできないだと!?何もしなかったんだろうが!!そんな奴しかいないからあっさり魔王に支配されて無駄な死人だけ叩き出したんだろうが!!」


男は驚いていた。

子と妻を失ったことを何故知っているのか、という顔をしていた。


「なぜ…それを」


「…椅子が三つにそのコップとそこの写真、こんなにあんのにお前は一人暮らしって言ったろ、そんなの誰でもわかる…」


俺だけじゃなく自分まで騙そうとしていた男には苛立ちしか覚えない、期待外れだ。

俺も俺で唇を噛みたくなる。


「それなのにお前らは何が起こっても悔しがるだけか、そんな奴らしかいない世界をどこの勇者様が救ってくれる!?神も仏もありゃしないんだよ!!」


異世界だから多少はいいところがあるのだろうと期待していた所に現実を見せられた、その怒りは抑えられなかった。


俺たちの世界となんら変わらない、いやこっちの方が最悪だと、そう思った。


「…どうせ滅ぶなら俺はその都市に行く」


そう言ってドアを強く閉じた。

「言いすぎた」と思ったが、こんなことじゃ何も変わらないしいいだろうと思った。

今頃後悔しても遅いだけだ。



森を抜けるころ、後ろから男が息を切らして追いかけてきた。


「待て…少年…!」


「…今更なんのようですか」


「都市に行くなら、君に教えておきたいことがある、だから数週間でいい、家に泊まってくれ」


男は、片手に弓を持っていた。

少しだけ、男に希望が残っている気がした。



さっき飛び出して来た家に帰って来てしまったことに気まずさを残し、俺は男の話を聞いていた。


さっきからずっとお茶をすすっている。


「…謝るよ、君は昔の私のようだと思っていた」


「…いえこっちもその…言い過ぎたというか…」


男は何かの準備をしながら話していた。

ガチャガチャと音を立てている。


「いいんだ、君のいう通り、私は娘と妻を連れ去られ失った、それで行動を起こそうとしたが怒りより恐怖が優って結局何もできなかった」


木箱の蓋を取り、中から矢を取り出し。

床の下から木製の剣と弓を取り出した。


「いいかな、君にはこれを教えたい」


弓の慣らしや弦の張り方などの手入れ、射撃、剣術、男は知りうる全てを教えてくれると言った。


さっきはあんなに言ったけど、今は感謝しかない、憧れていた異世界ファンタジーというものに少しだけ近づいた気がした。


というかこの人、てっきり森で暮らしてる木こりの人とかと思ってた…。



ここに来て三日目、

射撃の練習をしている時だった。

木に果実で色付けした場所を狙って矢を放っていた。


力加減がわからず木の根本にばかりに飛んでいってしまう。


「そういえば、聞きたいことがあるんですけど」


ずっと気になっていたことを口に出した。


「魔王って何者なんですか」


「ああ、魔王は君たちと同じ異世界人だよ」


一瞬だけ驚いたが、異世界人が大量に流れてくるこの世界ならむしろ妥当だ。


「…えっ、いや、ありえる話か…」


「私たちの世界の魔法とは根本的に違う魔法でね、常に爆薬を持ち歩いているような威力なんだ」


この世界の魔法は、手から小さな炎とか治癒とか、よくゲームで聞くような魔法だった。


「魔王の魔法は、街の一つや二つ腕一本で滅ぼせるとんでもない威力なんだ」


聞いた通り、魔王属性がぷんぷんしている。

実際、この近くの街はそれで支配されたとかなんとか。


「うっわ…笑えないテンプレだこりゃ…」


そう言って俺は、矢を全て放ち終わった。

最後の一本は、どうにかいい位置に当たってくれた。


実感はない。

しかしなんとなく、魔王達と戦う覚悟はできた気がする。


ステータスなら異世界主人公としての自覚が上昇した。



四日目、

つまり次の日。


ドアの前で倒れていた木製の剣を拾い上げる。


今日は剣術を教えてもらう日だった。


「剣かぁ…幼稚園児の時に剣道の授業があったけどそれ以来何もしてないな…」


いやそもそも、こっちの世界だと習ってないと弓も剣も使う機会ないし、問題はないんだけど、こっちだと問題ありありだ。


すると男も剣を拾い上げた。


「私は昔、剣に希望を託していた時期があった、今はその希望すらどこに行ってしまったのか」


剣先を男に向けて、俺は微笑んだ。


「そうですか、でもこっちの俺の剣には希望が乗ってますよ」


それに合わせ、男も微笑んだ。

俄然やる気が湧いてくる。


男も剣先をこっちに向ける。


「天下の異世界主人公ユウイ、参るっ!」


なっていない力の入れ方で走り俺は突撃する、それから数時間ずっと打ちのめされた。


■ 出発 ■


三週間、経ったのかな。

毎日同じようなことしてたけど、

確かに変わったものはある。


傷が増えたり、矢が的に当たることはなかったけど木には当たるようになったり。


「行くのか、都市に」


森の出口、優しい風が吹いていた。


「はい、ありがとうございました、帰ってこれる自信はないけど、何かを変えられる自信はばっちし貰いました」


あんなに怒鳴った相手に命を救う術を教えてもらうなんて一ミリも思っていなかった。

それでも主人公に近づいた気がする。


「…達者でな」


足を踏み出す、都市を目指してこの足は動き出した。

もう何があっても止まらないという心と共に。


大きな平原を目の前にする。


「さぁ、勝負しようぜ」


腰につけた鉄製の剣、背中にかけた弓。


「つまらない世界を支配する魔王様よ…!」


ずっと、ずっと、数十年、待ってただろうよ、魔王さん?


