スニーキング・アラウンド

「そんなワケで、お前らの力を借りたい」


 僕は昼休みに、僕の机とくっつけた机の主、神原と小太郎に重々しい声でそう告げた。


「そんなワケで……って、どんなワケよ」


「いきなり漫画の短縮術みたいな話し方されても、分かるか」


 神原と小太郎が二人してジト目を向けてくる。


「そんな……ソウルメイトでも伝わらないのか、友情による以心伝心なんて夢物語だったんだな」


 僕は分かりやすく落胆した声を上げ、弁当箱の包みに視線を落とす。


「う……す、すまん」


 小太郎が、申し訳なさそうな声を出す。


「風間くん、謝ることはございませんわ。この男はこうやって自分の言葉足らずの責任を転嫁しようとしているだけです」


「神原……幼馴染の元許嫁の言葉は、もうキミには届かないんだね」


 僕は項垂れたまま、視線だけ神原にやり、彼女と小太郎だけに聞こえる声でそう言った。


「やめなさいっ! それを次、学校で口にしたらぶっ飛ばしますわよ!」


 顔を真っ赤にした神原が、小さい声で怒鳴るという器用な真似をしてみせる。


「まぁ、くだらない冗談はさておき……」


 僕はいつもの無表情、平坦な身内向けモードに戻りながら、包みを解きにかかる。


「くだらないって……くだらないって……気に入りませんわ……」


「アマツ……屋上に行こうぜ」


 二人もブツクサ言いながらも、同調行動なのか弁当の包みに手を掛ける。ちなみに小太郎の言葉は無視した。


「この間、お前らがウチから帰った後、ハナと二人で話をした」


「……へぇ」


「おぉ、どうだった? 例の話は?」


 神原は無理して興味なさそうな声を出し、小太郎はかぶり付きで興味を示した。


 無理もないか。神原は僕と小太郎の間だけで共有したあのコイバナ問題を知らないからな。


「……それは、まぁ、最高の結果、かな? いい方の予想だった。小太郎のおかげだよ。ありがとう」


「おお! おめでとう!」


「な、なんですの? 風間くんのおかげ? 何なんですの!?」


 僕の含みなしの感謝の笑顔と、小太郎の満面の笑みを見た神原が、危うく立ち上がりかける。


「いやぁ、悪いけど男同士の話だから、いくら神原さんでもちょっと言えないかなぁ……」


 僕のプライベートに気を遣った小太郎が、若干気まずそうな声で神原に告げる。


「じゃあ私のいないとこで話しなさいな! わざわざ声を掛けてきて、力を借りたいとか言いながら除け者にするとか気は確かですの?」


 当然の如く、怒り始める神原。


 確かに、その通りだよな。一緒にごはん食べようと誘っておきながら内輪話を始めるとか、ちょっとないな。


「僕とハナの話だよ。僕が中学の時に孤立してるのを散々気遣ってくれてたハナに、無断で恋人なんか作っちゃった時の話」


「アマツ……」


「いいんだよ。神原なら大丈夫。変に言い振らしたり笑ったりするヤツじゃない」


 何か言いたそうな小太郎に、僕はにこっと笑って返す。


「いや、そういうことじゃなくて……まぁ、仕方ないか」


「?」


 小太郎は他にも何か言いたげだったが、僕にはよく分からなかった。


「……『良かったじゃん』なんて言ってたけど、ハナは本当は怒ってたんじゃないかって話を小太郎が指摘してくれたんだ」


 僕は事の顛末を、さらっと神原に伝えることにした。ここでへそを曲げられても今後に差し支える。


「……ふぅん。それで? それを本人に確かめたの?」


 神原は若干面白くなさそうな表情ではあったが、先を促してきた。


「うん。そうしたら、本当は嫌だったって。それでも、はしゃぐ僕に気を遣って、黙っててくれたんだって」


「……ふぅん。お熱いこと。良かったですわね」


 何だか若干不機嫌そうにすら見える神原と、『言わんこっちゃない』と言いたげな小太郎に、僕は少し戸惑った。


 ……分からん。なんでだ? 後で小太郎に訊いてみよう。


「そんなワケで、ハナとの何年か越しのわだかまりが解けてめでたし、といきたいんだが……」


『だが?』


 二人が揃って訝しげな声を出す。僕もだが、結局いまだに弁当箱の中身と対面できてないぞお前ら。コレはまた後半でスパートになりそうだ。


「ハナの様子が少しおかしい。あの日のハナは元気が無かったように見える。普段はもっとやかましいくらいにキンキンうるさいんだ」


「大人になっただけじゃないの? それか、あの日は久し振りに会う私やお母さんや風間くんがいたから、落ち着いてたとか?」


「お前らが来る前にも少し二人で話したんだよ。そこで……その、普段だったら絶好調になるくらいの出来事があったにも関わらず、そこまでテンション突き抜けてない感じだったっていうか……」


