真・神乃ヶ原天の事件簿
放課後。
僕と小太郎と神原は、中庭に設置された小さな木のテーブルで昼に食べ損ねた弁当の包みを広げていた。
天気は快晴。桜もほぼ散り、暖かい日差しと風が、コレからゴールデンウィークに向けて気温が上がっていくであろうことを告げていた。
少し離れた位置から運動部の掛け声が聴こえてくる。
「…………」
テニス部周辺を調査するにあたって、頼れる仲間を手にした僕だったが、早速頭を抱える事態に直面した。
まず、一心不乱に弁当をかき込む小太郎に視線をやる。
茶髪。クウォーター。身長も高く、瞳はブラウン。
次に、上品な仕草で箸を運ぶ神原に視線をやる。
金髪。騒がしい。アホ娘。
「……お前ら、僕と同じか、それ以上に目立つよな」
実際に、下校する生徒達や、道行く人達は、一度はこちらを見てから通り過ぎて行く。
「私の輝きが留まることを知らないから、致し方ないことかもしれませんわね」
落ち込むどころか、むしろ誇らしげにすら見える神原。
「それでも、クラスの人達は結構慣れたのか、あまりジロジロ見なくなったよね」
クラスで浮いていないこと、もしくは浮いてはいるけど、一人でないことが嬉しそうな小太郎。
「クラスではな。ここでは結構目立ってる。間違いなく向こうでも……」
そう言って僕はテニスコートの方を見る。
金網に囲まれたその向こう側に、二つのコート。片方は男子が使い、もう片方は女子。
……なんてこった。
治外法権のように外と中を隔てる金網、そして男子と女子が混同。
最初僕は、ハナは女子テニス部に所属しているのだから、そこだけ調べればいいと思っていた。
だがコレじゃ調査対象を男子達にも広げなくてはならないかもしれない。下手をしたら男子達から嫌がらせを受けている可能性すらある。
コレがソフトボールとか、仕切られていない、完全に女子だけで独立してくれていたらどんなに楽だったか。
よりによって、というヤツである。
でもやるしかない。ハナは中学からテニス一本だったし、コレは僕の都合で勝手にやることだ。文句を付けても始まらない。
だが──
「ここにいる三人、誰があの金網に貼り付いても目に付くよなぁ」
──認めざるを得ないだろう。完全に人選をミスっている。
かと言って他にツテなんかない。僕にとって友達と呼べるのはこいつらだけなのである。
「……やっぱり、ハナちゃんに内密で進めるのは不可能なんじゃないかしら?」
神原がそんなことを言う。
「…………」
「どう考えても、独自に動くより、あなたがハナちゃんの口を割らせる方が確実だし近道よ」
無言の僕に神原はそう続ける。
「…………」
……無理だな。神原はハナの頑固さを知らない。
僕と……自分でも言うのも恥ずかしいが、あそこまでいい雰囲気になり、心が近づいたと思われるあの状況でも言わなかった時点で、いくら訊けども無駄だということを分かっていない。
「…………」
「……はぁ、分かったわよ。しょうのない人ね」
僕が眉間に皺を寄せた表情を見て、折れないことを察したのだろう。神原は溜息を吐いた。
「……すまん。くだらない意地かもしれないけど、ハナにバレたくないし、気を遣われたくないし、巻き込みたくない」
「多分、ハナちゃんに何かあるとしたら、あなたに話さない理由は、彼女も同じことを思っているからですわよ、きっと」
そう言って神原はテニスコートの方を見る。
「……とりあえず、双眼鏡か何かで様子を窺ってみる?」
小太郎の提案に僕は首を振った。
「それをやるとしても、ここじゃ目立つから、校舎の窓からの方がいい。上からだしね」
そう言って僕は遅い昼食に向け、両手を合わせる。二人も同じ動作をした。
……どうしたものか。
◆◆◆◆
「やっぱり、まずは情報収集だよね」
廊下の窓に寄り掛かりながら小太郎が声を掛けてくる。
「そんなことは分かってる。女子と男子、それぞれ何人部員がいて、部長や顧問、本来トラブルがないか監督するべき人間がどんなヤツなのか、知りたいことはいくらでもある」
僕は若干いらつきながら答える。
「それくらいなら、別に部員達に接触しないでも調べられるのでは?」
小太郎とは反対側で、僕と同じように窓枠に乗せた両腕に体重を預けた神原が口を開く。
「どういう……ことだ?」
神原の方を見ると、豊満な胸が壁に押し付けられて形を変えているのが目に入ってしまい、僕は慌てて視線を窓の外に戻した。
……気づいてないのか? どうしてこう、こいつは身持ちが固いというか、セクシャルなことに厳しいくせにこんな……変なところで天然なんだ?
「何よ? 慌てて。顔が赤いですわよ」
訝しげな声を出した神原が、ずいっと僕に顔を寄せてくる。
「な、何でもないよ……! それより、部員に接触しないで調べるって、どうやって?」
僕は慌てて視線を逸らした。別に見たくて見たワケではないのだが、申し訳ないような気もするし、何より神原に知られたら絶対怒りそうだし。
そして神原の胸を見ていた、などと小太郎に勘付かれると──
「アマツぅ……死ねやぁーっ!」
──こうなるし!
「クロスカウンターっ!」
僕は振り向きざま小太郎のパンチを紙一重でかわし、握りこんでいない拳を小太郎の頬にねじ込んだ。
「ぐはぁっ!」
「な、何を遊んでいますの……? 真面目にやりなさい!」
自分が原因などとは露知らぬ神原は、若干戸惑いながら──当たり前だ、突然仲間同士が格闘を始めたのだから。
──戸惑いながらも、叱責の言葉を口にした。
「神原の言う通りだぞ小太郎。話が進まん」
僕は膝をついた小太郎を見下ろしながら、手を差し伸べる。
「見事だアマツ……敗者である小太郎は軍門に下り、ここに神乃ヶ原探偵の助手に再び着任することを宣言しよう」
「はぁ?」
僕の手を取り、立ち上がりながら言った小太郎の言葉に、僕は首を傾げる。
「部員に接触しないで調べる……神原さんが言っているのは、葉子ちゃんに訊いてみたらってことだろう」
「ヨーコちゃん?」
誰だ、そいつは?
「小山内先生よ。詳しい話はともかく、誰が顧問かくらいは訊けるでしょ。そしてその顧問の先生が職員室にいれば、もっと詳しい話が聞けるかもしれないじゃない」
神原がそう補足する。
「し、しかし……いきなり来て先生にテニス部のことを訊くなんて、怪しくないか?」
「入学初日に呼び出された職員室で、先生をナンパする方がよっぽど怪しいですわよっ!」
ぐうの音も出なくなった僕は、何も言い返せず、職員室へと足を運ぶこととなった。
いいだろう。一つずつ歩を進めて、少しずつ答えに近づいてやる……!
この間のお遊びとは違う。今度はライバルであった神原も味方の、神乃ヶ原探偵の本番だ!
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