「俺みたいな『バカ』のことをさ」


まだ魔王に剣先は到底届かない、でもこの心は届く。


「ナメんなよ、異世界主人公だぞ」



小さなランタンに火をつけた。


夜道はモンスターが出現するからあまり出歩きたくはない。


しかし、中央都市には少なくとも歩いてここから四日かかる、休む暇などできるだけ取りたくはない。


魔王の手下だってどこに蔓延っているかわからない、危険なのはわかっている。


確かに草が揺れる音が聞こえるが、大体が鳥かスライムだ。

スライムはそもそも襲って来ないし、踏めば倒せる。


しかしそれは油断を生み出してしまう。

だから草の音にはいちいち反応するようにしている。


「…煙?」


草むらから煙が見える。

大きな煙だ。

火のないところに煙はたたない。


何かが燃えていると草むらを退けて走り出す、そこには村が一つ。

絶賛炎上中だ。


「…大丈夫かよオイ!」


ランプを腰につけ、

全力疾走に切り替えて、村へ走り出す。

走れば走るほど村はどんどん近づいてくる。


途中何回か転びそうになったけど、ようやく村という村についた。

夜なのに異常なほど光を放つ。


村の中心だ。

村の中心から声、悲鳴が聞こえる。


その場所に来て、再び俺は異世界というものを思い知らせた。


逃げていく村人がバッサバッサ斬られていく、一人の薄緑色の肌をした男に。


何人かは震えでその場で動けず、ただ死を待っていた。


薄緑色の肌の男。

黒い布を体にかぶせ、片手にはいかにも強そうな大剣を持っていた。


視線がこっちに向いた瞬間、危険を感じ走り出した。


今の俺には勝てない、なら勝てる策を考えなければと。

男は走ってくる。


「待てぇい!」


鎖が飛んできた、右頬すれすれに飛んできた、外れた鎖は地面に突き刺さり深い穴を開けた。


「あれで捕まえる気かよ!?」


戸に突進して壊し、家に入る。

すると壁を壊してとんでもない威力で家の中の物品が破壊された、壺や、人形、バケツまでも、あるゆるものが粉々になった。


間一髪で避けられたものの壁が粉々になり攻撃を防ぐ方法がなくなり、剣を抜き男に突進する。


予想通りの一撃が飛んでくる、これを防ぎ………きれなかった。


大剣の威力は絶大で、剣は壊れずとも吹っ飛ばされた。


「ァッ!?」


数メートルだが屋根の上まで吹っ飛ばされた、すぐに立ち上がって走り出す。

男は鎖を振り回しながら、周りの家を粉々にしていく。


俺は家から家に飛び移って、次の家で屋根が崩れた。

足場が消え家の中に入った俺は二つ壺をとって一つ外の男に投げた。


男は鎖の根元で防ぎ、それをまた飛ばしてくる、壺を投げまた防ぐ。


ひたすら走った。

火のある方へ走る、鎖が足に少し傷を入れ、こけかけた。


男の距離はどんどん縮まっていく。

広がる炎の中の後ろに回り込んだ。


すると燃え上がる炎の中を通って鎖が飛んできた。

腹に直撃するかと思いきや、後ろの壁に突き刺さった。


「…大体お前の位置はわかる、逃げられんぞ、大人しく殺されろ」


俺は計画通りに進んだ、とニヤリと笑った。


「残念だったな、ゴブリン野郎」


薄緑色の肌、ゴブリンとは断定できないが人間ではないのは確か。


さっき投げた壺には、大量の油が入っていた、それを割った鎖には大量の油が付着している。


そんな鎖で炎を中に入れてしまったら、付着した油を通して炎が手元に走ってくる。


男の手に火が到達し気が動転したその一瞬、俺は全力で壺とランタンを鎖に沿ってなげた。


当然、壺とランタンは鎖の先にいる男に当たる。

ランタンには火がついたままだ。

そして壺の中身は


「ダァァァォァァッッ!!!」


油、それも質の良い油だ。

よく燃えるだろうよ。


「燃えなクソ野郎っ!!」


「貴様ァァァァァァァァァッ!!!」


数秒燃えた男は、そのまま倒れ動かなくなった。



運良く大雨が降り炎は消化された。

村人たちは普通の生活に戻ろうと手を取り合っている。


すると包帯だらけの老人が寄ってきた。

俺はとっさに反応する。


「あっ悪い、油そのうち弁償する…」


老人は膝をついた。


「感謝を」


「…え?」


「あなたがいなければ私たちは全員死んでいました」


「感謝を申し上げます」


老人は目に涙を流し、その言葉を伝えてきた。


「…まぁ、その…まぐれではありますけど…その…気持ち、受け取っておきます」


こんなに感謝されるのは初めてで、気恥ずかしい気分になった。

感謝を受け取った俺は、さっそく村を出ようとした。


「どちらへ」


老人に引き止められる。


「あ、いや急いでてまして」


「何かをお礼を」


「いいですよ、気持ちだけで」


一刻も早く都市へ行かなければ。


「ですが、仮にも魔王軍の一人を追い払ってくれたことには感謝せねば…」


「別に…え?魔王軍…?」



ため息をつく、感謝の印に貰ったお馬さんの背中の上で。


「都市に行けるのかな…俺」


いきなり魔王軍を敵に回した。

アイツらからしたらようやく敵対する存在が出てきたって感じだろうけど。

こっちはいきなり大ボスに相手にすることになってしまった。


「そんな俺が都市に入れるのか…まず」


村に来ていた魔王軍はアイツ一人、ならまず顔などが割れることはない。


しかし魔王にとって敵のなる存在がいるという事実は残るはずだ。

なにせどこかに出た軍の部下が帰ってこないんだから。


「…はぁ、ほんとに大丈夫かよ…」


足の包帯はあの村から丸一日つけている。戦っている時は気づかなかったけど、傷は相当深かった。


「まぁ、だからといって目的地を変えるのはかっこ悪いよな」


草原に馬を走らせ都市へ向かう。


■大きな街


街だ、村で聞いた方角に馬を走らせていたら、廃れた街についた。


人の気配はない、石でできた街々は人が賑わっていればさぞ綺麗だっただろう、とポツリと思った。


