初めて(?)のナンパ

 早速翌日から僕は行動を開始することにした。


 まずは男子テニス部の新入部員を片っ端からだ。


 朝練に授業にと消費し、食欲に対して摂取量が追い付いていない大食い男子には学食で奢りながら話を窺ってみたり。


 気弱そうな生徒には、少しオラつき気味に話を窺ってみたり。


 神原に憧れていつつも、声を掛けられずにいたシャイなヤツには彼女を矢面に立たせて話を窺ってみたり。


 相手により近づき方、迫り方を変え、なりふり構わずにアプローチをしてみた。


 その結果、さらに突っ込んだ情報収集が出来た。


 その結果分かったことは――


「――男子テニス部の部長は、とんだナンパ野郎であり、ほぼ全ての女子新入部員に粉をかけている」


 下校路で、僕達は成果のまとめに入っていた。


 既に日が暮れかけている。丁度部活帰りの連中に交じって歩を進める僕達は、他の生徒から見れば、同じく部活帰りにしか見えないことだろう。


「まったく。爽やかそうに見えて、最低ですわね。彼女がいるクセに」


「こういうヤツが、大学に行ってテニサーで女に手を出しまくって、サークルのイメージを悪くするんだろうな」


 小太郎も神原も呆れたような声を出す。


「しかし、まあ恋愛は個人の自由だから、本人達が納得してるなら周りが口を出すことでもないか。個人的にはクズだと思うが、別にハナが被害に遭っていないなら僕はどうでもいい」


「基本、先輩や部長がチャラくても後輩は特に口出し出来ないからな……」


「でも、絶対に士気には影響していますわよ。真面目にテニスがやりたくて入部している部員は、部長がそんなだったら絶対嫌でしょうに」


 僕の意見に、小太郎と神原がそれぞれの見解を述べる。


 ……確かにな、ハナみたいにテニスそのものに情熱を燃やしている人にとっては、目ざわりに違いない。


 集団でやるスポーツなどでは、周りの仲間たちと心が重なっていることを実感することで、驚くほどのポテンシャルを発揮する瞬間が、確かにある。


 僕は自分から声を掛けたりはせずに、プレイで鼓舞するタイプではあるが、自身のプレイで周囲を引っ張り、さらに声掛けなどでチームメイトを鼓舞するのが理想なのも分かる。


 ましてや部長ともなると、自分のことだけしっかりやっていればいい……というワケにはいかないだろう。


 実際、何人かの部員は話している最中、不満そうな表情をしていたし、イライラが滲み出ていた。


「つまり、その先輩を懲らしめたところで、あまり部員共から非難されることはなさそうってことだな」


「おいおい、物騒なことを言うなよ。僕は別にそいつがナンパだろうが、ちゃんと部活に勤しんでいるなら文句はないぞ」


 小太郎の発言に、僕は肩をすくめる。


 が、小太郎は溜め息を吐いた。


「アマツ。分かってんだろ。ほぼ全ての女子部員にってことは、間違いなくハナさんにも声掛けてるぞ、そいつ」


「……どんな潰し方がいいかな」


「切り替えが早すぎますわよ! まぁハナちゃんがそんなナンパな男になびくとは思えませんが……」


 ……むぅ。それもそうだな。


「いずれにせよ、まだ情報が足りない。次は僕と小太郎で女子部員に当たってみようと思う」


 そう言って僕は変装用の伊達眼鏡を取り出して自分に掛ける。


「あぁ……人生初ナンパだ。緊張すんなぁ」


 ネクタイを外し、髪形にも小洒落た感じのアレンジを施した小太郎の発言に、神原が顔をしかめる。


「本当にやるんですの? もっとゆっくり、確実に情報を集めては――」


「神原。僕は結構焦っている」


「――え」


「見ろよ。周囲には部活帰りの連中ばかりだ。僕らもなんやかんやで結構遅くまで学校にいたからな」


「ええ。それが?」


「至る所で聞き取りした、男子テニス部の連中もちらほらいる。そして――僕達の前には女子テニス部の一年が集団でいる」


「え、ええ」


「なのに、ハナの姿はどこにもない」


「あ……」


「多分、本当に何かある。残念だけど、出来ることなら僕の杞憂であって欲しかったけど……だから、僕は一刻も早くその何かの正体を知りたい。焦っているんだ」


「……ええ」


「そんなワケで、僕は前を歩く女テニの四人組に接触する。速見先輩の情報通りなら、このあとあの人達はファストフードに入るはずだ。そこでナンパする……!」


「そうなんだ。コレは親友であるアマツの大切な幼馴染を守る為……謂わばジャスティスソウルから来る行いであって……! 決してやましい気持ちでやるワケじゃないんだ! 浮気じゃないからね!」


「の割には、随分と気合が入っていますわね……」


 小太郎がさも苦渋の決断なのだと神原にアピールするが、当の彼女には全く響いていなかった。


 ……神原は、小太郎の気持ちに気付いているのだろうか? 気にはなるが、今はそれより……だな。


「まぁマジな話、気合は入ってるよ。親友のアマツがこんな顔してるんだ。俺も頑張らないと」


 小太郎が急に真面目な顔をした。何だか頼もしく感じないでもない。


 そして、予定通り前の集団がファストフード店に入っていった。


 ……よし、予定通り。やるぞ。


 僕は小太郎に目で合図をすると、小太郎が頷く。


「そんなワケで、悪いんだけど神原さんは一人で帰って。神原さんが視界に入っちゃうと俺もアマツも、恥ずかしいって言うか、素に戻っちゃうからさ……」


「分かったわよ……また私を除け者にして……明日、ちゃんと成果を聞かせなさいよ!」


 神原は何か言いたげだったが、大人しく帰ってくれた。


「いいのか……小太郎?」


「いいよ。神原さんに呆れられるのは辛いが、それ以上にお前のことが放っておけん」


「……ごめんな、ありがとう」


「いいってことよ。それよりアマツ……」


「うん?」


「もし本当にハナさんが辛い目に遭ってるんなら……それを耳にする時間はアマツにとって辛い時間になる。でも、我を忘れてキレちゃ駄目だ。それを忘れるなよ」


 先程神原と話していた時のおちゃらけた様子は鳴りを潜め、いつか見た、思慮深く僕を諭してくれた小太郎がそこにいた。


「……もし、僕がキレそうになったら、止めてくれ」


「ははっ、分かった……優しく手を包み込むよ」


「それは気持ち悪いからやめてくれ……行くぞ!」


 そう言って僕達はファストフード店に入っていった。


 適当なセットを買って、トレイを持ったまま二階に上がる。


 ……いた!


「ホントさー……自分達もダルダルに弛んでるくせに下級生に八つ当たりはすんだよねー」


「ヒス入ってるよね……若干」


 先程の女テニス部の四人組がテーブル席に座って話しているのが見えた。しかも、丁度部活の愚痴を言い合っているようだ! おまけに、おあつらえ向きに隣のテーブルが空いている。


 僕らはここに座って、彼女達の話に耳を傾けていればいい。そして頃合いを見て声を掛けよう……!


 僕がそう思ってトレイをテーブルに置いたその時だった。


「チョリーッス!! 自分、笠山コウタロウって言いまーす!! シクヨロ!」


 小太郎がいきなり女テニの人達に声を掛けてしまう。しかも、怪しいくらいのハイテンションで。


 ……本当に大丈夫なのか、こいつ!?

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