泥を被るを厭わずして

「今の映像で気になったのは……」


「…………」


「…………」


「…………」


 皆が僕の言葉を待っている。


「女子テニス部は、僕が思ってたよりはあまり真面目じゃないのかなってこと……かな」


「確かに。アマツから聞いたハナさんの忙しさっぷりから、もっと猛練習してる人達だと思ってた」


 小太郎が頷く。


「まぁ、ハナちゃんが居残り練習とか、個人練をしている可能性もありますけども……」


 神原が言い加える。


 ……僕の脳裏には、あの時……あの雨の日に、もっと練習すれば良かったと、泣きじゃくるハナの姿が浮かんでいた。


 ……確かに有り得るな。


「それと、代々部長同士が付き合うという伝統があって……」


「女テニ部長は口ではなんだかんだ言いながらもまんざらではなかった……」


 僕の言葉に小太郎が続く。


「そして男テニ部長はあんまりよく思っていない……ながらもちゃっかり付き合ってる」


 そして神原がさらに続く。


「うん……」


「つまりロクな情報が得られなかったってことだね!」


 僕達が気を遣って言えなかったことを、取材してきた速見先輩自身があっけらかんと口にした。


「せ、先輩……」


「実際、『新聞部の取材です!』って行ってしまうと、『コレから伺う話を校内新聞で公表しますね』って言ってるのと同じだからねー。そりゃあガードも固くなるさ。少なくとも部長や上級生連中はね」


「……ですよね」


「うん……ただ、手がないワケでもないよ」


「本当ですか?」


 僕が視線を向けると、速見先輩はにんまりと笑った。


「ああ。入学したての一年生に話を聞けばいいのさ。さっき女テニの部長が言ってたろう?『上下関係叩き込む』って。絶対叩き込まれる側は不満を抱えているよ。そして女子って生き物は、愚痴を言い合うことで絆を深める生態を持っている」


「狙うは女子部の一年生……っスか」


 小太郎の言葉に、速見先輩は頷く。


「さらに言うなれば、だ。その相手がイケメンならなお効果的だな」


 先輩が僕を見て言う。


「…………」


 そうだな。やはり僕が動くしかない。だけど、周辺を嗅ぎまわっているのがハナに知れたら、怒るだろうな。


「つまり、だ。新聞部の新人、神乃ヶ原イケメンがあくまで『取材』に来て、その時に『コレはオフレコで、絶対に記事にはしないつもりなんだけど』って……女子に迫れば、もう少し情報を引き出せるんじゃないかな?」


「…………」


 ……確かに、新聞部の取材として部員に声を掛けたんだって言えば、ハナも怒ることはなさそうだ。


「要するに……神乃ヶ原くんに、ナンパをしろと言っていますの?」


 意外にも、抗議するような声を出したのは、いつも僕をナンパ男扱いする神原だった。


「……正直、新聞部として、協力してやれることは、もうそれくらいしかなさそうだよ」


 どこか自虐的な口調で、速見先輩はそう言った。


「…………」


「神乃ヶ原くん。無理することはありませんわ。他にもやりようはあるはずです」


 難しい顔をして考え込んでいる僕を気遣ったのか、神原がいつになく優しい声でそう言った。


「ちなみに、女子テニス部の新入生が何人いて、何組の誰か……既にリストアップできているよ」


「え……」


「あと……キミが来たと、テニス部の幼馴染とやらにバレるのが不都合なら、カツラと眼鏡くらいの変装道具は用意できるよ。演劇部にも弱み――ツテがあってね」


「先輩、今弱みを握ってるって――」


「言ってない。さあ、どうする。あとはキミ次第だよ、神乃ヶ原くん」


 先輩が小太郎のツッコミを遮って僕を見た。


「……ふふっ」


 不謹慎ながら、僕は笑ってしまった。


「……アマツ?」


「ああ、いや……失礼。だって……他にしてやれることはないって言いながら、随分優しいな、って」


「そ……そりゃあ、まぁ……アレだけのものを貰ったのに、こっちは大した働きが出来てないなーって、多少の負い目がないワケでもないからであって……うぅ」


 気恥ずかしいのか、赤くなって言い淀む速見先輩が、何だかしおらしくて可愛く見えてしまう。


「ありがとうございます。先輩……優しいんですね」


「やめろ……っ! 濡れる……っ!」


 ワケの分からないことを言いながら机を叩く先輩を余所に、僕は密かに決意を固めていた。


 ……そうだよ。僕は自分のエゴでハナの助けになりたいと思っているんだ。


 ……だったら、最悪ハナに怒られようが、嫌われようが、貫くべきじゃないか。


 あの日、僕がこの高校への進学を決めた時に誓った約束は、自分だけ泥を被らないで果たせるような甘いものじゃないだろう。

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