「…外灯が機能してれば、夜は綺麗な景色が見れるんだろうな…」


すると、後ろから男の低い声がした。


「こんなところに人がいるとは、何事だ?」


振り向くとそこには、黒い防具を身につけた兵士が一人、剣を持って立っていた。


「…旅人だよ」


「魔王軍の支配下で旅とは、馬鹿げたやつもいたものだな」


そういうと男は剣を持って走ってきた。

もう敵がいるという情報は回ってるんだろうか、だとしたら不審な奴は生かしておけないよな。

剣は数秒もすればこちらに届く距離になっていた。

こちらもすかさず剣を抜いて弾き返す。

なんだかんだ剣の実戦は初めてだ、と緊張に押しつぶされそうになる気持ちを逆に押し殺した。


力はあの村にいた男よりは弱い、だんだん緊張が薄れていく。

あいつに勝ったのはやっぱり俺的には大きかった。


しかし問題は防具だ、もともと叩き切られないためのものだし、どうダメージを与えるかっと考えていると、馬が男に突進し突き飛ばした。


「ナイスッ!!」


今ならどこにでも攻撃が入る、と剣を刺し貫こうとしたとき。

雷のようなものが男を焼ききった。

コンマ一秒ほどの出来事だった。


「…えっ!?何、なんだ!?」


雷の落ちてきた方向を見ると、石の家の屋根の上に水色髪の少女が一人、立っていた。


「驚いた…魔王軍に抵抗する人なんて…いたんだ…」


少女は鋭いが、優しい目をしていた。

この異世界に来て、ずっと見たかった目を、しかし剣は戻さず握ったまま、警戒を解かなかった。


「…敵か?」


「いいえ、あなたの同類」


もうこの世界に希望を持つ人間なんていない、なのに俺と同類なんて訳がわからなかった。


「何、あんたも魔王を倒したいのか?」


微笑みながら話しかけると、

少女がクスッと笑った気がした。


「そう…そうだよ」


泣いていた。

正確には、笑い泣きだけど。

俺と同じ気持ちなんだろうな。


俺は男だから笑うだけにしたけど。

なんだよ、希望、まだ残ってんじゃん。


■例外は必ずある


少女は十四歳ぐらいの子だった。

この馬はたくましい、二人くらいならちょちょいのちょいだ。


都市が見えてくる。


「そういえばさ、さっきのビリビリって魔法なのか?」


「…?当然…だけど」


忘れてた、この世界じゃ魔法を見たことない人間は流石に変か。


「魔法…使えない?」


「あ、うん、いやそもそも俺戦うこともまともに出来ないし」


「それなのに抵抗…珍しい…人」


「だろうな」


そんな会話をしていると、都市が目の前まで来ていた。


これはまさしく異世界版TOKYOというべきか、驚くほど大きい。

大きな壁に囲まれている。


「万里の長城かよ…」


この都市の真ん中に、最大の宿敵、顔見たことないけど、魔王がいる。

入るのは簡単だが、問題はここからだ。


「あ、そうだ、この都市に入る前に名前聞いときたいんだけど、俺はユウイ、君は?」


「…私?名前、名前…どうしよ」


ここは俺たちの世界の常識が通用しないことが多々ある、名前がないくらいなら今更どうとも思わなかった。


「ないなら後で考えようか、入ろう」


手綱を握り、ゆっくりと門に近づく。

開いているその大きな門を潜る、数百メートル進むとそこには。


「…うっわ、人だらけだな…」


まさに異世界版スクランブル交差て…いや、もう例えるのやめよう。

そのうちネタも尽きそうだし。


「私、こんな人多いの初めて」


空には木箱を持った鳥のような生物も飛んでいた。


「俺もこっちに来てから初めてだよ」


流通がなんなのかわかんないけど荷物を積みながら走る別の馬をゆっくりと追いかける。

年のそこら中を回ってみる。

道の周りにはたくさんの店が並んでいた。


「果実、包丁、なんか色々売ってるんだな…」


「買い物、してみたいけどお金ない」


「安心してくれ、俺もだ」


村でちょっとばかし貰ったお礼もあるけど、いざというときのため使いたくない。


「このペンダント…いや、売っても金にはならんか」


あの王室でハゲ老人に貰ったペンダント、見たところ木で編んで作られているからお金にはならなさそうだった。


「宿を探そう」


にしても、どうするべきか。

都市についた以上、魔王に攻める以外することがない。

でも今の力じゃ、魔王と戦っても剣先が届くことすらありえない。


「というか城の中も警備厳重だし魔王に会えるかすら…」


この前の村にいたあのゴブリン、あんな奴がうじゃうじゃいるなら現時点どうしようもない。


この女の子魔法は確かにめちゃくちゃ強そうだった、でも魔王達がどの程度の魔法を使うかがわからない。


「ねぇ、魔法ってさ…、人に教えたりできるのかな…?」


「…?私は先生じゃないからわからないけど、初歩の初歩なら」



小さなボロ宿に泊まる。

机で向かい合って少女はカバンから小さな紙を取り出した。


「ここに手を置いて」


紙の真ん中には赤い印が打ってある、見た感じ色的に弓矢の修行で的の色付けに使った果実をすりつぶしたものだろう。


「うん、置いた」


「フ・レ・ファ・イ・ヤ」


「…え?」


少女は赤ん坊に言葉を教えるような口調になった。


「言ってみて」


「…えっと…フレファイヤ…」


その時、何か不思議なものを実感した。

確かにそう口に出した。

しかし『フレファイヤ』という言葉は、音を発さかったのだ、だから少女は発動しないようゆっくりと口で音が出るよう発したのか。


その瞬間、手に熱い何かが上がってくるのを感じた。


紙から手を離すと


「火、火だ!これは確かに!火…小さくない?」


ほんの数ミリ程度、これじゃマッチだ。


「最初はみんなこんなもの、使えば使うほど火力も上がっていくはず…これは小さすぎるけど…」


「でも…これが魔法か…感動したよ…」


流石は異世界エネルギー!

