最終決戦・開始
「……え、あ」
明らかに頭が処理落ちしていることが如実に分かる、真っ赤な顔をしたハナに、僕はもう一度告げた。
「僕はキミが大好きだ。コレからもずっと笑っているハナの傍にいたい。キミが笑っていられる場所を守りたい。だから戦うよ」
「…て、テンちゃ――」
「さっさと始めるぞ! 早くしろ!」
もう少しオロオロするハナを見ていたかったのだが、男テニ部長が急かして来る。
「はーい。そんなワケでハナ、協力して欲しい。あとラケット貸して」
「――あ。う、うん」
そう返事して小走りに自分のバッグへと向かうハナ。
「へーえ、コレがテニスラケット……。初めて触った。男子用とか女子用とかあるワケじゃないんだ?」
僕はハナから受け取ったラケットで素振りをしながら言う。
「……うん。重心の位置とか、色々好みで決めるもので、特に規定はないんだ」
先程までとは違い、頬を弛めながらハナが答える。
「……何か、楽しそうだね?」
「ん? ん―……うん。まさかテンちゃんと一緒にテニスするなんて思ってもいなかったから。何かおかしかったり嬉しかったり」
言葉の通り、ハナは何だかウキウキしているようだ。
……本当にテニスが好きなんだろうな。
そうだよ。
ハナにとってはテニスというのは、楽しくて、どんなに辛くても努力して邁進していけるものなんだ。
決して個人の感情ややっかみで、邪魔されていいものなんかじゃないんだ。
「確かに。でも本当に僕、ズブの素人だから、色々訊くと思うけど、教えてね」
「うん。任せて」
「よし。じゃあ行こうか!」
「うん!」
僕とハナは並んでコートに足を踏み入れた。
「そう時間かけてもいられないから、デュースはなしの4ポイント先取で勝ち」
ネットを挟んだ向こう側に立つ、既に頭に無数の血管マークを浮かび上がらせた男テニ部長がかったるそうに説明する。
「ジュースって何? 給水タイムのこと?」
僕は小さな声でハナに訊く。
「えっと……本来なら3ポイントずつ取って同点になったらそこから2ポイント連続で取った方の勝ちになるんだけど、今回はとにかく先に4ポイント取れってこと」
「なるほど」
明らかに温度差のあるこちらサイドのほのぼのトークに、さらにネットの向こうサイドのイライラが増していくのが分かる。
「――で、それを2ゲーム先取した方の勝ちとします」
「つまり最大で3ゲームてこと?」
またも僕はハナに振る。
「そうそう、よく分かったねテンちゃん。偉い」
「やったぜ」
ビキビキ。と相手二人のボルテージが加速していくのを感じるぞ。
僕はわざとだが、まあ、ハナも天然だからなぁ。
「あなた達ね、イチャイチャしてるんじゃないわよ。コレから戦うのよ?」
女テニ部長が我慢出来なかったのか、口を挟んできた。
「イチャイチャなんかしてません!」
「てゆーか羨ましかったらそっちもしたらいいじゃないですか! 恋人同士なんだから!」
ハナと僕が即座に言い返す。
「羨ましくなんかないわよ! 私達は部長だし、他の部員への示しがつかないし……」
「恋人の後輩である他の部員に手を出したり、八つ当たりすることは示しがつくと思ってるんですか?」
僕は睨み殺すつもりで相手の目を居抜きながら、一気に声を低くした。
「いいから、テンちゃん。それで、サーブ権はどうするんですか?」
「サーブ権?」
あれか、最初に打つヤツか。
「うん。コイントスかラケットトスとかで決めたりするんだけど――」
「やるよ。ド素人相手にまともにやっても仕方ないだろ」
うんざりした口調で男テニ部長が言う。
「――いいんですか?」
「ええっ!? いいんですか! あとで負けたイイワケにしませんか!? ド素人に負けるかもしれないから今の内に保険を掛けようとしていませんか!?」
「うるせー! 譲ってやるからさっさと始めろ!」
「あざーっす!」
いい加減爆発し出した部長に背を向けて、僕とハナは配置へと歩き出す。
普段澄ましてる男テニ部長の我の失いっぷりに、速見先輩と小太郎の爆笑する声が聴こえる。
「テンちゃん……おちょくり過ぎ」
さすがにハナに窘められた僕は、少し反省した。
「ごめんごめん。ここからはちゃんとやる。何せ初めてのことばかりなんだ。楽しませてもらうよ」
「うん。いっぱい楽しんで」
そう言ってハナが嬉しそうに笑う。
……ああ、やっぱりコレがなきゃ僕は駄目だ。この花の咲くような笑顔があるから、僕は僕でいられるんだ。
……それを脅かしたお前らの罪は、万死に値するんだよ。
「アマツ、頑張れよ!」
「神乃ヶ原くん、頑張りなさいよ!」
「頑張りたまえ、神乃ヶ原くん!」
「……ふっ」
慣れ親しんだ声に、思わず笑いが漏れた。
ラケットに触るのも初めて。コートに立つのも初めて。やること成すこと初めてだらけ。それもこんな大観衆の中で。
だというのに、僕は少しも緊張していなかった。
自分がコレから何をするのか、何が出来るのか、自分自身楽しみで仕方がない。
「では、神乃ヶ原天! 人生初サーブ、いきまーす!」
そう言って僕は手に持っていたボールを高々と放った。所謂トロフィーポーズ(あとで聞いた)というヤツだ。
ここ最近溜まりに溜まっていたフラストレーション。
友人達のおかげでここでこんなに晴れやかな気分で身体を動かせることへの感謝。
敵への憎悪。
そして何より、ハナへの想い。
その全てをボールに叩きつけた。
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