シラセ・リポート

 新聞部に顔を出してから二日後。


 僕達は速見先輩から呼び出され、再び部室に顔を集まることとなった。


「さて、成果と呼べるものかどうかは分からないが、さっそく行動を起こしてみたぞ」


 以前と同じように、自信に満ちた表情で先輩は言った。


「も、もうですか。行動が早いですね……」


 僕がそう言うと速見先輩は嬉しそうに口角を上げる。


「そりゃあアレだけの対価をいただいたんだ。すぐにでも応えたいと思うのは当然だろう」


「……ドンマイ」


「……頑張りましたわよ」


 僕が受けた辱めを思い出し、苦悶の表情を浮かべていると、小太郎と神原が僕の肩に手を置いた。


「いやぁあの時の神乃ヶ原くんの恥ずかしそうな表情は最高だった。声だけでなく動画にしておけばよかったと心から思ったよ」


「『せめて家や誰もいない空間で録らせて欲しい』と何度も言ったのに、『駄目。今、ここで』って聞き入れて貰えませんでしたからね……」


 あぁ、あの時の速見先輩と副部長さんの背徳と期待に満ちた顔、そして、小太郎と神原の憐れむような目を思い出すと、死にたくなる。


「でも不思議とあの時のキミの……恥辱に塗れつつも、それでも犠牲を厭わないという表情と熱意はボクの網膜に焼き付いていたようで、アレを再生する度に目の裏で蘇るのだ。もう捗るの何のって。徹夜余裕だったね」


 先輩が恍惚とした顔と声で呟く。


 聞くな。考えるな。きっと編集作業とか勉強が……って意味だ。


「……それで、その成果とは?」


 僕の代わりに神原が切り出してくれた。助かる。


「うむ。声だけでは不十分かもしれぬという先程の後悔も含め、今回は胸ポケットに入れたスマホを動画モードにしたまま、テニス部に突撃してきたぞ」


「……え、突撃?」


「うむ。取材だ。ちょうどこの前神乃ヶ原くんが言っていた『顧問不在で部員達が不安を感じていないか?』というテーマでな。その時の映像をコレからご覧いただこう」


 そう言って速見先輩が副部長さんに向けた視線を追い、僕達も彼女を見る。


「……どうぞ」


 そう言って副部長さんはいじっていたノートPCを、こちらに向けてくれる。


「…………」


 僕達がそのディスプレイに視線を注ぐと、やがて映像が流れ出した。


《こーんにっちはー♪ 新聞部でーす。短い時間で結構ですので、ちょーっとお話聞かせてくださーい》


 速見先輩のテンション高めの声が聴こえ、目の前に怪訝な顔をした、Tシャツ姿の女子生徒が映る。


「……女子テニス部の部長だ」


 速見先輩がぼそりと解説してくれる。


 ……この人が、ハナのいる部の部長……。


《こういうのって、普通事前に許可とか取るものなんじゃないの?》


 少し胡散臭そうな表情をする女テニ部長。


 ちょっとキツめの目つきに、キツめの声。髪は肩にギリギリ触れないくらいのショートだが、少し癖がついている。


《いやー申し訳ない。突撃取材ってヤツをちょっとやってみたくって。それに、テニス部は今、男女共に顧問不在という非常に珍しい環境に置かれているので、色々と訊いてみたくって》


 あくまで明るい速見先輩の声。さすがに慣れてるな。


《まぁ……先生がいないから、怒る人もいないんだし、構わないけど。余り長く話してると後輩達に示しがつかないから、本当に手短にね》


 そう言って小さく溜息を吐きつつも、彼女は意外とまんざらでもない様子だ。


《先程も少し触れましたが、男子の顧問が交通事故、女子の顧問が産休って、すごい偶然ですよねぇ》


《本当にね。おかげで何だかんだ言い訳して、サボるヤツが増えてきて大変》


 彼女は不満そうに溜息を吐く。


《部長ともなるとサボったりなんて出来ませんからねー。でも……たまには羽を伸ばしたいですよね》


《まぁねえ……あ、ここ新聞に書いたりしないでよ? 後で顧問が戻って来た時に怒られちゃう》


 ……何か、そんなに部活命って感じの部長ではないのかもしれないな。まぁ年頃の学生だし、受験や色々なプレッシャーもあるだろうし、いざ部活が始まったらスイッチが変わるタイプなのかもしれないから、一概には言えないが。


 ……ハナのひたむきさを思うと、先輩や部長には同じひたむきさを求めてしまうのはワガママだろうか。


《はいはい。やっぱり部長としては、顧問がいないと仕事が増えたりして大変ですか?》


《そうでもないけどね。元々ウチの後輩達はそんなに問題あるヤツいないし。いなくもないけど、大抵は入ってきた時点で上下関係叩き込まれるし。体育会系はどこもそうなんじゃない?》