魔法がない世界出身の人間にも、魔法が使えるようになるのか!


「他にはどんな魔法があるんだ!?」


「…多分だけど、これ以上は無理…」


少女は少しだけ顔を逸らした。


「…?なんで?」


「多分もう魔力切れ…」


手の上にあった火は、風に吹かれたかのように消えてしまった。


「あ」


もうフレファイヤと発しても音は消えるが火が出ることはなかった。

魔力自体は時間経過で回復するらしいがそもそも俺は貯蔵量が知れている。


「魔法に頼る機会はなさそうだな…」


宿の窓から外を眺める。

夜の闇。

そこに見えるのは街の中心、いわゆる魔王城、あの中に大量のモンスターと魔王がいると思うと、少しだけ寒気がする。


「少し外に出てくる、部屋にいといてくれ」


宿から出て、魔王の城をじっと眺める。

周りに人はいない。

東京タワーよりは小さい、大阪城を縦に伸ばした感じというか…なんというか。


「こんなところで何をしている」


ずっと城を眺めるのは不審に思われたのか、白い防具の気高い騎士に声をかけられた。

そういえば職業多いんだっけ、この世界。


「いんや、ちょっとばかし魔王を殴り飛ばす方法を考えてた」


騎士とは、俺らの世界で言うお巡りさん。

パトロールして、悪い奴がいたらぶっ叩いて牢屋に打ち込む、まんまだ。


「…フッ、そんなことを考える馬鹿がまだいたとは驚きだよ」


騎士は笑っていたが、貶しているようには聞こえなかった。


「んだろ?何にでも例外ってあるんだよ」


「僕も数年前は魔王に蹴りの一発でも入れようと思ったさ、でも僕以外誰もそうしなかった、だからやめたのさ」


希望がない人間の理想なんて叶うわけがない、


「思っただけだろ?やろうとしてねーじゃん」


どうせなら吹っ飛ばすくらいの根性でかからないと、誰もついて来てくれないだろ。


「…それはどういうことかな」


騎士は真剣な顔をして問いかけてくる。


「ダンスだよダンス、人がいないから踊らないってのは馬鹿だ、踊らなきゃ人は寄ってこない、行動を起こさなきゃ協力者なんて現れねーよ」


希望がない世界なら、希望を見せびらかしてやれ、ずっと心の中で思っていたことだ。


「…面白いな、はて、君の戦力は?」


「戦えない軟弱男と魔法少女、その二人!」


すると騎士は剣の鞘に手を置いた。


「いや、そこにもう一つプラスしてくれると嬉しいな」


「強そうな騎士様一人か?いいぜ、歓迎する」


「いや、強そうな騎士様の団長、クラロード・ニハリをね」


奴隷が集められ発展した街とはいえ騎士は騎士だ、部外者だが強い人間の集まり。


「…ん?団長?」


団長ってことは…後ろの団員もプラス…いやでも団員の数も知れてるだろうし…。


「百五十人増えれば戦力、かなり変わるかな?」


思ってた人数より百五十倍多かった。


「はー!?!?」


−都合まじGOOD、異世界MOST GOODまんじ。



さっそく騎士が現在進行形で『飲み会』こと宴会を開いている酒場に案内された。

すっごい地下にある。

階段を少女と一緒にゆっくり降りていく。


そして、勢いよく扉をバーン!!!

