ゲット・モア・フレンド

 コンコン。


「頼もうっ!」


 威勢のいい声を出した小太郎が、ノックから一秒も待たずして新聞部の部室を開け放つ。


 早いよ開けるの。お前はお母さんか。


「む、むむっ! キミは!」


 中にいた小柄な三つ編みに眼鏡の女子生徒が、小太郎を見るなり大げさなリアクションを取る。


「どもども、その節は」


 小太郎が適当な挨拶をすると、三つ編み眼鏡の女性がニヤつきながらこちらに歩いてくる。


「んななっ!? キミは!?」


 歩いてくる途中で、彼女は僕の顔を見て先程より大きいリアクションを取った。


 何だこの小さい人は……?


 僕は僕を見て驚いている彼女をジッと観察する。


 大きなグルグル眼鏡に、コレまたグルグルと巻かれた二つの三つ編み。ベストもセーターも無しで上はYシャツのみ。そのYシャツの胸ポケットにはデジタルカメラが収められている。


 もしやこの人が……?


「キミ、神乃ヶ原天くんだね!」


「は、はい。そうですけどあなたは……?」


「コレは失礼。ボクは新聞部の部長、速見白瀬はやみしらせという者だ」


 そう言って彼女のグルグル眼鏡の奥にある瞳が、妖しく光った……気がする。よく見えないから分からんが。


 ……ボク?


 というか、この人が例の情報収集の達人であり、小太郎に熱烈インタビューをしたという部長さんか。


「ええっ……! じゃあ、あなたが……部長? 三年生ですの?」


 余りにも意外だったのか、神原が失礼なことを大きな声で尋ねる。


「いかにも。こんなチビで発育の悪い女が三年で、且つ部長で、そんなに意外だったかな? 神原天乃さん」


 言われ慣れているのだろう。速見先輩はふふんと鼻で息をし、腕を組んだ。


「す、すみません……て、私の名前……?」


「勿論知っているさ。一年生にしてその豊満な身体つき……一体何を食べたらそんなに育つのか、一度取材をしようと思っていたくらいだ。個人的にも、学内の悩める女生徒達の為にも」


 そう言ってニヤつきながら、先輩が自分の平板な胸に手を当てる。


「し、知りません!」


 横から神原の声が聞こえる。見たら絶対僕を睨むだろうから見ないけど、きっと顔を赤くしているのだろう。


「それで、神乃ヶ原くんに、神原さん、わざわざ来てくれたということは、取材に応じてくれるつもりになったということかね?」


『……取材?』


 僕と神原は同時に首を傾げる。


「おいおい、あの柔道事件があってから、ボクはキミ達三人の下駄箱に手紙を入れておいたんだぞ。そちらの風間くんはすぐさま応じてくれたが、キミら二人はなかなか返事をくれないから、そろそろこちらから伺おうかと思っていたんだ」


「あ……」


 そういえば入っていた気がする。他の女子からの連絡先と同じで、放置していたが。


 神原も似たようなことをしていたようだな。バツが悪そうな顔をしている。


「あー……すみません。今回来たのは、それとは別件でして……」


 小太郎が間に入ってくれる。


「ほう。では何かな? まぁ、立ち話も何だ。入りたまえ。話はあちらで座りながら聞こう。副部長、お茶を淹れてくれたまえ」


 そう言って速見先輩は振り返り、部室内にいたもう一人の女生徒に声を掛けた。



◆◆◆◆



「新聞部は……速見先輩と、あちらの副部長さんのお二人なのですか?」


 僕は世間話として振ってみた。


 お茶を淹れてくれた、おかっぱに眼鏡の副部長さんが会釈した。こちらはブレザーを着ている。


「ふむ、訊かれる側になるのはナカナカ新鮮な気分だな。その通りだよ。実際には色々と弱みを握って籍だけ置かせている生徒もいるが……そうでないと部が存続できないからね。まあ、実際にここに顔を出して活動に勤しんでいるのはボク達二人だけだ」


 長机を挟み、パイプ椅子に腰掛けた速見先輩が答える。やはり小さいからなのか、上半身が少し覗いているだけの状態だが。


「はぁ……」


 僕は『弱みを握って』のくだりを敢えて無視して生返事をした。


「だから今年でボクが卒業してしまったら、来年は実際に活動するのは彼女だけになってしまう……もしかしたら校内新聞も潮時なのかもしれないな」


「それは……寂しいですね」


「ふっ……優しいじゃないか。読んだこともないし、興味も無いくせにお世辞を言うなんて」


 皮肉げに口角を上げる速見先輩の言葉を、僕は即座に否定した。


「違います。先輩と、副部長さんが……ですよ」


「…………」


「確かに僕は校内新聞の存在すら知らなかったけど、小太郎から聞いて、先輩達が並々ならぬ情熱を注いで活動していることは存じ上げております。それを諦めざるを得ない心中を察せないほどに、鈍感なつもりもありません」