 あー……僕は絶対に馴染めない風潮だな。自分より出来ないヤツの機嫌を取ることに努力するよりも、実力で黙らせてしまった方が早いと思ってしまうタイプだからな。


《ははぁー、ありがとうございますぅ。ボク文化部で良かった。あはは》


《まぁ、そんな感じ。男子の方にも聞きに行くの?》


《そうですね。また違った話が聞けたらラッキーですし》


《男子も多分ウチと変わらないと思うけど》


《そうなんですか? お詳しいですね。あぁ! そういえばウチのテニス部って、あの伝統がありましたよね》


 速見先輩のテンションが上がった声がスピーカーから届く。


「……あの伝統?」


「うむ。男テニと女テニ部長がカップルになるという、実に迷信じみた、くだらない風習があるのだよ」


 小太郎の質問に再び先輩が解説する。


《あぁ、伝統っていうか、たまたま何代かそういうのが続いただけってことでしょ》


《今の代も、それは続いているんですか?》


《……まぁ、ね》


 どこか嬉しそうに女テニ部長が笑う。


 ……ふうん。部長同士が恋人同士、ね。


「な。この女、くだらないみたいなこと言っといてまんざらじゃないんだ。処女であるボクにマウント取ってるのかと思ってぶん殴りたくなったよ」


 解説する先輩がカラカラ笑う。


 ……また余計な情報が入ってきてしまった。


《へえ! 素敵じゃないですかぁ! 次期部長となる部員達も、『お互い頑張って部長になって、好きな人と……』みたいなことを考えてると思うと、ロマンチックですねぇ!》


 ……速見先輩、トーク上手いなぁ。


「コレはアレだ。結婚や同棲してる女が、独り身の友人に愚痴吐いてマウント取るアレだ。本当は飛び膝蹴りを顔面に叩き込みたかったぞ、ボクは」


「お、お疲れ様です……」


 ニタニタ笑う速見先輩に労いの言葉を送っていると、画像が切り替わった。


《いやぁ、やっぱり先生がいない今は、部長である俺がシッカリみんなを引っ張っていかないといけないなぁって、そう思いますね》


 映ったのは、爽やかに笑う男だった。


「こいつが男テニの部長だ」


「うわぁ、爽やか……」


「スポーツ優良児の見本みたいな方ですわね……」


 小太郎と神原が眩しいものを見たかのように目を細める。


「だろう? 実際このあと喋るのも品行方正な優等生発言ばっかりで、つまんねーの何の。普段からこうなのか、取材だからと、ボロを出さないように爽やかくんを演じ切ったのか……」


「つまり……後者だとしたら……手強い、と」


「まぁ、そうだね。そんな彼が、一瞬笑顔を途切れさせるタイミングがあった。それが――ここ」


 画面が再び切り替わり、先程と同じ、爽やかな笑みを浮かべた男テニ部長が映る。


《そういえばウチのテニス部って、あの伝統がありましたよね? 部長さんも女子の部長さんとお付き合いなされているとか》


《……あぁ、まぁ、はい》


 ……本当だ。一瞬、煩わしそうな、めんどくさそうな顔をしたな。


《いいですねぇ、ロマンチックで!》


《そうでもないですよ。何か、伝統とか、恒例行事とかに頼って彼女作るのって、カッコ悪いじゃないですか。俺は自分の相手は、そういうのにとらわれないで、自分で見つけたいですね》


《あらイケメン! 今の台詞、新聞に載せちゃっていいですかぁ?》


《いやいや勘弁してください! 個人的な考えなんで、テニスに関係ないって怒られちゃうんで!》


《あはは、分かりました。本日はご協力ありがとうございました!》


 速見先輩がそう言ったところで、映像が終わる。


「……と、まぁ、こんなところだ。このボクにあははー☆ なんて媚びた笑い方させやがって。気持ちワリー。今の彼女に不満があるならさっさと別れろってんだよ」


 速見先輩が吐き捨てるように言う。


「す、すみません……無理させちゃって」


「でも、実際空気読めるイケメンじゃないッスか。先輩、ああいうのは駄目なんスか?」


 小太郎が不思議そうに尋ねる。


「ボクはね。ああいういかにも女慣れして、自分がモテるのを自覚した野郎はムカつくんだ。アレで仮にボクが『誰もがお前になびくと思うな』って殴ったとして、そこで『へぇ……おもしれー女』とか返ってきたら若干評価は改めるが、基本的には好かん。それに、年上やタメは駄目だ。最近になって後輩に目覚めた。イケメンで、物腰も丁寧な男の子が冴えないボクなんかを前に、赤くなってたり恥ずかしがってたりするのを目の当たりにすることで、ボクの胸と股間は高鳴り――」


「わ、分かりました! 分かりましたから話を進めましょう!」


 ベラベラと話し続ける先輩の話を、僕は慌てて遮った。

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