人数だけなら学校の修学旅行で見た食堂、めちゃくちゃ人がいる、えっ全員肩幅やっば。


スゥーっと息を吸い込む、扉を開けて早々そいつらに


「魔王様、殴りたい人、手ぇあげろぉぉぉぉおぉぉぉ!!!!」


騎士達はキョトンとした顔で

全員こっち見た。


「…誰だ、このガキ」


「急になんだ?」


すると俺の後ろにいたクラロードが顔を出す。


「みんな、これより魔王討伐作戦の話をしよう、彼が主犯だ!みんなが待ち望んでいた存在だ、存分にその剣を振るう時が来た!」


かっこいい声、その声でその音量とか惚れてしまうだろ、というリーダーシップあるボイスで騎士達に言葉を伝えた。


というか主犯ってなんだこら、国家反逆罪じゃないんだから別にいいだろ別に。


「僕らはね、君みたいな大きな行動を起こしてくれるバカを心の何処かで待っていたんだ、だから君に協力するよ」


団長が言ってくくれば話は早い、騎士達はゆっくりと微笑みながら手を続々と挙げ出した。


「何、魔王を倒したいわけじゃないが、誰かがやるってんなら後押しでかっこよく死んでやるさ」


「俺も、このまま死ぬのこの都市と一緒に滅びるのはごめんだね」


「もういないと思ってたぜ、お前みたいなバカのガキンチョをさ」


やっぱ男だと。

そして全員、満場一致で剣を取ってくれることになった。


つまらない世界、違うな、やり方を間違えなければ、全然つまらなくない。


「よっし、やるかー!!!!!」


騎士達は手を挙げたまま、歓声を聞かせてくれた。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


■魔王討伐作戦


宿にメインメンバー三人で作戦会議を開いた。


「魔王だけど、城の周りにはモンスターが集まってパレードしてるんだよな」


俺がそう言うと、

クラロードが本を開いて地図のページを見せてくれる。


「ああ、食料の受け渡しなどで何度か見たことがある、いたのは大量ゴブリンだね」


ゴブリン、そう聞くと村にいた奴を思い浮かべる、異常な筋力に頼っているところが大きく人間ほど知能はないように見えた。


「城の外殻をゴブリンで…てことは中はもっと強いモンスター…がいるかな」


よく考えてみたら、一度も攻められたことない城だ、もう警戒態勢なんてほぼないに等しいんじゃないんだろうか、魔王軍の力なんて廃れてるに違いない。


「でも、正面で斬り合えば人間の僕らに勝ち目はないね」


「アイツら俺らに近い生物、なら炎でよく燃える、油で燃やしてすぐ他のモンスターに取り掛かろうぜ」


「他のモンスターか…ワイバーンとかかな」


羽の生えた素早いドラゴン。

モ●●ンでいう赤いアイツだ、ウスだよウス。


「ワイバーンか…見たことないんだけど」


ゴブリンとスライムしか、今ところ見たことがない、というかゴブリンのイメージも全然違ったし。


「ユウイ…街の空で荷物運んでたの…ワイバーン…」


ずっと横で見ていただけの少女がようやく口を開いた。


「あれがか…だとしたら思ったよりも小さいな」


一匹の大きさ、軽トラック一台より少し小さいくらい。


「個体差はあるけど、街に飛んでいるのはあれでも大きい方だからね、なに、魔力を込めた矢があれば簡単に撃ち落とせる」


魔力を込めた矢、森で聞いてはいたけど実在していたとは…。


「驚異的なモンスターはそんなところか?」


ワイバーン、ゴブリン、魔王軍にしては少なすぎな気もしなくもない。


「いや、それがね」


クラロードがコップに水を注ぎ、一回で飲み干した。


「存在するかすら、正体も、戦力もわからないモンスターがいるんだ」


クラロードの口から出てきたのは、何もかもが不明のモンスターの存在だった。


「…え?」


「魔法で構成されたワイバーンで、大きさは街一つ分くらいの…」


「…そんなのいんの?」


少女もコップに水を入れて、本のページをペラペラめくっていく。


「いる、昔よく本に書いてた、これ」


そのページに描かれていたのは、

街を喰らいつくすワイバーンだった。

昔見た怪獣映画のようだった。

でも一つだけ断言できることがあった。


「いや、こいつは存在しない物として捉えよう」


俺は自信満々にそう言った。


「こんなのがいたら魔王の魔法でも制御は難しい、自分の実力に近いものを配下にはしないだろ、流石に」


騎士と少女が同時に微笑む。


「…そうだね、話は通っていない気がするけど、君ならなぜか信用できる」


「仮にいたら魔王より、驚異…」


「んだろー?ま、魔王倒せるかどうかなんだけど…」



数ヶ月、騎士達のところで剣術を教えてもらう予定だったが、その修行は一週間程度しか続かなかった。


村のゴブリンが倒された後、すぐに都市にやってきた俺は警戒され魔王軍に監視されていたのか、騎士達のもとにゴブリンが来たそうだ。


「…ゴブリン共にはなんて言われたんだ?」


俺はそう騎士に問いかける。


「『君を殺せ』とね、どうやらのんびりはできないみたいだ」


「ああ、すぐにでも殴り込まなきゃいけないな…」


騎士と俺は、剣を鞘から抜いた。


「明日には出撃しよう」


■ユウイと少女


騎士達が家の部屋に泊めてくれる、と言っていたが少女がどうも落ち着かなさそうだったので、あのままずっとボロ宿を借りている。


それからずっと少女には魔法について教わっていた、ちっこい雷、水滴、役に立つのか分からないものを教わった、魔法は一日二回が限界で未だ火は大きくならない。


「そういえば、名前、決めてなかったけど今日で最後かもだし今決めるか?」


少女がうなずいたのを見て、部屋に備え付けのメモとペンを机から持ってきた。


「えっと…どうしよっかぁ、ていうかペンあっても俺こっちの文字書けねーじゃん…」


「ユウイ」


「何?」


「ユウイがいい」


「同じ名前って…悪くないけどいいのか、ややこしくない?」


「ユウイがいい」


相撲か、というぐらいには推してくるので仕方なく紙には日本語で「ユウイ」と書いておいた、差別化のため一応名字をこっちで決めておこう…。


「んじゃ、今日からお前はユウイ、いいな」


紙を少女に渡す、ユウイは笑顔でうなずいた。



朝五時、全員が目覚ましなしでその時間に起きて五時半には集合した。

というかこの世界にも時間ってあるのか、誤差はあるけど驚いた。


クラロード、俺、馬、ユウイ、騎士達、全員がいま同じ場に、同じ目的で集まっている。


俺たちは今から魔王の城にリア凸、爆発、大炎上しに行く。


こんな大勢で街中を歩くもんだから、周りの住人達にも話は広がってたらしい。


すると歓声の嵐、めっちゃ目立つじゃん。

ま、もうアイツらには気付かれてるだろうから関係ないけど。


「な、ゴブリン共!!!」


街中で容赦なく数十本の鎖が飛んでくる、潜んでいたゴブリン達だ。

しかしそんな攻撃が来ると分かっている騎士達は華麗に交わし、空中にも関わらず鎖を剣で叩き切っていく。


数十本なものの数秒で粉々になり、武器がなくなったゴブリン達は剣に持ち変え襲ってくる。


「いまだユウイッ!!!」


俺が少女抱えて馬からジャンプする、空中、ゴブリン全員が視界に入る最高の場所だ。


「フレファイヤー」そう叫んだのだろう、他人に音は聞こえないが抱き抱えていれば喋ったのはわかる。


都市が燃えるんじゃないかと疑うレベルの炎がゴブリン達を次々と焼いていく、燃えたゴブリンの腹、首を騎士達が裂いたその時、俺たち高度なところから炎が降り注ぐ。

ワイバーンだ、降下すれば俺の愛馬が受け止めてくれた、少女ユウイの魔力を込めた矢で狙いを定める、放たれた矢は一直線に飛んでくるワイバーンを華麗に貫いた。


「よーしっ、木よりでかいから余裕だったわ!!!!」


「ユウイ、手、震えてる」


「触れるな、武者震いってやつだ」


後方では騎士達も次々と矢を放つ、百発百中だ、もちろん俺を入れて。


「あんなけ騎士共は強いのに魔王と戦わないってどんだけ強いんだよ魔王…」


愛馬を走らせ魔王の城まで一直線、騎士達の足は馬より早くすぐに置いて行かれそうになった。


「はっや!?待て待て置いてくな!!」


こっちも全力疾走だ、風にように走れ!!