 さすがに僕の失言からいじられました、なんてことまで伝える気にはなれず、若干濁しながら僕はそう言った。


「アレじゃね? 女の子の日だったんじゃね?」


「黙れ、殺すぞ」


「黙りなさい。殺しますわよ」


「……ごめんなさい。えーん」


 僕と神原に睨まれた小太郎が泣き崩れるような動きをする。


 女の子の日……まぁ、なくはないか。


「でも、それだけじゃないんだ。目に隈ができてたし、手の平にも固いマメができてた。まだ入学して間もないのにだ」


「固いって知ってるってことは……触れて確かめましたの?」


 神原がキョトンとした瞳で訊ねてくる。


「そうだよ。……べ、べ、別にいいだろそれは今!」


「そうね……失礼」


 そう言った神原がプイと視線を背ける。


 何なんだ。一体何が気に障ったのだ。


 相変わらず、女という生き物の感情のスイッチはワケが分からん。


「それについて聞こうとしたら、話題を逸らされた。聞いたところで『大丈夫。心配しないで』としか返ってこないだろう」


「……ふむ」


「僕の結論は……ハナは僕に隠しごとをしてる。恐らく、テニス部で何かしら起きてるはずだ」


「それは……ちょっと突飛な考えではありませんの?」


「うん、心配しすぎなんじゃね?」


「僕も最初はそう思ったさ。でもね、万が一、億が一、僕の心配が杞憂じゃなくて、ハナに何かが起こっているとしたら……」


『…………』


 そこで僕は言葉を切り、目を閉じ、大きく息を吐いた。


 そして想像してみる。


 次に会った時──目は虚ろで、心に取り返しのつかない傷を負ったハナの姿を。


「……っ」


 信じられないくらい、不愉快で、狂暴な気分になった。


「僕は絶対に自分を許せないだろう。僕に相談しなかったハナも、ハナに何かしたそいつらも、それを黙って見過ごした全てのヤツらを、一生恨むだろう」


 自分でも信じられないくらいに、低くて暗い声が出た。


「勿論、確率的には『思い過ごしだよ』『大袈裟だよ』『心配し過ぎだよ』『過保護だよ』って言われる状況なのも分かってる。それでも、それでも僕は後悔したくないんだ……もう二度と、自分の迂闊さで、大切なものを傷つけたくないんだ」


「……アマツ」


「……神乃ヶ原くん」


 僕の決意を聞いた二人は、先程までの自分達を省みているのか、バツが悪そうな顔をした。


「でもね、僕はこの学校に入学して早々に、目立ち過ぎたみたいだ。昨日少しテニスコート周辺に顔を出しただけで、注目を浴びてしまった」


「あー……」


「……なるほど」


「男テニ部員には勧誘され、女テニ部員からはキャーキャー言われ、とてもじゃないけど隠密での情報収集なんて無理だった。見掛けなかったけど、ハナにも気づかれたかなぁ……怒ってるかな」


「それで、私達……ですのね?」


「あぁ、頼む……力を貸して欲しい」


 僕は改まって一度、神原と小太郎の目を見てから、頭を下げた。


 ……まさか、この僕が頭を下げる日が来るとは。


 ……それも、不思議とこんなにも抵抗なく、人に助けを求めることができるなんて。


「……いいでしょう。あなたの為ではありませんわ。私の幼馴染の為に」


 僕が顔を上げると、凛とした表情の神原がそう言った。


 ……コレは、小太郎を助けに入った時の、自分の信念を語った時と同じ表情だ。


「もう一回、ルールを確認するぜ? アマツは、ハナさんに何かが起きていて、それを隠されていると思っている。そして恐らくそれはテニス部に関係している」


「う、うん」


 小太郎の理路整然とした明朗な声に、僕は一瞬たじろく。


「それをハナさんに知られることなく、アマツが動いたのだとバレることなく解決したい?」


「うん……!」


「何それ超カッコいいじゃん。裏で動くヒーロー。燃えるな」


「……小太郎」


「いいぜ。手を貸すよ。そんで全部アマツの思い過ごしだったら、『この過保護野郎』っていじり倒してやるから、大笑いしながらまたファストフードで語り合おうぜ? お前の奢りで」


「小太郎……!」


「じゃあ私は、カフェでケーキセットですわね。それで……その、隣に座った神乃ヶ原くんが、優しく、丁寧に次の中間テストに向けて勉強を親切に教えてくれるの」


「……へ?」


「優しく! 丁寧に! いじりとか、からかい一切無しで、私の為だけに時間を使うのよ。いい?」


「……分かった。ありがとう、神原」


 僕がそう言うと、神原は少し気恥ずかしそうに笑う。


 僕は不覚にも、そんな神原を少し可愛いと思ってしまった。


「よし、そんじゃあ」


「やりましょう!」


「ああ! 二人とも、ありがとう!」


 僕達三人が手を合わせたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。


 五限目は、僕達(主に神原と小太郎)の腹の虫がずっと鳴いていたのだった。

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