 僕が彼女の眼鏡のグルグルを見ながらそう言うと、彼女はしばらくぽかんと口を開けていた。


「ふ……ふふ、コレは失礼した。周囲を見下してばかりの天才だと思っていたが、そんな丁寧な口の利き方が出来るなんて……驚いた。しかも、優しいなんてね。モテるワケだよ。コレがギャップ効果というヤツか。正直、今ボクも下腹部に電流が走ったよ」


「私もです」


「は、はあ……」


 顔を赤くし、はあはあと息を吐く先輩と副部長さんに僕は引き気味に返事をする。


 わざわざ申告する意味あるのか……!? しかも副部長さん、初めての発言がそれでいいのか……?


 小太郎は赤くなってソワソワしているし、神原は若干引いていた。


「コレ以上話していると、女性としての本能を刺激され、好きになってしまいそうなので、そろそろ本題に入ってくれないか?」


「わ、分かりました……実は今回は、情報通である先輩のお力を借りたいんです」


「ほう、情報……一体何の?」


「……テニス部の」


 僕がそう言うと、先輩の眉が僅かに動く。


「テニス部? それは男子テニス部のかな?」


「男子と女子、両方です」


「……話が見えないな。一体何が狙いなのだね?」


「今、男子テニス部、女子テニス部の両方が、顧問不在の状況だと聞きました。この生徒達だけで活動せざるを得ない状況で……部長や副部長はそれを果たせるのか、指揮をするに相応しい人物なのか知りたいんです」


「……なんで?」


 そりゃ当然の疑問だろう。


「…………」


 僕と小太郎と神原が目を合わせる。


 その目は『本当のことを話すべきか?』と言っていた。


 僕は無言で頷く。


「……僕と、神原の幼馴染がテニス部にいるんです。そいつの様子が、どうもおかしいんです。でも何かあったか訊いても何も答えない」


「……へえ、それで、心配だからその幼馴染にも内緒で調べようって? 随分優しいね」


「いけませんか?」


 僕はずいっと身を乗り出して、速見先輩に顔を寄せた。


「……いけなくないね。あと、あまり顔を寄せないでくれたまえ。湿度が上がる」


「……すみません」


 湿度って何だ……? 眼鏡が曇るってことか?


「……キミは本当に優しい男のようだね。そして思ったよりおせっかいだ」


 先輩がどこから出したのか、扇子で自分を仰ぎながら言う。


「確かに余計なお世話だし、心配し過ぎなのも分かっています。でも、もしコレが杞憂でなく、実際に何かあったとしたら……僕は必ず後悔すると思います」


「クールそうに見えて、熱いのだね……分かったよ。ボクが持っている情報なら教えてあげよう。だが。条件がある」


 ……きたか。


「分かってます。今後、校内新聞に必ず目を通しますし、他の生徒達にも勧めます」


「それは助かる。だが、ボクが今回お願いしたい条件はもう一つある」


「な、なんでしょうか……」


 新聞部に入れ、と言われるのかと僕は身構えた。


 正直、十分な成果が得られたならそれも辞さないつもりではいる。


「うむ」


 そう言って速見先輩は何かを取り出して長机に置いた。


「コレは……?」


「ボイス……レコーダー?」


 僕の声に神原が続く。


「コレに、だ……神乃ヶ原くん」


 先輩の眼鏡が妖しく光る。


「は、はい。取材ですか……応じます」


「違う」


「え……」


「コレに――『お願いします……先……輩……っ♡』と甘い声で囁いてくれ。性的興奮を昂らせたい時に聴くから」


「…………」


「…………」


「…………」


 僕と、小太郎と、神原は絶句した。


「部長、私も欲しいです」


「うむ。データが手に入ったら送る」


 速見先輩と副部長さんが、合わせて眼鏡を光らせる。


「…………」


 ……うん。僕の力だけでは僕の望む情報は手に入らない。だからその情報を手に入れることの出来る、新たな仲間を僕は求めた。


 ……うん、間違っていない……はずだ。


 だが……うぅぅぅん……!


 無言で頭を抱える僕は、早くも新たな仲間のチョイスに若干後悔しつつあった。

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