ゴブリン達が数を増してきた、少女の魔力には余裕があるため次々と焼いては斬ってを繰り返す。


「全く、最近まで希望捨ててた奴らがすることかよ…」


するとクラロードが白馬に乗って俺たちのもとへやってきた。


「捨てたものなんて生き物じゃなきゃ拾うか買うかすればまた手に入るのさ、ユウイ」


「そりゃ金持ちのやり方だな、行くぞっ!」


魔王城の入り口、数分走ってようやく突破した、しかしまだ敷地内というだけで城には指一本触れていない。


「ここからゴブリンが増えるから僕たち任せて君たちは行くんだ!」


「魔法がなきゃ太刀打ちできないだろ、こっちのユウイがいなきゃ」


馬の背中、俺の後ろにくっついているユウイしか高威力な魔法を出すことはできない。


「僕たちも初歩ぐらいはできる、それに君の油戦法があるからね」


村でゴブリンを倒したあの戦法、思ったより信用されてるみたいだ。


「なるほど、任せたぜっ!」


そう言ってクラロード達にゴブリンを任せて手綱を強く握って魔王の城に土足で突っ込んだ。


「この中のモンスターは、どうするか…」


そう考えながら馬を縦横無尽に走らせる、魔王の部屋をひたすら探し続ける。


「ユウイ…ここモンスターいない…」


廊下にはひたすら血痕がある、何を殺したのか何が殺されたのかは不明だが、モンスターの気配が一切なかった。


「は?なんだこりゃ…」


ひたすら階段を愛馬で駆け上がった。

ようやく辿り着いたのが、大きいくらい部屋だった。


壁にかかった松明の火が次々と大きさを増し、部屋は一気に明るくなった。


その先にいたのは、一人の男だった。


俺とユウイは馬から降りて、ゆっくりと近づいた。


若く俺と年齢はあまり離れていないように思えた、それどころか体格さえもあまり違いがない。


黒い布、金の装飾品。


「あんたが魔王かよ」


男は無言で頷いた。

そして口が笑っていた。


部屋には大きな魔法陣のような線が書かれている、ユウイはそれに警戒しきっている。


すると魔王であろう男は、腰から鉄の剣を抜いた。

魔法で戦うと聞いていたのに、何かがおかしい。


「君たちは、伝説のワイバーンを信じるかい?」


魔王が初めて口を開いたその瞬間、

魔王の剣も同時に動き出した。


間一髪の防御、剣と剣がぶつかるその瞬間、閃光が部屋を照らした気がした。

力に押し負け、案の定吹っ飛ばされた。


斬られるかと思ったその瞬間、ユウイの雷が魔王を撃った。

魔王は剣術で雷をバラバラに分解した、その隙を見て俺が剣で魔王に斬りかかると、傷をつけることができた。


「なんだ、大したことないな、二人なら勝てる」


「…うん」


俺の剣の動きに合わせて、あらゆる魔法が魔王を穿つ、技量と力量で遅れを取ったが魔法の後方支援の存在は大きく、あっさりと決着がついた。


心臓を剣が貫いていた、初めて剣の勝負に勝てた。


しかし魔王にしては弱すぎる、これなら騎士でも勝てたしゴブリンを相手する方がよっぽど脅威だ。


すると魔王が血の流れる口を開く。


「魔王…なんてもうここにいない」


「…は?」


すると貫いたはずの心臓からとてつもない風が発生し、俺は吹っ飛ばされた。


台風とは比にならないほどの風力、剣を地面に突き刺し、どうにか風に飛ばされないように耐え、ユウイは柱に強く抱えている。


「なんだ、こいつ!?」


「わか…らない!」


男は地面を強く踏んだ。


「この床の魔法陣はな、伝説のワイバーンを作るために書かれた魔法陣だ、生贄をこの上に乗せ何度も実験した!!!」


魔王の目的、つまらない世界を伝説のワイバーンで破壊しようとしたのだろう、魔王にも手に負えないモンスターを召喚し隅々まで粉々に。


城の中にモンスターがいなかった理由、ワイバーンを召喚するためのモンスターを生贄に捧げ続けた。


「しかし、召喚は何度やっても失敗だ、魔王は呆れてこの世界を離れたよ、この生贄の魔法陣で自分自身を別の世界へ転移させてな!」


その生贄によってワイバーンを召喚する魔法陣、自身に使えば別世界に転移させる装置になりうる。

魔王がどこに行ったかは不明だが、魔王がもうここにいないのは確かだ。


「魔王がいなくなった今、私が代役を務めこの都市に奴隷を集めた、何故だかわかるか?」


すると風の中で必死に柱にしがみつくユウイが何かに気づいた。


「…生贄…!」


どっかの漫画で読んだことがある展開だが、対処法なんてない。


「そうだ、この街を魔法陣、城を中心に位置すれば、ここを魔法陣の中心にすれば全ての人間が生贄に変わるっ!!!!!」


男が拳に魔力を貯めている。

戦闘中、一切魔法を使わなかった理由を今理解した。


しかし風にせいで身動きがとれず、阻止できない。


「させないっ!」


男の拳が斬り落とされた。

その場に立っていたのは風に動じず剣を持つ騎士団長クラロードだった。


「クラロード!!!」


風が止まり、斬り落とされた拳からは魔力が消滅した。


「大丈夫かい、二人とも!」


「あぁ!早くその男を殺せっ!!」


