KO勝ちは公式ルールではない?
「死ねぇっ!」
僕が渾身の力を込めて打ったサーブは、向かいのコートにいる男女テニス部長達の頭上を遥かに越え、その後ろのフェンスも越え、空へと向かっていった。
「……あれ?」
僕の人生初サーブは特大ホームランとなってしまったみたいだ。
瞬間、フェンスの向こうから小太郎の大爆笑が聴こえる。
「だはははははっ!」
「ちょっと風間くん! 笑っちゃ失礼ですわよ……ぷっ!」
神原……お前も笑いが抑えきれなくて漏れてるぞ。
「いいよぉ……! 大失敗して恥ずかしそうな表情のキミも輝いているよぉ……! 神乃ヶ原くん……! 副部長っ!」
「はい。既に撮っています」
……各々、好き勝手に楽しんでくれているようで何よりだ。
「く……はっはっは!」
当然、向かいのコートにいるテニ部長らも失笑している。
おのれ、お前らが笑うのを許可した覚えはないぞ。
「ふふ……あはっ」
「あ……ハナまで笑う。仕方ないだろ、初めてなんだから」
「ごめんごめん。本当に初めてなんだなぁって。何か懐かしくって」
「懐かしい?」
「うん。テンちゃんって、まず最初の一回って、必ず失敗するから」
「……そうだっけ?」
なんて唇を尖らせながらも、僕は確かにそうだな、と思い返していた。
初めてのキャッチボールも、そうだったけな。
「そこから、お手本を見せられたり、失敗した中で感覚を掴んで、あっという間に上達しちゃうの。だから凡人なのは最初の一回だけ」
「…………」
「テンちゃんはね、失敗から学ぶことの出来る天才なんだと思うよ。その努力の速度が余りに早過ぎて、他の人達は気づかないの」
「…………」
父さんと母さんの前で吐露した、あの言葉を思い出す。
――僕は天才だ。何の努力もしてないのにどんなに努力したヤツよりも天才だ――
次いで、僕がずっと憧れていた父さんの言葉を思い出す。
――挑戦をしない人間は二流。挑戦し、失敗から何も学ばない人間は三流。失敗から大いに学び、立ち上がった時には次の自分の課題を見つけている人間こそが、一流となれるのだろう――
……そっか。そうだったんだ。
僕は、努力をしていないワケではなかったんだ。
人事を尽くしていないワケではなかったんだ。
尊敬する父親の言葉を――実践出来ない息子などではなかったんだ……!
「もう、今の特大ホームランで、感覚掴んだ?」
「うん。多分次はもう普通に打てる」
微笑を浮かべるハナの問い掛けに、僕は不敵に笑ってそう返した。
「ちなみにもう一回失敗したら失点になっちゃうからね」
「え、てことは今のは失点になってないの?」
「うん。一回は平気」
「おお、じゃあ気を取り直して――」
そう言って僕は先程と同じようにボールを高々と放り――
「死ねぇっ!」
――思い切りラケットを叩きつけた。
「ぐえぇっっっ!?」
僕の放った剛速球は、男テニ部長の顔面を捉えた。
予測の範疇を遥かに上回る速さだったのだろう。
何の反応も出来ずにぶっ倒れる彼を見て、ここだけの話……僕はちょっと、いや大分スッキリしていた。
「コレ、こっちの得点だよね?」
「うん……まぁ、そうなんだけど」
満面の笑みを浮かべる僕と対照的に、苦笑いで答えるハナ。
「ようし、じゃあこの調子でドンドンいこう!」
気を良くした僕はこの勢いに乗らんとばかりに再びボールを放り投げ――
「死ねぇっ!」
――ラケットを叩きつけた。
「こんなん……避ければアウトだろうがっ!」
男テニ部長が叫びながら顔を横に逸らす。
「……まぁ、そう考えるよね。凡人は」
完全に思い通りとばかりに、僕はボソリと呟いた。
瞬間――ボールが彼の顔を追いかけるように急激に曲がり、再び男テニ部長の顔面に直撃する。
「だばぁぁああっ!」
再び後方に吹っ飛ぶ部長。
「あっはっはっは! いやぁ絶対避けようとすると思ったんだよね。試しにカーブ掛けられるかなってやってみたら上手くいった」
「テンちゃん……」
「何だよ。ルール上は問題ないんだろ? それに、正直、残りの全弾を顔面にブチ込んでも、まだあいつへの罰としては軽いと思ってるぞ僕は」
眉根を寄せてこちらをジトっと見るハナに、僕はふてぶてしく返した。さらに続ける。
「コレってこのままKОしたらこっちの勝ちなんだろ?」
「そんなルールないよ……」
「え……? えぇっ!? ないの!? 母さんの漫画で見たらめっちゃ観客スタンドまでふっ飛ばしてたぞ? 避けらんねえ弾打ってKOしたら勝ちみたいな感じだったけど」
僕は本気で驚いた。同時に、どうも僕がやろうとしているテニスとハナがやろうとしていたそれが違うということに気がついた。
「それは漫画でしょ。あと……サーブは相手のコートにワンバウンドさせなきゃ駄目。相手に当たってるから得点になってるけど、本当はマナー違反なんだからね」
「でもルール違反ではないんだろう?『嫌ならさせるな』は勝負の常だ。勝負は得意の押し付け合いだ。ぶつけられるのが嫌なら避ければいいんだ。まぁ避けさせないけど」
僕は譲る気はないとばかりに口をへの字にした。
「テンちゃん……!」
「む」
そこでハナが本気で怒ったような顔をした。
あぁ……実はこの顔が好きだなんて、さっきは結構恥ずかしいことを口走ってしまったなぁ。
「あたしは……テンちゃんとテニスが出来るって……嬉しかったの……!」
「……はい」
「自分が大好きで打ちこんでいるものを……大好きな人が一緒に楽しもうとしてくれたんだよ? 分かる? すごい嬉しかったの」
…………。
「……え?」
「……へ?」
「今、何て言った?」
「だから、大好きな人が――」
そこまで口にして、ハナは自分の放った言葉が持つ意味に気がついたようだ。真っ赤になって湯気を噴く。
「――だ、だからっ! まともにやって! 普通にやって勝ちたいの! あたしは!」
湯気を噴いたまま、ぷいっと顔を背けながら、彼女はこう続けた。
「……出来るでしょ?」
「出来るな。超余裕だな……分かったよ」
僕は、その真っ赤な耳に、そう返した。
……コレは、さっきの告白の返事ってことでいいんだろうか?
「テンちゃん、ニヤニヤしてないで早く次のサーブ打って」
背を向けたままハナがそう言ってくる。
「してないよ。てゆーか、見てないのに何故分かる」
まぁ、してるんだけど。
「そんな空気がするんだもん」
全部お見通しなのか……相変わらず凄いな。
「……すっっっげぇ尻に敷かれてんなぁ、アマツのヤツ」
「……ですわね」
小太郎と神原の声が聴こえてくる。
……僕って、傍から見ると尻に敷かれてるように見えるのか!?
……まいったな。全然自覚はないし、仮に敷かれてるとしても、全然僕は不快に感じていないんだが。
……いやだってさ、仕方ないだろ。さっきからいちいちハナが可愛過ぎるんだから。
尻に敷かれてニヤニヤしやがって、と後に小太郎に盛大にからかわれることになるのだが、この時の僕はただただ高校生になってひたすらに足りていなかったハナの存在を嬉しく感じていた。
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