あの日の自分におめでとう

「…………」


「…………」


「……いや、早くそれを言えよ。待ってるんだけど」


 勝手に語り始めるものだと思っていた予想に反して、無言で食べるのをやめない小太郎に、僕は低い声でツッコんだ。


「やはり……ヒントは彼女の言葉の中にあった」


 ようやく手を止め、そう語り出した小太郎の声には、ワケの分からない重さと仰々しさがあった。


「ほう」


 何だかそれっぽくなってきたじゃないか、置いてけぼりなのは癪だが……今は彼の言うことに耳を傾けよう。


「俺は、神原天乃さんに思いを寄せている。だから彼女が俺の前で口にした言葉は全部覚えている」


「何だか限りなく妄執的なストーカーのような発言だが、でかしたぞ。さあ早くそれを――」


「だが!! それは俺の想いの強さがあったればこそなのだ!!」


 情報の催促をする僕の声を遮って、小太郎が叫んだ。


「――キャラ変わってる!?」


「その俺の愛の強さ故に手に入れた情報を、そう簡単にホイホイ渡すワケにはいかないな! アマツよ! キミは何故、彼女の謎を暴かんとする!?」


 すっかりキャラが変わってしまった小太郎の気迫を受けて、僕は首を傾げる。


「……うーん、何か友達になったのに隠しごとされるのが気持ち悪いから? あ、いや勿論隠していたいことはそれでいいと思うけど。あんな『暴くなら勝手にしなさいな』みたいなスタンスなら、受けて立ってやろうかな、と」


「うむ!」


「それと……最大の理由は、神原が僕の幼馴染の名前を口にしたからだ」


「例の『ハナちゃん』だね! それ小太郎も知りたい!」


 もはやキャラ崩壊が留まる事を知らない小太郎がテンションを上げる。


「正直……ハナに関しては、建前なんか抜きで、僕が知らないことがあるのが嫌だ。気に食わない」


「それだっ! 俺はそれが聞きたい!」


 小太郎が喜色満面で、僕に指を突き付ける。


「……はぁ?」


「神乃ヶ原天よ。そのハナさんについての思いの丈を存分にぶちまけるがよい。させればこの小太郎は神原天乃についての思いの丈と、情報を渡そうではないか」


 なおも小太郎が興奮気味に言う。


 一瞬「欲しいのは情報だけで、お前の思いの丈はいらん」と、以前の僕なら間違いなく喉から放り出していた言葉を、僕は苦心して飲み込み、口を噤んだ。


 何故ならば、そこに過去の自分が庶幾こいねがっていたものへの予感……願いへの片鱗のような、不思議で懐かしい気配を感じたからだ。


「…………」


「…………」


「……要するに、お前は」


「男友達とコイバナがしたい!」


 取り繕うのを完全に諦めた小太郎が、目を輝かせながら言う。


「……コイバナ」


「……だって、次のヒントをすぐ出しちゃったら、じゃあ次はそれを調べようぜって、もう寄り道終わっちゃうじゃん。そんなの小太郎寂しい。コイバナしたい」


「コイバナ……」


「オレ、コイバナスル。デナイト、ヤマノカミオコル」


「いや山の神は怒らないと思う。あとそれどこの部族のかただ」


 ……男友達とコイバナがしたい、か。


「……ふふっ」


「あ、笑った」


 ……懐かしい感情だ。


 ……あのときの、教室の隅にいた彼は、今どうしているんだろう。


 今も、どこかの高校の教室の隅で一人、ディスプレイから広がる内なる世界に思いを馳せているのだろうか。


「……いいだろう。コイバナかどうかは分からないけど、ハナと僕がどんな関係かは聞かせてやる」


「おお、ノロケ話が飛んできそうな予感!」


「その代わり、それが終わったらお前もちゃんと話すべきことを話せよ!」


「イエッサー!」


 不思議と零れる笑みを抑えきれないまま、僕は目の前の友人に向かい合うのだった。


 ……あの時は本当にすまなかった。いつか直接言えたらいいな。


 ……キミは今、どうしてる?


 僕はね、コイバナができる友達が出来たよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る