斬り落とされた拳が動き出し、クラロードの足を掴む。

掴まれた足は異常な握力なのか血が溢れ出た。


「なっ!?」


俺はとっさに瓶を手に取って、男にストレートにぶん投げた。

瓶は残っている片方の拳で防がれる、しかし


「フレファイヤァァァァァァァァァッ!!」


そう音のない声で叫んで、片手から小さな火を作り出してそれを吹っ飛ばした。


火はすぐに男に引火し、瓶の中に入っていた油で広がった。


「斬れっクラロード!」


足が負傷しても腕は動く、クラロードの剣技が男の腹を上と下に斬り割いて真っ二つにした。


血が溢れ出でた、もう男は動けないはずだ。

それに全身が燃えている。


するとクラロードの足を掴んでいたはずの拳が、とんでもないスピードで飛んできた。

首を狙っている。


「まずいっ」


が、ペンダンドが青い閃光を放ち、拳が首を浮かぶ前に空中で焼き払った。


「…え?これそんな効果あったの」


すると男の焼死体が喋りだす。


「これなら俺の勝ち逃げだな」


都市が揺れている、城のボロボロになった窓からは空の色が紫になっているのがわかった。


「まさか、街中に書きている魔法陣を発動したのか!?」


クラロードですら、揺れでは立つことが精一杯だった。


「何、貴様らは城にいる以上死なない」


「しかし貴様らが希望を与えたこの都市の人間共はワイバーンの生贄だ!!」


揺れはどんどん強くなっていく。

ユウイは未だに柱にひっついている、虫かお前。


「…ん?」


都市の空をとてつもなく大きな何かが通過した、その大きさから影で街は一瞬暗くなった。


ワイバーンだ。

本に書いていた、街を喰らい尽くすワイバーン、デカすぎる、今までのモンスターなんかとは比にならない、城よりも、何よりもでかい。


そして男の体は完全に灰になって消えた、本当に勝ち逃げされた気分だ。


その時、思ったより冷静を保っていた俺は、ユウイに声をかけた。


「ユウイッ、こっちに来い!」


柱に捕まっているユウイに手を伸ばし、そう伝える、ユウイは柱から一瞬手を離し、急ぎ足で手を掴んだ。


ユウイを抱き抱え、少しづつ少しづつ動く、すると俺とユウイは床の魔法陣の中心についた、揺れは徐々に収まってきている。


「…ユウイ、この魔法陣をお前自身で起動させろ」


「…!?」


この子だけには逃げてもらおう、そう思った、クラロードが剣で体勢を維持しながらこっちを見た。


「魔王が使った手を使うのか!?」


「ユウイだけ、この世界から逃げてもらう!魔法陣で別世界に行けるのは使用者だけだし、何より逃げるならこの子が最優候補だろ?」


俺が来る前からずっと魔王を倒そうとしていた少女、俺よりも、誰よりも価値のある。


「そんなの、だめ」


少女ユウイは反対した、しかしそれが正しい反応だ。


「でも、逃げれるのは魔力が大量にあるお前だけだし、何より」


「俺がお前に逃げてほしいだけだ」


そう言ってユウイを抱きしめた。

早くしないとワイバーンが来る。

ゆっくりと暖かいユウイの手を魔法陣の上に乗せ、魔力で魔法陣を起動させた。

ユウイの周りを白い光が包んでいく、異世界転生の時と同じだ、重力が軽くなっている。


「また、会える?」


「…どうかな、俺もこの魔法陣を使えるようになったら会えるかも」


行き先はわからない、それにランダムかも知れない。


「…そうだ、ペンダント」


もしかしたらこのペンダント、道標になったりしないかな、もしそうならあのハゲ老人がいるところに飛ばしてくれるかも。

どうせもう持ってても意味ないし、渡しとくか。

俺はペンダントを外してユウイの首に引っ掛けた。


「んじゃ、あとは任せとけ」


俺は白い光の範囲から出て、ユウイをどこかに見送った。

最後に手を伸ばしてような気がするけど、今頃後悔しても遅い。


「さて、クラロード、このまま死ぬのを待つお前じゃないよな」


「…はぁ、やっぱり君はバカだね、本当に頼もしいバカだよ」


「言っとけ、剣はまだ持てるか」


「ああ」


突然、俺の剣が虹色に光出した。

剣に重量が増していく、しかし持っても重いとは思わなかった。


「…そういや、能力とかもらってなかったんだっけ、俺」


剣を一振り、縦に振ってみる。

すると天井から壁にかけて一気に剣の延長線上に穴が開いた。


能力だ、ようやく異世界能力が開花した。

これならワイバーンに勝てるかも知れない。

ま、ワイバーンがどれくらい強いか知らないけど。


「クラロード、行こう」


「…君は本当に、よくわからない男だね」


やっぱり俺、最強主人公になれたじゃん。

行こう、最終決戦だ。

もう世界なんてどうでもいい、倒せれば万々歳ってところだ。


壁を切り裂き、クラロードと共にワイバーンに向かって思いっきりジャンプした。



少女は宮殿の王室のような場所にいた。


「…ここ、どこ?」


そこは数週間前、あの男が来た場所だった。

あの老人いる。


「突然の来客じゃの」


「…おじさん、誰?」


「ワシはここの管理人、ユウイをあの世界に送り出した張本人じゃ」


ユウイ、少女はその名前を聞いて、あの人を思い出した、今ワイバーンと戦っているかも知れない人を。


「…!ユウイ、今ワイバーンと…!」


「安心せい、あの男ならもうすぐこの場所に来る」


「…え?」


するとどこからか男が一人、振ってきた。


「痛っ!?」


見慣れた人、あの場所でワイバーンに挑んだユウイだった。


「ユウイ?」


少女が男に声をかける。


「…その声は、えっと、ユウイか?」


二人とも同じ名前でややこしくなっているが、正しい会話ではある。


「魔法陣…使えたの?」


「いんや、相討ちだよ、あのワイバーンまぁ強いんだもん、口からビームとか出しやがってさ」


「こうこっちも捨て身で剣をあいつのはらわたに…ん?」


俺がそう話していると、ユウイが抱きついてきた。


「ユウイ…ユウイ!」


泣いていた、俺もまた会えるとは思ってなかった。


「そう、そうだ、異世界主人公ユウイだ」


今度はこっちもちょっと泣いてしまった。

するとハゲ老人が近寄ってきた。


「ユウイ、世界は救ったな」


「そうだな、生贄もどうにか戻ってきたっぽいわ、後は騎士達が後始末つけてくれるよ」



森、ユウイが転生されてきた森だ。

男が一人、花畑を見ていた、ユウイに剣術と弓を教えたあの男が。


「…手紙、なぜこんなところまで」


戦いの前、ユウイは男に手紙を送っていた。

しかし手紙が届いたのは戦いの後だった。


『明日、俺魔王と戦うっぽいから手紙送っとく。 感謝してるぜ、おじさん。

剣術と弓、あんまり使う機会なかったけど感謝してる、あの修行のおかげでちょっとだけタフになったよ。


本当にありがとう。

それと、あんたの子供と奥さん、元気そうだったぜ。 ユウイより』


クラロードに教えてもらったばかりの下手な文字で書かれていた。


男は手紙を読み上げた。

「…ユウイ…」


男は生きていたとわかった家族に会いに行くために準備をした。


優しい風が吹いていた。



「んで、これからのこの子の行き先だけど」


「お主の元いた世界でいいじゃろう」


少女ユウイの行き先について、話し合っていた。


「ユウイは…ついて来れない?」


少女は俺の袖を引っ張った。


「うん、ごめんな、俺は死んだから天国行き」


「ふぉふぉ、こんな男天国にも行けるかの」


「しねはげくそじじい」


「あっなんじゃこら」


少女はその光景を見て、クスリと笑った。

少女の笑顔に、二人も和まされる。


「…どうじゃ、あの世界に行った意味はあったじゃろ」


「…ああ、女の子一人救えたならそれでいいよ、未練もない」


「どれ、今からその女の子を転送する、ユウイ、見送るだろ?」


「…ああ」


少女に別れを告げる時が来た。


「ユウイ、お前は今から俺の故郷に行くんだ、元気でな」


今日はよく、目から水が出る。

高校二年生にして、歳かな、涙腺が脆い。


「…うん!ユウイも元気でね」


少女は涙を流しながらも笑っていた。

俺もそれを見て元気が出た。


「あっちで待ってるから、俺の故郷を堪能したら来い、でもあと九十年はこっちに来るなよ?」


少女には長く、俺の世界を生きてほしい。

友達を作って、泣いて、笑って、怒って、それを存分に楽しんでほしい。


最後にユウイの頭を、なでた。



俺たちの世界、ユウイはその場所に来た。

ど田舎、周りには田んぼ。

夜中だった、外灯しか明かりがなかった。


「…ここが、ユウイの住んでた世界?」


手当たり次第に歩こうにも、どこに行けばいいか分からない。


「これ、夜中にこんなところでなにしとる」


ユウイは突然、後ろから声をかけられた。

老夫婦が立っていた。


「女の子がこんな夜中に立ち歩いちゃいかんよ」


ユウイは、どう接すればいいか分からなかった、すると老人がユウイをじっと見た。


「…迷子か?」


ユウイはとりあえず頷いた。


「んじゃ、名前は?」


「…ユウイ」


「上の名前は?」


上の名前、意味がわからなかった。

しかし、ポケットにあの男が書いたメモが入っていた。


日本語で書かれたメモ。

それを老人に手渡した。


「くらまつり…ゆうい?」


ユウイは頷いた、あの人がつけてくれた名前だと。


「そうか、じゃぁ今日は泊まっていきな、明日街に連れてってあげよう」


「にしてもおじいさん、ここは迷子が本当に多いねぇ…」


「な〜んに、たまたまじゃよ」


ユウリは、老夫婦についていく。


「お嬢ちゃん、可愛いペンダントだね」


一歩歩み出した、もうその心は止まらない。

希望がある世界を、一歩踏み出す。


『これは、希望を振りまいた男の物語』


『これは、希望を持ちづけた少女の物語』

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つまらない世界を支配する魔王様へ クラゾミ @KURAZOMI

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